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#8【鼎談】町田樹 × 水鳥寿思さん × 赤平大 ー「AI採点」についてー(3) | 町田樹のスポーツアカデミア 【Forum:フィギュアスケートが求める理想のルール】
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部赤平アナウンサーと町田樹
北京五輪の後、国際スケート連盟は大幅なルール改正を発表しました。つまりフィギュアスケート競技は、来シーズンから新しい競技規則のもとで運営されます。
ですが、新しいルールに順応しようと必死になるばかりで、ルールそのものの在り方についてじっくりと考える機会は、これまであまりなかったように思うのです。そこで今回は「フィギュアスケートが求める理想のルール」と題して、業界内外から専門家をお招きし、これからのフィギュアスケートのルールがいかにあるべきかを建設的かつ学術的に討論していきたいと思います。
MCを一緒につとめる赤平大アナウンサーとともに、男子体操の水鳥寿思先生をお招きしAI採点についてなどのお話を伺っています。ここからは事前に取材をした佐藤信夫先生、久美子先生のお話を紹介します。
前回のおさらい
対談のポイント
今回、特別に取材を受けいただきました。この対談の趣旨は、コーチの観点についてです。佐藤信夫先生、久美子先生からお話を聞いてきました。ルールはやはり演技パフォーマンスを変えてしまうという重要な要素です。そのルール改正の一つひとつに対して、選手やコーチ、指導方法がどういう風に変わっていったのかということを知りたいというのがテーマです。信夫先生と久美子先生は長く、この競技を支えてくださっている方ですので、そうした歴史的な観点からも、フィギュアスケートはどうあるべきかということを伺いたいと思います。
改めて歴史の長さと言うと、フィギュアスケートの大きなルール改正をまとめてみました。
フィギュアスケートのルール改正をめぐる変遷(大局的歴史)
佐藤信夫先生と久美子先生は、選手あるいはコーチとしての立場で全てを経験されています。まずコンパルソリーフィギュアとフリースケーティングでフィギュアスケートの競技が展開された頃は、お二人は選手として活躍されておられました。その後、引退してコーチになったときにショートプログラムが導入され、そこからコンパルソリーフィギュアの廃止。現行のISUジャッジングシステムの導入をすべて経験されています。まず、先生方がご注目されたのはこの1990年から1991年の間にかけて行われたコンパルソリーフィギュアの廃止についてです。
ルール改正の重み
ルールはパフォーマンスを変えるということですけれども、文化体系さえ変えてしまうという出来事が、これだったわけです。長くフィギュアスケートというのは、氷上に図形を描いて、その図形の正確性を競ってきました。だからこそこの競技は、フィギュアスケート=図形を描くスケートと呼ばれてきたわけです。ですが、1990年にその語意を象徴する競技形態を廃止してしまいました。このときにフィギュアスケートのアイデンティティであるコンパルソリーフィギュアを廃止することに対して、多くの批判的な声も出されたそうです。賛成派、反対派でかなり論争が巻き起こって、それを経て、コンパルソリーフィギュアは廃止されてしまったのです。ですから、ルールはやはり文化としてのあり方。形を変質させてしまうので、慎重に行うべきだというお声をいただいたんですよね。それから、例えば2014年にボーカル入りの曲を解禁しました。
ルール改正の効果を検証する必要性
選曲の幅が一気に広がるだろうと見込まれていたわけです。しかし、蓋を開けてみると今、8年くらい経ちましたが、必ずしも選曲の幅が広がっているわけではないんですよね。クラシックの音楽の使用率がぐんと減り、ポップスやR&B。ヒップホップなど、いろいろなコンテンポラリーなミュージックが取り入れてきたわけですけれども、ポップスはポップスでも同じような曲、同じ歌手の同じ楽曲が使われたりというダブリがあるわけですよね。だから、必ずしも選曲の幅が広がっているわけではないということですよね。
そして、佐藤信夫先生、久美子先生はいろいろな振付師とコラボレーションしているわけですけれど、多くの振付師が、現行のISUジャッジングシステムはやらなければいけないことがたくさんありすぎて、創作の余地がないと言及されている方も多くいらっしゃるそうです。演技を創作する人たちの声ということも、やはり重みがあると思います。
このことから言えるのは、ルール改正をしていくことは大事ですけれども、改正したことによって得られたメリット・効果が果たして意図した通りのものだったのか。改正して良かったのかどうかということを後から検証することが必要です。けれども、なかなかなされてこなかった。それに関しても、クリティカルな見解は述べられておりました
シニア競技への参加年齢引き上げ
今回のルール改正で目玉となったのは年齢の引き上げですけれども、1歳ずつ1シーズンごとに引き上げていって、最終的に2024シーズンに17歳へということですけれども、これについて先生方は、この改正による効果、効力がどれほどあるのか分からないとおっしゃっていました。やはりそれはコーチ、選手、競技連盟の人たちだけではなく、年齢によるパフォーマンスの影響、発育、発達に関することに関して詳しい科学者や研究者の見解も尊重されてしかるべきで、専門家の意見、エビデンスというものに基づいた上で、重要な意思決定がなされるべきだということもおっしゃっていました。
