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スポーツ界に訪れた転換期 | 町田樹のスポーツアカデミア 【Dialogue:研究者、スポーツを斬る】 ~ポスト・スポーツの先を見据えて~
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部データ革命とスポーツ
スポーツ科学の最前線で活躍するフロントランナーたちとの対話を通じて、研究の成果を実践現場に還元していく“Dialogue”(ダイアログ)。今回は成城大学社会イノベーション学部の山本敦久教授をゲストに迎え、これからのスポーツについて議論を展開していきます。
町田(以下M):それでは、先生が専門とされている研究の話をしていきたいと思うんですけれども、「ポスト・スポーツ」という新しいスポーツ概念を提唱されています。この「ポスト・スポーツ」というのは、この先ほどから話題になっているスポーツの転換期に、当てはめられたというかそれを指し示す概念として先生は開発されました。今、スポーツ界はどのような転換期にあるとお考えでしょうか。
山本(以下Y):「ポスト・スポーツ」の時代を描いた時に、私は二つの観点を準備していました。一つは、スポーツは生身のこの体がどうパフォーマンスをして、それがどう人に影響を与えるか。そこでは、生まれてきた体がスポーツの主役であるという前提があったと思うんです。この生身の体が様々なトレーニングやルール、そういったものに規定されたり、強化されたりして、アスリートの身体ができ上がっていく。これが近代スポーツの当たり前だったと思うんですね。ところが、この「ポスト・スポーツの時代」と私が呼んでいる、スポーツの新しい転換期では、スポーツが必ずしも生身の身体のみを主人公とはしないようなスポーツが現れはじめている。一番わかりやすいのはパラスポーツ。例えば義足のアスリートたちが活躍するのは日常的なでき事だし、車椅子に乗ったアスリートがパスケやラグビーをやることも当たり前。必ずしも生身の身体だけが競い合うということが前提ではないようなスポーツがいくつも登場してきている。二つ目の観点というのは、これは近代スポーツと呼ばれてきたもの。これまでの近代スポーツと呼ばれてきたものは、ヨーロッパの白人男性の、いわゆる健常者と言われている身体、あるいはセクシャリティで言えばヘテロセクシャルな身体を持った人たちが一つの理想形として考えられている。そのようにスポーツが設計されてきたわけですけど、「ポスト・スポーツ」の時代においては必ずしも理想とされてきた枠組みに入れない人たち、わかりやすい事例だと、アメリカの女子サッカーチームはワールドカップで優勝しても、「男子チームが優勝した時とお金が違うじゃないか」というような不平等をきちんと訴えるようになってきていること。イコール・ペイ運動って言われますけど、男性と女性の不平等がおかしいということを多くの女性アスリートたちが言うようになってきている。
そのように、本来、近代スポーツが誕生した時に、この人たちのことを「アスリートって呼ぶんだよ」と設定されたものとは違う、つまり、そこに入れてもらえなかった人たちが、私たちもスポーツをもっともっと平等な条件でやらせてほしい。平等な社会環境でやらせてほしい。そんな主張が今、出てきている。SNSという新しいメディア空間の中で共有されて、流通していく。そういう時代に、アスリートたちが競技者だけではなくて、もっと社会を変えていく。非常に重要な立ち位置を取るようになってきて、私の場合はそんな彼らの出現をソーシャルアスリートという言葉を与えています。アスリートは社会を変えていく力を持っている。このソーシャルアスリートの出現というのが二つ目の観点になりますね。
イコール・ペイ運動
M:なるほど。一つ目がこの生身の身体という大前提が転換しつつあるということ。そして二つ目は、近代スポーツが当たり前としてきたような価値観が変化してきている。あるいはそれを変えようとアスリートたちが動きはじめているというムーブメントということですよね。その一つひとつをもう少し深く追ってみたいのですが、まず、一つ目の観点です。生身の身体。今は例えばテクノロジーだとか、あるいは道具の問題もありますよね。マラソン選手のシューズの問題もあったり、水泳選手であれば水着の問題がだいぶ前ですけれどもあったりしたように、テクノロジーと身体の接続というのもあります。あるいは情報と身体の接続。今はAIとか情報・テクノロジーの革新、データ・テクノロジーの革新というのがあって、その波というのもスポーツ界に押し寄せてきています。先生はそのテクノロジー、あるいはデータ革命とスポーツ、これをどのようにお考えでしょうか。
