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野球 コラム 2021年3月19日

【広島好き】緒方孝市・元監督が語る、25年ぶりの優勝。そして3連覇できた理由

野球好きコラム by 大井 智保子
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緒方孝市・元監督

3月13日(土)、広島駅南口地下広場で行われた『緒方孝市「赤の継承」発売記念イベント』。前回のコラム「33年ぶりにユニフォームを着ないで見た2020年のカープ」に続き、緒方孝市・元監督がトークショーで語った話の第2回をお届けする。

応援してくれたファンのために書籍を書こうと思った

高校卒業後、広島カープに入団して、現役として23年間プレイさせてもらいました。その後すぐにコーチとして4年間、またすぐ監督として5年間、計33年間カープのユニフォームを着させていただきました。本当に長い間、このプロ野球の中でできたのは、やはりそれまでに多くの方との出会いがあって、その人たちからの教え、支えがあったからこそ。

そして何より、チームが勝てない時期も、本当に悔しい中も、がんばれ、がんばれとずっと応援してくださったファンの方たちへの思いを何とか、その感謝の気持ちを綴りたい。それと、ユニフォームを脱ぐタイミングで、自分の中の1つの節目になると思いました。

カープが25年間優勝できなかった理由

理由はいくつもあります。全部、言い切れないのですが、今日は3つくらいポイントとして話させてもらおうと思います。「なぜ、25年ぶりに優勝できたか」と質問されましたけれども、ちょっと目線を変えて、「じゃあ、なぜ、25年間優勝できなかったのか?」そういう目線からお話しさせてもらえれば。

やはり、カープは補強をできないチームです。皆様、ご存知の通り、FAで選手を獲得していないチームは12球団でカープだけです。一方、ジャイアンツ、ソフトバンク、阪神は毎年のように大きな補強をしています。どのチームも、3拍子揃ったエース級の選手を獲得しています。カープというのはそれをやっていない、戦力の補強ができない。つまり、自前で選手を育てながら戦わなくてはいけないというのが前提なんです。

シーズンを戦うにあたって、一番大事なのはバランスです、チームのバランス。投手力と野手力、この2つのバランスが、やはり下がったらダメです。他のチームはバランスが悪いなと思ったら、そこのポイントをすぐ補強できますよね。ただ、カープの場合は、育てなくちゃいけません、育てるには時間がかかる。

投手力がもし育ったとしても、なかなか野手があがってこなかったり、野手が上がってきたと思ったら、投手力が衰えてきて…。やっと、両方いい感じに上がってきたな、バランスが整ってきた途端、FAで(選手が出てしまい)立ち止まって。それがずっと25年間、という1つのポイントがあります。

25年ぶりに優勝できた3つの理由

わたしも現役時代、最後の最後にもう一度だけ優勝したいなと思っていたのですが、それは叶うことなくユニフォームを脱ぐことになったんですが…。コーチとしての1年目がスタートする時に、1番のポイントとして野村監督が帰ってきました。とにかく、野村監督は「今のままじゃだめだ、何とかチームをもう1回立て直すぞ」と、強い気持ちを持たれてて、とにかく若手を鍛えたんです。

広島では伝統的な猛練習、本当に辛い厳しい記憶しかない、若い頃の練習を復活させたんです。そこから、順調に1年1年、なかなかすぐにはでしたが、2年たって3年たって4年目、5年目、選手に着々と力がついたのが見えました。

投手からいうと、マエケンこと前田健太、チームを代表するどころか日本を代表する選手になりましたよね。野手で言えば菊池、そして丸ですよね。ここらへんが野手としてグッと上がって、レギュラーの主力選手になるまできて。それで、ちょうど野村監督が4年目、5年目でAクラスになりました。

そのタイミングで次にわたしが監督に就任したときに、黒田がアメリカから戻ってくる、そして、新井も広島に戻ってくる。これはFAで補強したようなものですよね、それだけ実績のあるすごい選手が入るわけですから。それで、先ほど言ったように、チームとしての、投手と野手のバランスが整ったということですね。これが、25年ぶりに優勝できた1つめの理由ですね。

2つ目をあげさせてもらえば、やはり、マツダスタジアムができたことです。優勝までは10年かかりましたが。皆さんご存知の通り、旧市民球場は階段が急だったりして、ちょっと見にくかったですよね?ただ、カープうどんはおいしかったです(笑)。

