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明治12年創業。人の手によって作られた日本酒の味わいを
──ラグビーの話に入る前に、まずは片山酒造の歴史から教えていただけますか。
「明治12年、1879年創業です。新潟の柏崎から出てきた人が初代で、私で6代目になります。初代は雪深い農家の人で、冬の出稼ぎで酒造りの職人としてこの地で働いていました。腕が良かったので独立することになったようです。明治の初期で、バイタリティーのある人が商売を始めることの多い時代だったでしょう。うちの創業者もフロンティア精神があったのだと思います。働いていた酒蔵を離れ、ここ今市(いまいち)にやってきたのです」
──だから、看板商品は「柏盛(かしわざかり)」と名付けられているのですね。なぜ今市だったのでしょうか。
「日光連山の華厳滝(けごんのたき)から下ってきた川が大谷川(だいやがわ)と言いまして、この店から300mほどのところを流れています。その流れに沿って扇状地があり、今市エリアに湧水が出ます。昔から水が良い場所として知られていたそうです。また、今市宿という宿場町として繁栄していたところでもありました。日光街道、会津西街道、例幣使(れいへいし)街道という3つの大きな街道が交差しているところで、商業も盛んでした。きっと初代は、水がよく、商売もやりやすいので、この場所を選んだのでしょう。今でもうちは生活用水も含めて100%井戸水を使っています」
──片山さんも、お仕事の手伝いなどされながら育ったのでしょうね。
「実はあまり手伝いはしなくて(笑)。私が子供の頃は新潟から職人さんが住み込みで働きに来ていました。世の中が豊かになり、新潟の地元でも仕事があって職人さんが来なくなった。それがこの30年くらい、我々が感じる社会の変化です。うちも私の弟が杜氏(とうじ)免許をとって、兄弟で酒造りをしています。どこの酒蔵も社員や家族が免許をとる形です。片山酒造も、私と弟、母と妻、そして社員3名でやっています」
──酒造りにも特徴があるそうですね。
「創業以来、佐瀬式という方法を採用しています。もろみをひとつひとつ、人の手で袋詰めし、丹念に積み重ねてから上からゆっくりと圧をかけてお酒を搾ります。油圧を使わず、重しを乗せるだけでじっくり絞る。この作業を何度も繰り返し、ようやく販売できる量を確保するのです。現在、栃木県内でこの方式で圧搾している酒造メーカーは1割程度しか存在しません。人の手によって丁寧に造られた本来の日本酒の味わいを、より多くの人に知ってほしいのです」
國學院久我山で厳しい練習に耐え4度目の全国制覇
──片山さんは國學院久我山高校のラグビー部のご出身です。ラグビーとの出会いを教えてください。
「私はここで生まれ育ち、中学までは地元の学校に通いました。当時はラグビー人気が高く、子供の頃からテレビでラグビーを見ていました。新日鉄釜石が全盛期で、早明戦では早稲田大学の本城和彦さんらが活躍した時代です。学校の先生がホームルームの時間に慶應義塾大学のラグビー部のドキュメンタリーを見せてくれたこともあります。だから私は高校に行ったらぜったいにラグビーをしようと思っていたのです。早明戦のスターティングメンバーを見ると、久我山高校出身者が多かった。私が中学2年生のときには、久我山は全国高校大会で3度目の優勝をしました。だから、親に東京に行かせてほしいと頼みました」
──ラグビーは未経験ですよね。
「そうなんです。小学校ではサッカー、中学では柔道をしていました。どうしても久我山に行きたくて、親戚の家に下宿させてもらって通うことになりました。新入部員が100人ほどいました」
──100名とは、ものすごい数ですね。
「私は昭和43年生まれなのですが、41年が丙午(ひのえうま)だったから、42、43年はものすごく子供の数が多いのです。2年生も70名ほどいました。学校自体も大きな男子校で一学年17クラスありましたよ」
──そういうときは練習が厳しくなるんですよね。部員を減らすために(笑)。
「その練習に耐えて頑張ったことは私の誇りです」
──3年生になったときには、何人残ったのですか。
「2年生で70名くらいいたのですが、当時の久我山は受験もしっかりやらせていたので、3年生に上がるとき、レギュラーになるのが難しい生徒は受験に専念させるのです。我々が3年生になったとき、部員は30名くらいになりました。私はなんとか残りました。そして、我々の期は4度目の全国制覇を成し遂げます(昭和61年度、第66回大会)。私はフランカーでしたが試合には出られませんでした。部員はみんな日本一を目指していますから、和気あいあいというよりも、厳しい雰囲気のあるチームでした」
──同期の皆さんとは今も会いますか。
「しょっちゅう会っていますし、最近は久我山だけではなく、明大中野、保善、大東大一など他校との飲み会があります。高校時代のラグビー部で何を学んだかといえば、厳しい雰囲気の中で、友情やチームワークを学んだのだと思います」
──大学では続けなかったのですね。
「大学時代は遊びました(笑)。アルバイトでお金をためて海外を旅しました。一人でアメリカを放浪したこともあります」
──家業は継ぐつもりだったのですね。