Y:そうですね。例えば、理想とされるフォームがあります。そのフォームは、教えてくれるコーチや指導者が理想とするフォームに向けて指導をしてくださって、それに向けて選手たちが練習をして身につけていく。そういうふうに、これまではスポーツの身体って構成されてきていたと思うのですが、本当にこの十数年、そこが急激に変わりはじめています。あらゆる体の動きに対して指導者が言う「こういう型がいいよ」「こういうフォームがいいよ」というのは、今も息づいていると思いますが、それよりもさらに優位な客観的素材として出てきているのがデータですよね。スポーツのデータ革命ってよく言われますけど、これはもう圧倒的に今、スポーツを変えはじめている。例えばNBAだと、2014年と2020年代ではプレースタイルが全く変わっている。3ポイントシュートが圧倒的に増えてきているんですよ。あるデータが示しているんですけど、3ポイントラインのところに、ほとんどそのシュートの起点があって、それからゴール下にシュートの起点があって、だいたい二分化されている。でも2010年代は3ポイントラインにシュートの起点がなくて、もっとミドルレンジ、3ポイントよりももっと前にシュートの起点がたくさんあるんですね。これがもう圧倒的にデータ革命の中で変わっていく。それは何かというと、3ポイントシュートってリスクが高いと思っていたんですよ、人間は。やっぱり遠くから打つから。外すリスクも高いだろう、と。ところがビッグデータはそうは言わなかったんですね。たくさんのデータを解析していくと、3ポイントシュートを積極的に打っていく方が、やっぱりゲームが終わった時の点数が高いというふうにAIは導き出しているわけですよね。そのことによってNBAのバスケットボールのスタイル、試合のスタイルが一気に変わっていく。だから3ポイントがどんどん重要視されていって、そういうゲームの進め方、戦術に急転換していった。これもこの10年ぐらいのでき事。
バスケットのシュートエリア図
M:それは、ある意味ではデータがスポーツパフォーマンスの向上に資するという観点でも見えますし、それが行き過ぎると先生も「ポスト・スポーツ」の時代の中で問題提起されているように、データが戦術や何をすべきかを全て導き出し、アスリートはそれに追随するだけ、AIから言われたものに従順に反応していくということになる。つまり、「アスリートの主体性が、アスリート側からデータ側に移っていくのではないか」ということも問題提起されています。
Y:そうですね。スポーツの主人公が私であるのか、それとも事前のデータから、次はこういうアクションを起こした方がいいよ、というリスクマネジメントが最初に行われている状態でプレーをするのか。これは大きな違いがあって、そのことによって無駄がなくなったり、怪我が予防できたり、今までだとうまく得点に結びつかなかったようなことでも、もっと合理的に無駄なく点につながるという考え方からすると、スポーツを一つの競争って考えたらいいことなのかもしれないけれど、スポーツってやっぱり「遊び」(Deportareの語源から)だし、やっぱりどこかで芸術的な部分がある。感性、心の動き。美的な感覚であるとか。あらゆるものが動員されてはじめてスポーツの魅力って出てくる。果たしてスポーツという語源が持っていた遊び心が、そこに体現されるのかどうかというと、ちょっと違うのかなって思うんですよね。まさに時代の転換点で、どっちがいいというのは立ち位置によって変わってくると思います。ただ、それは本当にスポーツの未来にとってどうなのかとか、これからの長いスポーツの未来にとって、データを導入してアスリートたちがデータによって自分の体を作り変えていくということが本当にいいことなのかどうか。これはほとんど議論されていない。データをどうやって使っていこう、勝つためにどうやって使うといいのという議論をたくさん聞くんですけど、それがスポーツというカルチャーの過去と未来を橋渡しするという現在において、全くその議論が進んでいないから、そこは私たちの仕事。「両方の側面があるかもしれないよ」。そのことによって「スポーツは魅力を失うかもしれないよ」と。もしかしたらネガティブな方向だってあり得るかもしれないから、そういう慎重な議論をするようなフィールドが必要だろうなと思います。
データ革命とスポーツ
M:この番組を見てくださっている方々の多くは、スポーツ観戦者でもある人たちなんですけれども、そういう議論は大抵する側の発信ですよね。もしかしたら、そのデータ革命が見る側にとっても影響があるかもしれなくて、例えば先生も「ポスト・スポーツの時代」の本の中で言われていたように、スポーツの本質の一つって予測不可能性、次の展開がどうなるかわからないというハラハラ・ドキドキ。多分、その予測不可能性というのが、見るスポーツの市場というものを一つ大きくしてきた要因だと思うのですよね。それが、データが主流になってくるとものすごくコントロールされて、全部が予測可能になってくる。だからこの議論はスポーツ界のする人たち、あるいは研究者だけじゃなくて見る側もどうなんだろうって考えなきゃいけない。つまり、いかなる立場の人でも、スポーツと関わる人であれば、みんなが自分ごととして考えていかなきゃいけない問題ですよね。
Y:データを導入したスポーツは、これから見る人たちにとってどういうものとして立ち現れてくるのか。この議論もあまりなされないまま、とにかく今スポーツのデータ化がポジティブなものとしてのみ、どんどん華やかに伝えられているんだけれど、どうしてもそこでどういう歪みが出てくるとか、そういったものはもっともっと議論していったほうがいいですよね。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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