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【ジロ・デ・イタリア2021 レースレポート:第12ステージ】初のグランツール区間勝利で友の胸で男泣き!ヴェンドラーメ「この勝利は、彼のものでもある」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかブシャールと喜びを分かち合うヴェンドラーメ(左)
戦略、駆け引き、教訓、友情。複数の切り札を最大限に活用して、理想的な展開を作り出したアンドレア・ヴェンドラーメが、最後は自慢のスプリント力で勝利をもぎ取った。ステージ中盤から淡々と安全に走り続けたメイン集団は、最終盤にほんの少しだけ燃え上がった。いくつかの落車と、たくさんのリタイア情報が舞い込んだが、総合トップ10圏内には一切の変動はなかった。
「なんという信じられない気分だろう。この感情を上手く言葉にすることが出来ないよ。だってばら色のレースで勝ったんだからね。夢が叶ったんだ!」(ヴェンドラーメ)
長く辛い1日は、凄まじいハイスピードで幕を上げた。今大会初の200kmを超えるコースも、うんざりするほどのアップダウンの連続をも恐れぬ男たちが、クレイジーなまでのアタック合戦を繰り広げた。しかも時速46kmもの高速バトルは、なんと延々1時間20分近くも続くのだ!
せわしなく伸びたり縮んだりを繰り返す集団内では、激しい落車も発生した。しかもスタートからたった3kmで、数人が地面に叩きつけられた。犠牲者の1人マルク・ソレルは、しばらくは走り続けたものの、左腰の痛みに耐え切れず終止符を打つ。首位から3分19秒差の、総合11位だった。同時に巻き込まれたコービー・ホーセンスも右手を痛め、やはり自転車を降りた。
アレッサンドロ・デマルキは、35歳の誕生日を祝った翌日に、救急車で大会を去っていった。右鎖骨骨折・肋骨6本骨折・第2頚椎損傷と怪我の名前を並べただけでも、下りクラッシュの激しさが理解できる。こうして今大会2人目のマリア・ローザがジロを離れ、3日間マリア・アッズーラをまとったジーノ・マーダーもまた、前日の落車の影響でレース続行を断念した。アレックス・ドーセットは胃の不調で、ファウスト・マスナダは膝靭帯に痛みを訴え、やはりステージ半ばでリタイア。
ジロはようやく後半戦に突入したばかりだというのに、バーレーン・ヴィクトリアスとイスラエル・スタートアップネーションは、8人中早くも3人が途中棄権したことになる。ロット・スーダルに至っては、もはや4人しか大会に残っていない。
それでもレースは続く。57kmほど走った先で、5選手が抜け出した。さらに、いくつかの小さな塊が前方へと駆け出していくと、ついにプロトンは前方に蓋を閉めた。スタートから約65km。フィレンツェの市街地を通過中の出来事だった。
飛び出していったのは16人。たしかに「元」総合候補ジョージ・ベネットが紛れ込んではいたけれど、総合ではすでに21分24秒もの遅れを喫していた。他にも誰ひとりとして、総合争いを脅かす選手はいなかった。おかげでマリア・ローザのエガン・ベルナル擁するイネオス・グレナディアーズは、心静かに減速することができた。白い道で激戦を繰り広げた翌日で、さらには恐るべきゾンコラン登坂をいよいよ2日後に控えて、できる限り無理をしたくなかったのかもしれない。しかもステージの途中では、幾度も激しい雨に襲われた。集団前方で隊列を組み、上りも下りも、安全にリズムを刻み続けた。逃げ集団には最大13分もの大差を与えた。
「いやいや、むしろ、ものすごく厳しいステージだったからなんだ。幸いにもガンナとプッチョが集団前方で1日中素晴らしい仕事をしてくれた。ゾンコランのことはいまだ考えてもいない。ただ1日、1日を、問題なく戦っていきたいだけ」(ベルナル)
