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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2020 レースレポート:第15ステージ】八重苦の難ステージでジャスパー・フィリプセンがグランツール区間初勝利「この時が来るのをずっと待っていた」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかフィニッシュ後に勝利を喜ぶジャスパー・フィリプ
6時間22分の過酷な戦い。まるで北クラシックの「開幕の週末」を思わせる天候。フランドル人が生き残ったのは、きっと偶然ではない。祖国では「ニュー・ボーネン」とも呼ばれる若きジャスパー・フィリプセンが、持ち前のタフさと速さを証明し、晩秋のスペインで栄光をつかんだ。
「素敵だね。上手く言葉にできない。勝てて本当に嬉しい。僕にとっては大きな意味を持つ。ブエルタ開幕以来、この時が来るのをずっと待っていた。そして今日ついに、その時が来たんだ」(フィリップセン)
本来ならば約180kmの平坦ステージが用意されていた。しかし新型コロナウイルス感染拡大による影響で、予定されていたポルトガル入国は中止。プロトンはおとなしくスペイン国内に留まった。そのせいで、これほどまでに難しいステージになるとは..誰が予想しただろうか!?
「ふぅ!きつい1日だったね。今区間が今や過去のものとなってくれて、本当に嬉しいよ」(プリモシュ・ログリッチ)
こうマイヨ・ロホを唸らせたステージは、なにしろ思いつくだけでも、条件面で八重苦だった。つまり1)走行距離230.8km=今大会最長ステージ、2)出走時刻が28分早められ10時5分スタート=要早起き、3)5つの山岳=累計獲得標高4090m、4)グランツール3週目=疲労蓄積、5)すでに11月=シーズン最終盤、さらには6)強烈な向かい風、7)後半に降り出した雨、8)凍えるような寒さ。
それでもスタートラインに並んだ148選手は、いつもと変わらずハイスピードで戦いへと猛進した。いくつものアタックが繰り返された。一旦は20人ほどの大きな塊さえ前方へ躍り出た。ただ開始50km、1つ目の山に入ると同時に、巨大な逃げはプロトンに引きずり戻された。
この山のてっぺんでは、ギヨーム・マルタンが満点3ptを獲りに行く。かれこれ8日前から山岳ジャージを着ている仏人クライマーにとって、トータル15pt回収できる今区間は極めて大切だった。ところが下りに入った直後、56km地点で飛び出していった10人の逃げに、マルタンは乗り遅れてしまう。
「最初の山頂の後、飛び出すスペースが上手く見つけられなかった。そのせいで逃げに追いつくのにとてつもない努力を要した。幸いなことに脚の調子は良かった」(マルタン)
16kmにも渡る粘り強い追走を実らせ、マルタンと他2選手は、2つ目の山頂間際でまんまと合流を果たす。おかげで再び山頂1位通過をも成功させた。
こうして前区間覇者ティム・ウェレンスを含むマティア・カッタネオ、ニック・シュルツ、ロバート・スタナード、ルイスレオン・サンチェス、アレックス・アランブル、ホセ・ロハス、ルイ・コスタ、ロブ・パワー、マーク・ドノヴァンの10人に、ヨナタン・ラストラ、ジュリアン・シモン、マルタンの3人が加わると、後方との距離はすぐさま5分45秒差に広がった。
後方ではボーラ・ハンスグローエがタイム差制御に乗り出した。第9ステージで「昇格」により勝者として記録されたパスカル・アッカーマンは、今度こそはライン上で両手を上げたいと願っていた。またNTTプロサイクリングとトレック・セガフレードも作業に手を貸した。
もちろん先頭集団は、それほど簡単には引き下がらなかった。ミッチェルトン・スコットとアスタナ、サンウェブがそれぞれ2人ずつ滑り込み、きっちり先頭牽引に務めた。しかもマルタンとウェレンスはそれぞれ7回目、パワーは6回目、ドノヴァンとコスタ、カッタネオは5回目の逃げ..といわゆる今大会好調の常連揃い。激しい起伏にも、厳しい向かい風にも負けず、誰もが黙々と前へと突き進んだ。
それでも残り55kmで、タイム差は2分20秒にまで縮まった。ここでウェレンスが真っ先に脱落する。大会1週目に2日間着た青玉ジャージの最後の可能性にかけるべく、序盤3つの山では、マルタンに次いで2位のポイントを収集に走った。しかし4つ目の山で、マルタンが相変わらず先頭通過を果たした背後では、ウェレンスは動かなかった。すでに区間2勝を上げた強者には、吸収間近の前方でこれ以上奮闘し続ける理由もなかった。大会初日・2日目の逃げでもあっさり見切りをつけたように、静かにプロトンへと帰っていった。
いつまでも終わらぬ起伏と、向かい風。加えてステージも残り40kmを切ると、雨脚はどんどん強まっていく。ドゥクーニンク・クイックステップのエーススプリンター、サム・ベネットは耐えきれずメイン集団から千切れていく(最終的に最下位145位で終了)。
最大の宿敵が消えたからこそ、ボーラはますます熱心に前を引いた。ベネットの同僚カッタネオにとってもまた、状況は変わった。もはや後方のエースに気を使う必要はなくなったのか。それともボーラをさらに働かせる必要が生じたのか。残り31km、逃げ仲間の小さな攻防を利用して、たったひとりで前へと飛び出した。
「向かい風のせいで1日中すごく厳しいステージだったけど、僕自身は調子が良かった。だから上りでアタックした。タイム差が2分に広がった時には、チャンスを信じ始めたよ」(カッタネオ)
