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吉水奈翁さん
ラグビー日本代表のヘッドコーチは、2005年以降、海外出身のコーチが務める。そこで注目されるのがコーチの考えを分かりやすい日本語で伝える通訳者の存在だ。2015年、2019年のラグビーワールドカップの日本代表通訳を務めた佐藤秀典さんは、デスメタルバンドのボーカルという横顔で注目されたが、2020年5月より日本代表の通訳となった吉水奈翁(よしみず・なお)さん(42歳)は、前職がニュージーランド(NZ)の警察官と、こちらも異色の経歴。そのとき培ったコミュニケーション能力は、前職のサントリーサンゴリアスの通訳として生かされ、今につながっているという。神奈川県川崎市のラグビースクールでラグビーに出会った吉水さんが、日本代表通訳者になるまでの足跡を伺った。
吉水奈翁さん
──NZに移住された経緯から教えていただけますか。
「父がコーチをしていた川崎市ラグビースクールでラグビーを始めたのですが、父の希望もあって1990年、チームで2週間ほどNZ遠征をしました。そのときに両親がNZをすっかり気に入ってしまって家族で移住することになりました。僕が中学1年生の途中でした」
──NZでもラグビーチームに入ったのですか。
「オークランドの西側に住んでいたのですが、その地域にあるワイテマタ・クラブと、入学したケルストン・ボーイズ・ハイスクールでプレーしました」
──同級生に後に有名になった選手はいますか。
「僕の少し下に、モセ・トゥイアリイ(NZ代表、ヤマハ発動機ジュビロでもプレー)がいました。一番有名な人は、ケルストンの校長先生です。グラハム・ヘンリーさん(元NZ代表ヘッドコーチ)でした」
──警察官になったのは、いつ頃のことですか。
「高校卒業後は父が経営する自動車修理工場でメカニックと塗装の仕事をしていましたが、結婚を機に何か新しいことを始めたいと考えました。そのとき、アジア人、日本人の警察官を募集しているという広告を見たんです。特に日本人は一人もいないと聞いて、これはチャンスだと思って挑戦しました。28歳の後半でした」
──どうすれば警察官になれるのですか。
「永住権を持っていれば申請はできます。ポリスカレッジ(警察学校)に入学するためにさまざまなテストがあります。1年に2回しかタームがなく、限られた人数しか入学できないので、それに入るためのテストが何十コマもあるのですが、そういうステップを踏んで、入学できました。日常の英会話は問題がなかったのですが、専門用語など毎日勉強しましたね。警察学校の寮に入って5カ月学び、卒業して晴れて警察官になったというわけです」
──2011年のクライストチャーチ大地震の後は、警察官として現地に入られたそうですね。
「地震で崩壊した建物のなかに語学学校がたくさん入っているビルがあり、日本人も亡くなりました。僕はオークランドに住んでいたのですが、日本人警察官が一人しかいなかったので、翌日、すぐにクライストチャーチに向かいました。約1か月、日本の大使館、日本政府の間に入って情報を共有し、遺族が日本からいらっしゃったので、毎日行われる説明会の通訳をしながら、警察からのメッセージも伝えるという毎日でした」
──なぜサントリーサンゴリアスの通訳に転身することになるのですか。
「たまたまなのですが、NZで情報サイトを運営する知人がいて、日本のサントリーから通訳の求人があるんだけど誰か知りませんか?と、掲示板に載せる前に僕に相談があったんです。そこに僕が興味を持ってしまって、応募しちゃいました」
──警察は退職したのですか。
「2年間の休職制度があるので、最初は籍を警察に残したまま日本に来ました。ラグビーは幼い頃から携わっていたし、毎日が楽しくて、やりがいがあるし、自分を成長させてくれると思ったので、このまま続けて行こうと判断しました」
吉水奈翁さん
──警察官としての経験が通訳の仕事に生きた部分はありますか。
「通訳は人と人の間に入ってコミュニケーションを円滑にする役目です。警察官として被害者と加害者、あるいは被害者同士の間に入ることもあります。人と人をつなぐという意味では似ています。意外にすんなりとトランスファー(移行)できました。日本人警察官として日本人被害者の裁判資料を作るときは、被害者の気持ちを汲み取って伝えることが大切でした。警察官は生と死に向き合うこともあり、刑務所に行くか行かないという究極のところに立ち会います。言葉を選んで訳さなければならない。ただ訳すのではなく、熱量や気持ちを感じて訳すことは警察官の時に培ったものだと思います」