「大学卒業後、廣屋(ひろや)という老舗の酒問屋に就職しました。廣屋の社長はラグビーが大好きでラグビー部がありました。たまたま久我山OBの先輩も社員にいて、私以外にも同期でラグビー経験者が入った。社長が、そういう選手が入って来るなら強化するということで韓国代表選手を入れたこともありました。だから、当時所属していた関東社会人4部リーグでは無敵です。社会人では5年間プレーして2部リーグまで上がりました。私は、高校時代はフランカーでしたが社会人ではセンター。当時、大型センターが流行っていて、パスしないセンターでした(笑)」
オールブラックスのお酒は大変名誉! 世界中に『柏盛』を広めたい
──そのあと、今市に戻ってきたのですね。
「23年前になります。1990年代初期にバブルが弾けましたが、それでも90年代の鬼怒川温泉は社員旅行の宴会が多く、宴会用のお酒もよく売れました。しかし、次第に景気が後退して売り上げが激減しました。そんなとき父が66歳で他界しました。この20年はお店を立て直すために働いた日々でした」
──どうやって、立て直したのですか。
「片山酒造の強味は何かと考えたのです。街道沿いに店があって、たくさんの車が通るという立地の良さがある。そして、多くの酒蔵が機械化を進める中で、昔の伝統的な酒造りを続けてきた特徴がある。そこで、酒蔵見学を始めてみようと考えました。ちょうど10年ほど前です。同時に個人がSNSで情報を発信する時代が来た。口コミで評判が広まり、今では年に2万人の見学者が訪れるようになりました。お客さん一人一人に対して丁寧に接客するという業態に変えたのです」
──酒蔵見学は無料なのですね。
「そうです。買ってくれなくても良いと思って始めたのですが、酒蔵を見て、手作りであることに感動すると皆さん買ってくれます。酒蔵見学はウェブサイトで予約もできますが、ふらりと立ち寄った方にも、観ていきますか?と声をかけてご案内しています」
──経営理念ともつながりますね。
「大量生産するのではなく、日光に来たお客さんに、日光に来たらいいお酒があったね、と言ってもらえるものを目指しています。年々ファンが増えているのは私の誇りです。大手と同じ土俵で戦ったら勝ち目はない。大手がぜったいにしないことで勝負しなくてはいけない。ラグビーと同じで、自分のストロングポイントを伸ばす戦い方です。うちは少人数の酒蔵なので一人が何役もこなします。各人ができることを増やし、コミュニケーションやチームワークを大切にしています」
──今年は日本でラグビーワールドカップ(RWC)が開催されます。お忙しくてテレビを見る時間もないと思いますが、2015年のRWCで日本代表が南アフリカ戦を破った試合はどこかでご覧になりましたか。
「ちょうど東京に出張中で、ビジネスホテルのテレビで、一人で見ました。感動しました。興奮して眠れなくて、そのまま朝イチの電車でこっちに戻ってきました」
──日本大会は観戦に行きますか。
「それが、チケットの抽選はすべて外れてしまいました(笑)。近所にチケットが取れた人がいまして、一緒に行こうと誘われているので、一試合は行こうかなと思っています。オールブラックスを見たかったんですけどね」
──片山酒造はオールブラックスのお酒を造っていますね。
「ラグビー仲間の縁で話が来ました。これほど名誉なことはないし、お引き受けすることにしました。ニュージーランドラグビー協会と契約し、去年の7月から販売しています。『ALL BLACKS 純米大吟醸』。世界一のチームに相応しいように最高ランクの仕込みをし、すべて手作業で行いました。自信の一品です。1,000本作り、残りは200本ほどです。うちのWEBサイトでも買えますし、店頭でも売っています」
──今後の夢、目標を聞かせてください。
「日本酒業界の一員として、日本酒の普及に力を入れたいです。いつかは世界の人に自分が作ったお酒を広げていきたいし、世界中の人に『柏盛』を飲んでもらいたいです。同時に日光市の観光協会の仕事もしていますので、日光に来てよかったと言ってもらえるようにしていきたいですね。ラグビーに関して言えば、ラグビーの精神を多くの方に知ってもらいたいです。ラグビースピリットは子供の教育にもすごく良いところがあると思います。絆、友情、自己犠牲の精神。トライをした人よりも、つないだ人に光を当てるところがある。会社経営をしていると痛感するのですが、縁の下の力持ちに感謝し、評価しないといけないと強く思うのです。日本で開催されるRWCは、ラグビースピリットを知ってもらうチャンスだとも思っています」
片山酒造株式会社 代表取締役 片山 貴之
栃木県日光市(旧今市市)生まれ。地元の中学から國學院久我山高校に進学して、3年生の時に全国大会優勝を経験。明治学院大学に進学後、関東社会人4部リーグ・株式会社廣屋で5年間プレーした後、家業の造り酒屋に戻る。
片山酒造株式会社
創業明治12年、新潟柏崎出身の片山久太郎がおいしい水を求めて、日光の地で創業。昔ながらの伝統的な製法にこだわり生原酒を販売中。原酒をたっぷりしみ込ませた酒ケーキも全国からお取り寄せがある人気スイーツ。
http://www.kashiwazakari.com/
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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