つまりはドゥクーニンク・クイックステップに記念すべきグランツール100勝目をもたらすべく、なにより自身初のグランツール区間勝利に向かって、カッタネオは全力で抵抗し続けた。最終登坂でアッカーマンが苦戦すると、ボーラは一旦仕事を打ち切り、なんとなく総合首位を擁するチームとしてユンボ・ヴィスマが集団前を引きはじめると、たしかにタイム差は2分にまで広がった。
スロースペースに乗じてジーノ・マーダーが、残り22kmで集団から飛び出して、孤独な追走を始めたこともある。素早く逃げの残党に追いつき、追い越すと、カッタネオまで50秒差に迫った。
しかし最後の山頂を越えると、ボーラもアッカーマンも息を吹き返す。再びメイン集団の最前列へ競り上がると、4人で猛烈に牽引を開始した。いつしかロット・スーダルやミッチェルトン、UAEも集団前方へと位置取りを始めた。序盤からの逃げも、マーダーも、順々に回収されていく。そして残り3.4km、ついにカッタネオの努力も無に帰した。
「道と天候条件が僕に不利に働いて、吸収されてしまった。がっかりしてる。でも同時に、大会が終わるまで挑戦し続けようと、改めて決意している」(カッタネオ)
走行中のプロトンには、すでにフィニッシュ手前3kmでのタイム計測が通知されていた。残り2km地点の路面に油が浮いていたからだ。この知らせは間違いなく総合勢をほっとさせた。なにしろ最終2.5kmにはいくつもの急カーブが待ち構えている。2016年第7ステージでまったく同じフィニッシュが使用された時には、お天気は最高に良かったというのに..残り500mの直角カーブでアルベルト・コンタドールが落車している!
「おかげで必要以上にリスクを冒す必要がなくなった。あの決定は大歓迎だった」(ログリッチ)
赤いジャージを筆頭に、総合勢が揃ってペダルを漕ぐ脚を緩めた一方で、35人ほどの選手たちは高速でフィニッシュへと突き進んだ。
ラスト1kmではミッチェルトン2人が先頭に並んだ。ドゥクーニンク・クイックステップの名発射台ミケル・モルコフは、ベネットを背負う代わりに、ヤニック・シュタイムレを連れていた。すでに1人となっていたアッカーマンは、残り250mからは、このモフコフの背中にただ乗りした。シュタイムレが、急速に上がり始めたフィリップセンの背後に乗り移っていたからだ。そして肝心のフィリップセンはと言えば、最後まで守ってくれたイヴォ・オリヴェイラの後輪を勢い良く飛び出した後、やっぱりちょっとモルコフの背中に立ち寄った。
ラスト150mはモルコフの庇護下を飛び出した3人の直接対決。ゆるい右カーブの内を素早く突いたフィリップセンが、一瞬早くフィニッシュラインへと滑り込んだ。ハンドルを投げた2人を蹴散らし、灰色の空に拳を突き上げた。
ジャスパー・フィリプ
「1日の始めには集団スプリントで終わるなんて信じていなかった。逃げが強力だったからね。でも時間がたつにつれて、徐々に信じ始めた。こういった上りフィニッシュは好き。ただ今日みたいに、あまり厳しすぎない上りがいいね。今日のコースは本当に僕に向いていた」(フィリップセン)
フィリップセンにとっては生まれて初のグランツール区間勝利。おかげでUAEチームエミレーツは、EFエデュケーションファースト、ボーラ・ハンスグローエに続き、2020年のグランツール全てで区間勝利を手にした3つ目のチームとなった。
パリ〜ルーベはジュニア版でもU23版でも4位に食い込み、スプリンターズクラシックと呼ばれるスヘルデプライスでは2年連続トップ10入を果たした22歳。来季のアルペシン・フェニックス行きが決まっているが、今は将来のことよりも、むしろ「この瞬間をひたすら楽しみたい」と語る。また生まれて初めてのグランツール(2019年ツール)は12日目で帰宅してしまったから、今度こそは「初めてのグランツール完走を目指す」つもりだ。
フィリップセンにとっても、このクラシック並の長距離ステージを走り終えた145選手にとっても、マドリード到着まであと3日。
そして最終日を待たずして、マルタンが2020年ブエルタ山岳賞を「計算上」は確保した。今大会7度目の逃げで序盤4つの峠を1位通過、最終5つ目の峠を3位通過し、山岳ポイントをトータル89ポイントに延ばした。2位ウェレンスとのポイント差は55pt。そして残す3日(実際はマドリードを除く2日)で収集できるのは最大54ptだ。あとは無事に完走を目指すだけでいい。ただ当初は区間勝利を狙ってスペインに乗り込んできたマルタンにとっては、山岳ポイント収集の旅の終わりは、きっと8度目への逃げへのモチベーションでしかない。
「ジャージが確保出来て、すごく嬉しい。まずはしっかり休息して、次に自分になにができるかを見ていきたい」(マルタン)
総合上位勢も凍えた身体をしっかり温め、今シーズン最後の週末に備えねばならぬ。気になる天気予報はずっと雨だ。
ところで、この総合争い的にはなにも起こらなかった1日に、たった1人マルク・ソレルだけが、タイムを4分49秒失った。総合18位に陥落し、トップ10復帰には絶望的なタイム差が開いた。前日の逃げで体力を消耗しすぎたのかもしれない。ただもしかしたら、残す2日へ向けた、なにかの布石なのかもしれない。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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