──サントリー入って、最初にどんなことを感じましたか。
「日本の社会人チームのことはよく知らずに入りましたが、サントリーはカルチャーがあり、規律もしっかりしていました。外国人選手もいろんな国から来ていて新鮮でした。僕が子供の頃からテレビで見ていたジョージ・スミスがいたのは、びっくりしましたね(笑)」
──日本のあいまいな言葉が訳しにくいということはありませんか。
「そういうときは本人に確認します。それは、どういう意味で言っているのですか、と。中途半端に訳さず、ちゃんとしたメッセージが伝わるように確認しています」
──サントリーの6年間で印象に残っていることはありますか。
「トップリーグ9位という史上最低の成績で終わった翌年に沢木敬介監督になって2連覇した。その3年間でチームが生きものなのだということを感じましたし、勉強になりました」
──日本代表の通訳になることは、いつ頃から考えていたのですか。
「日本に戻ってきたときから目標としてずっと思っていました」
──2019年のラグビーワールドカップ(RWC)の日本代表を見て、その思いがより強くなったということはありますか。
「テレビで見ていましたし、その場に自分も行きたいという気持ちは強くなりましたね」
──自分からアプローチされたのですか。
「自分からではなく、去年、日本ラグビー協会からお話をいただきました。後になって、沢木敬介さんが、いい通訳がいますよ、と話をされていたということは聞きました」
──ジェイミー・ジョセフ日本代表ヘッドコーチの英語は聞き取りやすいですか。
「僕はNZにずっといましたので、耳になじんだ言葉です。コロナ禍でオンラインの通訳が多かったので、もっともっと彼を理解していかなくてはいけません。しっかりコミュニケーションをとっていきたいです」
──6月26日、日本代表はブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズと対戦します。ラグビー王国のNZにいると、ライオンズの格、人気の高さ感じることがあったと思います。
「自分が通訳になって最初に戦うテストマッチの相手がライオンズというのは、びっくりしています。NZにいるときからテレビにしがみついて、ライオンズ戦はすべて見ていました。NZに遠征してきたときはチケットが取れなくて、スタジアムの近くのバーで見たこともあります。ライオンズ戦に参加できるのは、人生に一回あるかどうかでしょう。こんな光栄なことはありません。身の引き締まる思いです」
──NZの人たちにとって、ライオンズはそれほど大きな存在なのですね。
「普通の試合ではないですね。警察官のとき、ライオンズ戦のいろんなイベント会場に行って警備をしたことがあります。すごい盛り上がりで、街が荒れます(笑)」
──吉水さんは、オールブラックス戦の警備もしたことがあるのですか。
「オークランドのイーデンパークにはよく行っていました。警備は行きたい人が手を挙げるんですよ。僕は試合が見たいので、いつも手を挙げていました」
──警備しながら試合を見られるのですか。
「上のコンコースとかで警備しながら見ていました(笑)」
──通訳者として常に心がけていることはありますか。
「その人が思っていることを的確に伝えることは、100%やらなくてはいけないことです。加えて、通訳するだけではなく、チームが良くなるのであれば、自分はこうしたほうがいいのではないかと考え、チームのために動くことも必要です。周りでいろんなことが起きて、その原因がコミュニケーション不足だということもある。そのあたりに目を配ることも大事だと思っています」
──これから日本代表は、2023年のRWCに向かっていくのですが、吉水さんの目標はありますか。
「チームが勝つことがすべてだし、それをしっかりサポートすることです。少しでもコミュニケーション不足で伝わっていないことがないようにしたいし、スタッフとして、他のスタッフを支え、選手のためにできることを100%する。それができたら、選手もいいパフォーマンスが出せると思いますし、チームが勝つためにやるべきことを毎日続けて行く。それだけだと思います」
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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