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スポーツアーカイブの課題 | 町田樹のスポーツアカデミア 【Dialogue:研究者、スポーツを斬る】 秩父宮記念スポーツ博物館・図書館
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部町田樹
今回、秩父宮記念スポーツ博物館・図書館に伺い、アーカイブ事業に取り組まれている学芸員の先生と、スポーツアーカイブについて議論をしています。2回目は、収蔵庫をさらに探索していきます。
オリンピックの公式ポスターが保管されている収蔵庫
町田(以下M):西暦らしき数字。オリンピックに関するもののようですね。
新名(以下N):歴代のオリンピック。一部パラリンピックもありますが、公式ポスターを保管しています。前回、1963年の東京オリンピックのポスターをご紹介します。
M:やっぱり大きいですね。これは有名なデザインのものですね。
1963年の東京オリンピック公式ポスター
N:はい。当時、公式ポスターは4枚制作されたのですが、これは2番目に作られたもので、国立競技場の陸上トラックで写真を撮って制作されたポスターです。陸上選手たちの「顔が重ならない瞬間を捉えた、デザインとしても素晴らしいものだ」とよく言われます。
M:いろいろな人種の方々が一堂に会するイベントだということが、よく伝わりますよね。
1963年の東京オリンピック公式ポスター
N:そして、こちらです。
M:まさに象徴的なポスターですよね。50年が経っても鮮やかです。日の丸がすごいですし、全くかすれていませんね。
N:そして、このポスターは他のポスターと違って細長いです。
M:目いっぱい画角を使って、日の丸と五輪マークを(幅いっぱいに)取ったデザイン。
N:余白があるデザインでなく、緊張感があり強調されたデザインに感じます。
M:もしかしたらそれを意図した可能性もありますね。
N:そうですね。
五輪における芸術競技
スポーツの祭典として知られる近代オリンピックは、実は文化芸術活動にも重きを置いてきました。1912年からは芸術競技を採用。1952年から1988年まで芸術展示として行われました。そして1992年から現在に至るまでは文化プログラムとして行われています。
畑正吉氏の彫刻「スタート」
木村(以下K):芸術競技に出展された作品があります。これは畑正吉氏の彫刻で「スタート」という題名です。3人の陸上選手がまさにスタートしている、非常にシンプルで分かりやすい彫刻ですね。スポーツ芸術競技がどのように行われたかというと、彫刻部門、絵画部門。いわゆる私たちの美術館で美術作品として鑑賞するのと同じような分類運用が出品され、そこで競われたというのも分かります。
日名子実三の彫刻作品
K:日名子実三という彫刻家で、大正・昭和期に活躍した彫刻家です。これは彫刻の形をしていますが、全面に「明治神宮水上競技大会」という言葉が刻まれています。これ独立した美術作品としての彫刻というよりも、実は目的を持って作られたもので、分かりやすく言えばトロフィーです。
M:なるほど。
N:スポーツ芸術の中で、受賞や応募の対象となったものと違って、実際に使われるために作られたものになります。オリンピックの中で、特に芸術、美術作品と言わずとも、ポスターやコスチューム、大会運営のためのシステムそのものなどに、デザインや設計という人たちが有名無名に関わらずに関わっています。様々なものをクリエイトして、オリンピックが運営されていますが、芸術分野に限らず、クリエイティブな人たちがいろいろな形で大きいものを作り上げていくというのも、一つの歴史です。
M:いかなるスポーツイベントも、やはりアーティストとアスリートの連携、コラボレーションが見られるのですね。
アーカイブすべき資料
M:次に、アーカイブすべき資料について、です。収蔵庫を拝見してポスターや競技器具、文献のフロアで公文書を見せていただきましたが、アーカイブすべきスポーツ資料についての先行研究が発表されています。これは秩父宮スポーツ記念博物館の研究でもありますけれど、学芸員の先生方をはじめ日本のアーカイブ学を研究されている方々が出された見解をまとめたものです。やはり映像や音声資料が圧倒的に欠如していますよね。
N:そうですね。今回も唯一ご紹介できていないものも、やっぱり映像資料です。
M:相対的に見ても少ないですよね。
N:どうしても映像資料の権利処理というのは非常に複雑で手間がかかるということもあり、積極的に収集しきれないところがあります。
M:選手のパフォーマンスが記録されている映像は、何よりもスポーツの歴史を物語る資料です。だからアーカイブされてほしいと思うんですよね。もっと言うと、オリンピックをはじめとする各国際競技会で活躍しているアスリートの育成には、少なからず公的資金が投入されています。スポーツ庁はじめJOC(日本オリンピック委員会)もいろいろな助成金を出して、育成に取り組んでいる。国民の税金が一部入っていますので、そうした公的資金によって育成されたアスリートのパフォーマンスは、マスメディアに乗って経済効果を生みます。スポーツの国際大会、競技会は放送するのにすごくコストがかかるので、マスメディアも映像から利益を得ないとスポーツ報道をし続けることはできません。ですから、お金をどんどん生み出すことは、いいことだと思うんですね