そして、大事なことは、引き上げの年齢の制限みたいな規定がある・ないに関わらず、健康を維持するためのルール改正ですけれど、規制の有無に関わらず、コーチの責任と倫理観によって、そもそも健康を害するようなトレーニングというのは抑止・抑制すべきだ、おっしゃっていたんです。本来ならばそんなルール改正、議論するまでもない。議論する以前に、コーチがちゃんと責任を持って選手の健康管理をすることが大事でしょう、と。至極まっとうなご意見をお話しされていました。
ルールという固定観念を取り払うことの必要性
ルール改正についてもお話を伺いましたが、一方でルールという固定概念を取り払うこともまた重要だということもお話いただきました。フィギュアスケート界には、競技会の他にも、フェスティバル、アイスショーもありますよね。そういう場は、ルールという制約がなく、自由な演技ができる場所。自由に演技ができる場をより多くの選手たちに提供できるようにすることも大事だろう、ということをおっしゃっていたわけです。
信夫先生や久美子先生はオフシーズンに運動会をスケートリンクで開きまして、例えばフィギュアスケーターがショートトラックの選手のようにリンク上でリレーをする。そうすると無邪気に楽しむわけです。普段、勝敗などに囚われていた選手たちが楽しそうに純粋にスケートをする。これって素直に大事だよねということもおっしゃられていましたし、そういう遊びの中から新たな技術が生み出されたり、遊びを通すことで普通のトレーニング以上の効果があったり。技術の向上が早かったり、早められたり、そういうこともできるんだ、ということをお話しいただきました。
加えて海外の事例ですけれども、海外でもそうしたフェスティバルやイベントをオフシーズンに開催し、チケット制でお金を取っている。そのお金は、競技振興に役立てられたり、慈善活動に寄付されたりみたいな形です。そういう自由なイベントを開き、自由に観戦、自由に参加してもらう。参加料を多様な形で役立てるというのは、北米を中心に行われているようです。だから、日本ももっと自由なイベントを開催していくべきではないか。競技力強化だけがフィギュアスケートの醍醐味ではないですし、もっと多様な人が、この競技、このスポーツ、あるいはフィギュアスケートという文化を享受できるような環境。これを想像していくことが重要なのではないかというお話もされていました。
どれもほんとに重みのある言葉ですよね。
赤平(以下A):水鳥先生は、佐藤先生たちのお話聞いてみて、何か体操に通じる部分とか感じられた部分はありますか。
水鳥(以下H):体操でも特に女子選手に関しては、体重が軽いと体の操作がしやすいということで、一時期15歳に満たないような選手がトップに出てくることもあったんです。でも今は年齢の制限が女子は16歳になりました。それでも女性特有の体の課題があるということも耳にしますので、ルール改正はするべきだろうということは感じることもあります。最初にエンタメ化もおっしゃっていただきましたけど、競技をやっているだけで本当にいいのかどうか。そういうところも問われている部分があるかなと思っています。さまざまな方に関わり、応援してもらうことの重要性というのも、すごく感じています。詰め込み型でやることが、果たして結果に繋がっているかどうかというところに関しても、過去15年の小学生でトップ3になった選手たちからオリンピックに出た選手はたった一人だけだったんです。本当に競技だけを早くやることが、果たして結果につながるかというところに関しては、少なくとも我々はそんなに繋がっていないのかもしれない。幅をもう少し持たせながら、その競技の中で充実させていく。そういったことが非常に重要なのかなと思います。
町田(以下M):そうですね。今スポーツ界全体がそうかもしれないですね。例えば柔道界でもそうです。小学生は全国大会が廃止の議論がされたりしています。どの競技も選手の健康、これを守りながら、いかに面白いパフォーマンスを提供できるか。そこにフォーカスを当てたルール改正が考えられていきそうですよね。体操も確か1997年頃に14歳から16歳に女性は年齢を引き上げましたけれども、その効果というのは感じられたりしておられますか。
H:そうですね。特に男子は、そんなに大きな問題はなかったと言いますか、元々、例えば吊り輪など、力がないと勝負ができませんので、男子は16歳で出られたとしても、そこで出てくる選手もほとんどいなかったんです。女子は体の部分で、不調になって競技力を落としたり、引退に追い込まれたりしてしまうケースもありました。そういった部分では寄与しているのではないかなと思います。
M:女子アスリートの三不調、エネルギー不足から無月経になり骨粗鬆症に発展、選手生命が脅かされるという負のスパイラルがあるわけです。そしてそれは必ずしも女性だけに起こるものではなく、男性にも同じことが言えます。相対的エネルギー不足、通称RED-Sと言われている概念がIOCを通じて発信されておりますけれども、過度なトレーニングをすることによって精神面や内臓の機能など、あらゆるところに不調が出てきてしまう。健康を害してしまうアスリートもたくさん出てくると、これをいかに抑止すべきかということが、非常に大事だと思うんです。SDGsではないですけど、持続可能性であるべきだ、と言われています。いかに選手たちを健全な形で長く競技に取り組んでもらえるか。その理念でもって行うルールを議論していく必要があると思うんですよね。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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