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このブログについて

プロフィール写真【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引き込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。 「栗村修の"輪"生相談」では、日頃のライドのお悩みからトレーニング方法、メンタル面の相談など、サイクリストからの様々な相談にお答えしております。栗村修に聞いてみたい、相談してみたいことを募集中。相談の投稿はこちらから。

2023年05月10日

【輪生相談】日本のプロ選手と海外のワールドツアーレベルの選手の大きな違いは何だと考えますか?

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日本のプロ選手が渡欧して中々結果を出すことが厳しい事があると思いますが日本のプロ選手と海外のワールドツアーレベルの選手の大きな違いは何だと考えますか?

(高校生以下 男性)

■栗村さんからの回答

栗村さん

別府史之さんと新城幸也選手がツール・ド・フランスを揃って初完走してもう14年も経ちます。あれからも多くの選手がヨーロッパにチャレンジしてきましたが、本人たちもさまざまな形でコメントしているように、別府・新城のレベルに達した選手はいません。

その理由はいくつかあります。まずはシンプルに、生まれ持った肉体的な資質ですね。UCIが定義する狭義のプロはUCIワールドチーム(約540人)+UCIプロチーム(約400人)ですから、世界に1000人弱しかいません。別府・新城はそこに含まれるわけですが、そもそも競技人口が多い世界的なスポーツでトップ1000に入るのは凄まじく難しいことです。日本人であれ外国人であれ、誰でも努力すればそこに到達できるわけではなく、ある程度優れた個体でなければ無理です。

その意味では、競技人口が多くない日本から別府・新城クラスの選手がじゃんじゃん出てこないのは、確率論的にいたしかたないとも言えます。忘れがちですが、画面の向こうで走っているプロ選手たちは、ヨーロッパ人としても選りすぐられた超例外なんです。

輪生相談_230508.jpg15年間に亘り世界のトップクラスで活躍する日本のエース新城幸也選手

しかしそれだけではありません。選手を発掘したり、育成したり、効果的なトレーニングを与えたりといった環境の差も背景にはあります。そして、ここ10年ほど、日本と世界の環境の格差は広がっているように思います。

いわゆる科学的トレーニングひとつとっても、そうです。昔はヨーロッパの科学的トレーニングも現代よりも低いレベルでしたから、雑に言えば、肉体的資質さえあれば、日本人でもヨーロッパにチャレンジできました。でも今は違います。肉体的資質だけではなく、よいトレーニングや機材のセッティングなど、速く走るための方法へのアクセスのしやすさに大きな格差があるからです。

さらにもう一つ、語られない要因があるかもしれません。それは、いわゆる民族的な格差です。生得的な傾向と言った方がいいかな?

念のため先に答えを書くと、僕は日本生まれ日本育ちの日本人でも、ヨーロッパには通用すると思います。別府・新城選手はそのことを示してくれましたし、たとえばカレブ・ユアンのお母さんは韓国系、つまり僕らに近いですよね。

ただ、選手としてヨーロッパを走ったこともある僕からずっと離れない疑念があります。それは、僕たちいわゆる日本人には、生得的なハンディキャップはゼロではないのではないか、ということです。

選手たちの身体を見比べる以前に、ヨーロッパの街を歩いていて、現地の一般人と日本人観光客の身体を比較すると、日本人の体格のひ弱さは悲しいほどに一目瞭然です。僕は、自転車競技に取り組む前に、まずはこの差を埋めないと何も始まらないと強く感じます。特に「生命力」を試される本物のロードレースでは、条件が厳しくなればなるほどその差は顕著になるでしょう。

TVだけ見ているとわかりにくいと思うんですが、ヨーロッパのトップ選手って、痩せているように見えてものすごいマッチョなんですよ。マッサーの中野喜文さんもよく言っていますが、コンタドールやニバリは、細いように見えてもかなりの量の筋肉がついています。そして、これまで世界レベルで活躍してきた日本人の市川雅敏さんや、別府・新城選手もすごくしっかりとした身体を持っています。

僕も選手としてその「格差」を見てきましたし、今も、たとえばジャパンカップのチームプレゼンテーションで壇上に立つたびに格差を感じます。というのも、僕はステージで横から選手たちを見るので、身体の厚みがすごくよくわかるんですよ。

はっきり言って、日本人ロード選手は身体が薄く、筋肉が重力に引っ張られ、だらんと下向きについているイメージです。世界レベルのアスリートを目指す上で必要となる基礎的な身体づくり、すなわち生得的な差を埋める努力をせずに自転車に乗りはじめてしまった印象です。

でも、しつこいようですが、僕が、身体の違いは日本人の運命で変えられないものだ、と言っていない点に注意してください。改善は可能です。たとえば近年、中距離のトラック競技出身の選手がブリヂストンなどに所属し、ロードレースでも大活躍していますが、彼らの多くは基礎的な身体づくりを行なっています。世界を相手に戦う彼らの強さと基礎的な身体づくりは、明らかに関係があるでしょう。それに同じ日本人でも、世界レベルの競技力を誇る他のスポーツのトップ選手たちは、どこに出しても恥ずかしくない見事な体格です。

こういった論点は、生得的な傾向が強いという意味では、才能を巡る議論に似ています。そして、日本ではそういった議論は避けられるようです。

しかし僕は思うのですが、そこに触れないのでは、「本気じゃない」のではないでしょうか。本当に世界を目指すなら、生得的であろうと後天的であろうと、ハンディキャップになる要素をすべて潰すべきだと思います。

日本人と欧米人の体格格差、という僕の直感が正しかったとしても、その要因はわかりません。生得的なものかもしれないし、食事に含まれるたんぱく質の量など文化的な影響もあるかもしれません。いずれにしても、改善は可能です。

要するに、近年、日本と本場の差が再び開いているように見えることの背景には、いくつもの要素があるということです。でも、どれも運命ではなく、変えられるはずです。だからこそ、一つひとつを再検討してみてもいいのではないでしょうか。


文:栗村 修・佐藤 喬

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