ただ、例えば放送から5年が経った、10年が経った、あまり商業的な利用見込みがない映像については、ぜひ博物館に寄贈してほしいと思います。各放送局の方々、放送事業者の方、ぜひパフォーマンス映像を寄贈してください。映像は場所を取らないデータです。データベースみたいなものを構築できれば無限に蓄積することができますが、競技団体だけではなく、大きな組織、スポーツ組織が「商業的利用の見込みがないパフォーマンス映像については寄贈してほしい」と、放送事業者にも働きかけをしないと動かないものでもあります。なので、このような資料収集の環境。あるいは制度作りが一刻も早くなされてしかるべきなのではないかと思います。私自身も今回は、放送もされていますので、アーカイブしていただくように働きかけてみますので、ぜひ、皆様も寄贈のご協力をお願いします。それから、まだ見ぬ貴重なスポーツ資料を持っている方がいると思います。その際に、「貴重なスポーツ資料があるけれど預かったり、受け取ったりしてもらえないか」というような相談はできるのでしょうか。
N:はい。お電話やご連絡をいただいて対応しています。我々も収集方針がありますが、それに沿う形でお受けしているんです。
M:例えばフィギュアスケートだったら衣装。そういうものは1点限りで、しかもいろいろな競技会を経験し、そしてメディアに乗って、多くの方々の記憶にも残るような衣装があります。そういうものも、ご相談に乗っていただける可能性あるのでしょうか。
1936年大会の稲田悦子さんのコスチューム
N:はい。過去、初めて冬のオリンピックのフィギュアスケートに参加された稲田悦子さんの資料は、直接、稲田さんから寄贈をいただきました。1936年大会のコスチュームですけれども、ここで保管して、展示させていただいています。ただ、近年は選手と直接、資料の話をするということが少なくなっているのが現状です。フィギュアスケートであれば、演目にあったコスチュームがあると思いますが、選手がどういうふうに保管されているのか。現場としては逆に教えていただきたいところです。
M:そうですね。正直に言うとタンスの肥やしになっています(苦笑)。なので、寄贈をしたい選手もいると思います。「この大会で使用して、この演目で着用した衣装です」というエピソードとともにアーカイブができれば、展示にも結びつくかもしれないですよね。
N:亡くなっておられる方の資料もありますが、ご健在の方もたくさんいらっしゃいます。実際に使われたコスチュームの意図やどういった体の感覚で着ておられたかを、ヒアリングしつつ、そのお話とコスチュームを一緒に保管して活用できるとすごく素敵だなと思います。
M:先程拝見したボルダリングの器具には痕跡があって、プラスアルファでリアルな体験談と一緒にアーカイブすることで、痕跡もより意味を持ちますよね。だから、文脈ですよね。文脈と一緒に寄贈していただけたら、さらに資料の活用にもつながっていくということですよね。
M:次に博物館の休館についてお話を伺います。いろいろな資料を拝見させていただきましたが、残念ながら、この資料はしばらく倉庫の中に眠るしかない状態ですよね。時には巡回するような展覧会や研究者やジャーナリストの方が資料を参照したい場合には、予約をすれば使える状態になっています。しかし一般に広く開放されることは、残念ながら、しばらくない状況です。発端は東京2020大会の招致が決まった2011年の話ですよね。東京2020を象徴する建物を作ろうということで、旧国立競技場を取り壊し、新国立競技場を作る計画がありました。旧国立競技場が2014年に解体することが決まり、解体とともに旧国立競技場内にあった博物館も立ち退かなければいけない。そして、2014年の解体以降、今に至るまで倉庫で資料保管せざるを得ない状況になってしまったそうです。倉庫の中というのは、オフィシャルの博物館ではないので、資料保存に関してもすごく苦労もなされていると思います。博物館ではない倉庫での資料保管は困難が伴いますか。
N:資料を保管する時に一番気にするのは温度と湿度。それから徹底したセキュリティーを確保することですが、そのまま場所をお借りすると、それらの3点はなかなか実現できません。こちらに移る前に、この建物も工事をしましてセキュリティーの確保をしました。そして、除湿と加湿ができる設備を入れています。一定の環境を保つことをしなきゃいけないのですが、ここから引っ越す時には現状復帰をします。それを繰り返す可能性があり、辛いところではあります。
M:光が入らないように遮光にしていて窓も潰していますよね。そのように莫大なコストをかけて環境を作って、毎日いろいろな条件を整えながら資料を保管していても活用されない。学芸員の先生方からすると、辛いものがありますよね。
N:そうですね。展示室がなくなってしまっている影響ですが、皆さんとの出会いが少なくなってしまっているので、市民の方に博物館を知ってもらったり、支えてもらったりする日常がなくなってしまっていることには危機感を抱いています。たくさんの方が「この博物館って面白い」、「もっと知りたい」、「もっとこういうものを大切にしていきたい」という思いを持ってもらえていただけるからこその博物館存続ですし、設立の意味があると思います。そこが今は分断されているような状況が続いてしまっているのはもどかしいです。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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