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それぞれの『ワンチャンス』と『勝利への想い』が交錯した1戦……スーパーフォーミュラ2023“春の鈴鹿決戦”レビュー
モータースポーツコラム by 吉田 知弘第3戦を制した宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)
開幕戦から大きな注目を集めている2023全日本スーパーフォーミュラ選手権。激戦の富士2連戦から2週間を経て、早くも今季の第3戦が、4月22日・23日に三重県の鈴鹿サーキットで開催された。
スーパーフォーミュラでは、よりエキサイティングなレース展開を生み出すべく、今季から新空力パッケージを導入した『SF23』と、ヨコハマタイヤが新開発したサステナブル素材を一部利用した新しいタイヤを採用している。
4月上旬に富士スピードウェイで行われた開幕大会も、この新要素が引き金となって、最後まで目が離せない白熱のレース展開が繰り広げられた。しかし今回の鈴鹿大会は、それを凌ぐ熱戦が繰り広げられ……日本レースプロモーションの近藤真彦新会長をはじめ、多くの関係者が「面白かった!」と口にするくらい、鈴鹿サーキットにおける国内トップフォーミュラ史に残ると言っても過言ではない1戦だったのではないだろうか。
今回は土曜日に公式予選、日曜日に決勝レースを行う通常仕様の1レース制のフォーマット。特に予選日は、鈴鹿でタイムが出やすい西風(最終コーナーからメインストレートにかけて追い風)だったものの、時より突風を伴う強い風で、各陣営が四苦八苦している状況だった。
その中でQ1、Q2ともに好タイムを叩き出してポールポジションを獲得したのが、今季チームを移籍した大湯都史樹(TGM GrandPrix)。以前から、予選一発の速さにこだわっていただけに、新天地で掴んだ好結果に、満面の笑みをみせていた。
PPを獲得した大湯都史樹(TGM GrandPrix)
迎えた日曜日の決勝レース。ポールポジションから優勝を飾るべく好スタートを切った大湯だが、序盤から思うようにリードを築くことができず、チームラジオでもタイヤマネジメントに苦戦している様子が伺えた。
大湯は19周目を完了したところでピットインし、タイヤ交換。チームも6.0秒と迅速な作業で彼を送り出したが、早めにピットストップを終えていた坪井翔(P.MU/CERUMO・INGING)とリアム・ローソン(TEAM MUGEN)の先行を許し、3番手に後退。その背後には、2年連続チャンピオンを獲得し、SUPER GTでは大湯のチームメイトでもある野尻智紀(TEAM MUGEN)が接近していた。
ピットアウト直後で、まだ温まっていないタイヤに苦労しながらも、なんとかポジションを守りたい大湯。それに対し、ここをチャンスと捉えて前に出たい野尻。
勝利に対する2人の想いが引き金となったのか、逆バンク手間前の左コーナーで接触してしまい、2台はもつれるようにスポンジバリアにクラッシュし、両者リタイアという最悪な結果が待ち受けていた。
今年から、新アプリ『SFgo』の導入に伴い、レース中の公式映像にはチームラジオが流れるようになっている。そこから聞こえてきたのは、大湯の悲痛な叫びだった。
最終的に、野尻に対してペナルティが課されることになったが、大湯は野尻を責めるつもりはないとのこと。ただ、どうしてもほしかった“優勝”という結果に手が届かず、リタイア後もコース脇のサービスロードで天を仰いだ。その光景は、公式映像や場内の大型ビジョンに映し出され、サーキットに詰めかけた多くのファンは、しばらく言葉をなくしている様子で、あまり例がないほど“落胆の雰囲気”に包まれた。
ただ、その空気を一気に掻き消す快進撃をみせたのが、予選12番手スタートの宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)だ。
前日の予選では、Q2で5番手タイムを記録するも、スプーンカーブの出口で外に膨らんだ際、わずかにコースの境界線を示す白線の外を走りトラックリミット(走路外走行)をとられてしまい、該当のラップタイムが抹消され、12番手からのスタートとなった。
予選後は、本人も納得がいかない様子だったが、なんとか気持ちを切り替えてコックピットに乗り込むと、スタートから次々と前のマシンをオーバーテイクし順位を上げていった。
宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)