前方集団はちっとも落ち着かなかった。とてつもない奮闘の果てに逃げ切りの切符をつかんだ16人だが、ジャンルーカ・ブランビッラ曰く、「残す150kmもアタックの連続」。それでも全部で4つ待ち受けた山岳のうち、序盤3つの上りでは、山岳ジャージ姿のジョフリー・ブシャールが難なく先頭通過を果たした。同僚ヴェンドラーメが大いに助けてくれたからであり、「大してポイントを争ってくる選手がいなかった」せいでもあった。むしろ濡れた下りで、怖いもの知らずたちが、我先にと特攻を繰り返した。
ただし本当のふるい分けは、4つ目の、つまり最後の山岳で行われる。きっかけはブランビッラの加速。しかも3度。麓ではいまだ13人が踏みとどまっていたというのに、登坂開始直後に間髪入れずに3度アタックを繰り出すと、一気に集団を6人にまで絞り込んだ。
続けてベネットが前に飛び出す番だった。ところが後輪には、ヴェンドラーメがぴたりと張り付いていた。しかも勢いを利用してそのままカウンターアタックを打つと、直後に訪れた小さな下り区間で、単独で距離を開きにかかった。
「最後の上りでは、好都合なことに、飛び出す機会を見つけた。僕よりも上りが強い選手たちを、どうにか先回りしておきたかった。だって自分にも勝つチャンスがあると思っていたからね。上りでのセレクションに備え、エネルギーを温存し、ブリッジしてきた選手に飛び乗るつもりだった」(ヴェンドラーメ)
先行作戦は上手く行った。置き去りにされたライバルたち……特にベネットとブランビッラが互いの顔を見合う隙に、後方に一時は13秒ほどの差を開いた。最も恐れていた3kmの急勾配ゾーン(平均9.5%、最大14%)の大半を、1人先頭でこなすことが出来た。強豪2人の警戒合戦にしびれを切らしたクリス・ハミルトンが残り14kmで追いついてくると、予定通り背中に飛びついた。ベネットとブランビッラが残り12.5kmで追いついてきた頃には、すでに山道は緩やかになっていた。
ついに4人に絞り込まれた集団では、上りでも下りでも、ブランビッラが改めて何度もアタックを試みた。ブランビッラ曰く「スプリントで一番速いヴェンドラーメを振り落とすため」だった。ところが残り2.8km。ブランビッラが、最後尾で新たなアタックを算段しているタイミングだった。前方にいたハミルトンが、そのまま一切の駆け引きなしに、真っ直ぐなアタックを打った。これまで何度もそうしてきたように、ヴェンドラーメもためらわず後を追った。
後方にいたせいか、ブランビッラは一瞬反応が遅れてしまう。一方で体重58kgのベネットは「スプリントでは勝てないからブラフをかけるしかないんだ」と、つまり自らは追いかける素振りを見せず、敵の後輪にただ張り付いくことを選んだ。ブランビッラとベネットは、もう2度と、前の2人に追いつくことは出来なかった。
ハミルトンにすぐに追いついたヴェンドラーメは、残り2.5km、自らもアタックを試みた。昨ジロでは、ピュアスプリター向けステージで、2度トップ10入りの経験がある。当然、4人の中では、自らがスプリント最速だと理解していた。しかし同時に、2019年ジロ第19ステージで、最終盤のチェーン脱落に泣かされステージ2位で終えた思い出もある。
「あの日のことは忘れられない。あの日も、逃げの中では、僕がスプリント最速だった。でも決して、最後の最後まで、勝利は保証されていないもの。だから可能な限り戦い続けなきゃならないんだ」(ヴェンドラーメ)
アンドレア・ヴェンドラーメ
あらゆる奮闘の果てに、こうしてヴェンドラーメは、ハミルトンとの一騎打ちに持ち込んだ。ラスト1kmは毅然と先頭を走り続け、そのまま先頭でスプリントを切った。一瞬たりとも真横に並ばれることなく、堂々とフィニッシュラインをを先頭で越えた。自らにとって生まれて初めてのグランツール区間勝利をもぎ取り、フランスチームのイタリア人が、AG2Rシトロエンに2021年ワールドツアー1勝目を献上した。フィニッシュエリアでは、共に逃げたブシャールの胸で、喜びの涙を流した。