25年ぶりの優勝の理由を語る

旧市民球場の時は、年間の観客動員数は100万人弱、下手したら80万人かな。それがマツダスタジアムができて、年間何と2.5倍、220万人から230万人。これだけのファンの方がマツダスタジアムに足を運んでくれて、選手を応援してくれる。

この応援してもらうパワーというのは、ものすごく、我がカープにとっては力をもらい、相手チームにはものすごく力を削がれるし、プレッシャーになる。やはり、その応援の力というのはものすごく戦う上で大事なんですね。これが2つ目です。

3つ目で言わせてもらえれば、2つ目とちょっと同じ感じですけど、「カープ女子」です。今言った220万、230万の観客動員数の半分は、カープ女子です。先ほど話した野村監督の4年目、5年目、16年ぶりにAクラスに入った時ですが、クライマックスシリーズの甲子園球場、半分が真っ赤に染まったんです。僕が入団してから、今まで一度もなかったことが、起こったんです。

ちょうどその時ですよね、「カープ女子」という言葉が流行語大賞入ったのは。そのぐらい、カープ女子といわれる女性ファンの方に球場に足を運んでいただいて、応援してもらう。やはり、その力は大きかった。こういったことが1つ1つ繋がって、25年ぶりに優勝できたんだと思います。ファンの力は選手にとっては本当に本当に大きいんです。

「優勝する意味が分かった」から、3連覇を達成できた

一番は、優勝をして選手が自信を持った、ということです。自信を持って、自分の力を疑うことなく、自分の力を信じてプレイできた。そのことをすごく感じました。しっかり自信を持って、着実に力をつけ、大きなチーム力となって戦えたことが3連覇に繋がった。

あと、もう1つあります、これは伝えなくてはいけません。「優勝する意味が分かった」んです。その意味がわかった瞬間というのが、2016年に優勝した後、11月に行われた優勝パレードです。

あのパレードでは本当に両サイド埋め尽くしてくれて、「おめでとう」「ありがとう」という言葉をいただいて、車の中から手を振って。その瞬間というのが、本当に楽しい、嬉しい、言葉では言いようがない瞬間を味わったわけです。「あ、これが勝つことだ。これが優勝することなんだ」と、その瞬間に改めて思ったわけなんです。

その気持ちがあって次の年、さらに次の年、チームの戦いは苦しい時もありました。こういう時に、やはりあの瞬間、もう一度頑張って優勝すればその先にあのみんなとの喜ぶ幸せな時間が味わえる、これは間違いなく戦う上でのモチベーションになりました。負ける悔しさも知らないといけないけど、勝つことの大切さ知らなくてはいけない、と確信しています。

緒方孝市「赤の継承」

*****

30分のトークショーは5分くらいに感じるほど、あっという間に終わってしまった。緒方さんの声はやっぱり懐かしく、聞きやすくて心地よくて、熱い気持ちがスッと入ってきた。嬉しい気持ちでいっぱいになった30分間と共に、まるで夢だったかのような3連覇を昨日のことのように思い出す。

家に帰って本を開くとサインと共に「出会いに感謝」の直筆メッセージが。監督・コーチ・選手・チーム、そして私たちファン、全ての出会いこそがあの夢のような3年間を生み出してくれたんだ。

早くも増刷がかかった「赤の継承」、緒方さんのカープへのファンレター、時間をかけてゆっくりと味わいたい。そしてまた、あの夢のような時間が訪れることを期待しながら、これからも変わらない応援をし続けよう。

最後に緒方孝市さんの2021年セ・リーグ順位予想で、このコラムを終わろうと思う。

「カープを愛するOBとして、参加させていただいておりますので。優勝はカープです!」。

文/写真:大井智保子

大井 智保子

大井 智保子

年間40試合以上は球場へ観戦に行く、広島県江田島市出身のカープファン(天谷世代)。「カープ女子」という言葉を世に広め、2014年にはユーキャン新語・流行語大賞でトップ10を受賞。"カープ女子神3"と呼ばれる。本業は広告代理店のOLだが、ライターとの二刀流を目指す! Twitterアカウント

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