「ブシャールは遠征時はいつも同室なんだ。僕がチームに加入したとき、真っ先に仲良くしてくれたのが彼だし、僕にとってはチームメートと言うよりは友達、いや、むしろ兄弟みたいなもの。今日も僕がアタックした後は、無線で励まし続けてくれた。すごく嬉しかった。だから、この勝利は、彼のものでもある」(ヴェンドラーメ)
「ついに、僕らは勝った!」と、まるで自らのことのように喜んだブシャール本人もまた、間違いなく今区間の成功者の1人。青ジャージ用ポイントを大量45pt収集し、山岳賞2位以下との差を3ptから48ptへと開いている。
また一騎打ちスプリントで敗れたものの、「勝利を争えたなんてすごくクール!」と楽しげな声で語ったハミルトンの背後では、ベネットとブランビッラが最後まで執拗な睨み合いを続けた。挙げ句の果てには、スプリント中に危険なライン変更を行ったとして、3番目にラインを越えたブランビッラが4位降格処分を受けた。
ちなみに悔しくてフィニッシュ後に「奴はテレビを見てレースの仕方を憶えたほうがいい」と吐き捨てたブランビッラは、「再び逃げにトライする」と宣言。3大会前の総合8位ベネットは、本人曰く「慣れない逃げ」で総合タイム差を11分21秒にまで縮めたが、翌第13ステージで再び失う予定らしい。来る難関山岳ステージで、再び逃げるために。
ヴィンチェンツォ・ニバリ
さて、はるか後方で、イネオスの指揮のもと安全走行を続けていたメインプロトンもまた、最後の山岳で動きを見せた。ヴェンドラーメが先行した例の急勾配ゾーンで、ジュリオ・チッコーネが前触れもなくアタックに転じた。続けてヴィンチェンツォ・ニバリも飛び出すと、トレック新旧エースは勇敢なる前進を始めた。
前日の未舗装路ステージでタイムを落とし、総合2分24秒差に後退したとは言え、大会序盤から絶好調なチッコーネと、手首の骨折直後ながらなお4分11秒差に踏みとどまるニバリの後を、もちろんイネオスが責任を持って追った。いまだベルナルは4人の補佐役を残し、ジャンニ・モスコンが猛烈に距離を縮めるが、「2人とオートバイとの距離が近いせいで、スピードがすごく速い」と察知するや、大胆にもマリア・ローザ本人が2人を回収に向かった。
おかげでメイン集団は再び落ち着きを取り戻すが、またしてもトレックが動いた。今度はニバリが、得意の下りを利用して、単独でスピードを上げた。しかも濡れた路面でのクレイジーな賭けに慌てたか、背後にいたモスコンが落車してしまうアクシデントも。だからこの時ばかりは、ベルナル親衛隊は、無理な追走を取り止めた。
「ニバリは経験豊富な選手だし、間違いなくジロの勝敗を左右する選手のひとり。大いに尊敬もしている。でも彼にダウンヒルでついていくのは、落車の危険があることを意味する。それに下り終えた後、ラスト4kmはフィニッシュまで平坦だと分かっていた。まだ僕のそばには複数のチームメートがいたから、心配する必要はなかった」(ベルナル)
偉大なるニバリはフィニッシュラインまで独走を貫いた。現役では2人しかいない3大ツール全制覇のチャンピオンのわずか7秒後に、ベルナルを含むメイン集団は長い1日を終えた。最終的に総合トップ10圏内は順位・タイム差共に一切の変動はなかった。前述の通り、第11ステージ終了時点で総合11位につけていたソレルの途中棄権で、前日総合19位までの選手たちはそれぞれ1つずつ順位を上げている。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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