そして、20周目に発生した大湯と野尻のアクシデントを見て、すぐにタイヤ交換を決断。これで一気に順位を上げて、3番手で残り7周のラストバトルに臨んだ。
前を走る坪井とローソンは、早い段階でピットストップを済ませているため、タイヤのパフォーマンスでは宮田の方が圧倒的に有利な状況かに思われた。しかし、序盤から続いたバトルで宮田はすでにオーバーテイクシステム(OTS)を4分の3近く使っており、セーフティカーが解除された24周目時点で、残量はわずか52秒。実質1~2回のチャンス分しか残っていなかった。
これらを有効活用するべく、最初はあえて坪井とローソンにバトルをさせて、彼らのOTSが使用制限に入っているタイミングで、自身のOTSを発動させて、確実に追い抜いていくという作戦に出た。
チームラジオでも「前はOT使っているの? 教えてよ!!」と、珍しくチームに強く訴えかけるなど、逐一情報を集めようとしていた宮田。それが功を奏し、まずは残り5周でローソンを攻略し2番手に浮上。その周に1分40秒049のファステストラップを叩き出し、あっという間に坪井の背後につけた。
勢いで見れば、宮田の方が上回っていたのだが、トップ浮上のためにはOTSは必要不可欠。ローソン攻略時にも使用していたため、この時の残量はわずか19秒。実質的に残されたチャンスは1度きりだった。
これに対し、トップの坪井はOTSを114秒残している状態。そもそも追い抜きが難しい鈴鹿サーキットの特徴を考えると、坪井が優勢という状況は揺るがないかに思われた。
それでも、宮田は自身の初優勝のために、130Rでもアクセルを緩めずに、真後ろまで接近。29周目に入るところの最終コーナーで最後のラストチャンスとなるOTSを発動させると、そのままメインストレートでアウトから並びかけ、1コーナーでオーバーテイクを決めた。そのまま最終ラップまで駆け抜け、念願の初優勝を飾った。
鈴鹿の1コーナーでトップが入れ替わるというのは過去にも何度かあった。記憶に新しいのは、2022年のスーパーフォーミュラ第3戦。松下信治(B-Max Racing Team)が雨の中で激走をみせ、最後に野尻を抜いてトップに立ったのも同じシチュエーションだ。
さらに言うと、別のカテゴリーになるのだが、2005年のF1日本グランプリ。予選17番手スタートだったキミ・ライコネンがスタートから順位を上げ、ファイナルラップの1コーナーでジャンカルロ・フィジケラを抜いてトップに立った瞬間は、サーキット中が大歓声に包まれるほど、沸き上がった瞬間。今回の宮田は残り2周ではあったが、OTSの残量を考えると、ライコネンの時と同じ“ラストチャンス”をものにした。
気がつけば、約20分前のどんよりした空気はどこかに吹き飛び、宮田がメインストレートに設置されたパルクフェルメに帰ってくると、グランドスタンドのファンは、拍手喝采で新ヒーローを出迎えた。
「ようやく優勝することができて非常に嬉しいです。チームやスポンサーの皆さん、応援してくださるファンの皆さんを長いことお待たせしてしまいました。予選で残念な結果になってしまい、正直決勝ではポイントが獲れればいいなと思っていたので、まさか優勝できるとは思ってもいませんでした」
ウイニングラン中は、コックピット内で涙が溢れ出ていたという宮田だが、パルクフェルメで降りると、何度もガッツポーズ。これまで、他のカテゴリーで優勝やチャンピオンを経験しているが、ここまで喜びを爆発させている光景を見るのは、初めてだった。
スーパーフォーミュラ初優勝に喜びを爆発させた宮田莉朋。
優勝の座を目指して、さまざまな想いが交錯したスーパーフォーミュラ第3戦鈴鹿。途中に起きた大湯と野尻のアクシデントや、ラストチャンスにかけた宮田の逆転劇など、ファンを魅了するドラマが多く生まれた1戦ではあったのだが、それらのドラマを盛り立てたのは、今年から導入された『SFgo』のアプリとシステムだったようにも感じる。
国内のレースカテゴリーでは唯一、リアルタイムでチームラジオが聴けるようになり、公式映像でもいくつか流されている。ドライバーやチームが置かれている状況や、それぞれの感情が我々に伝わるようになったことで、今まで以上にファンも感情移入してレースを観戦していたことだろう。
ドライバーズポイントでは、野尻が依然として首位をキープしているが、4ポイント差で宮田、7ポイント差でローソンがつけるなど、接戦の状態に戻った。早くも5月の第4戦オートポリスから、中盤戦に突入していくが、より一層手に汗握るバトルと、感動のドラマが、今年のスーパーフォーミュラでは見られそうだ。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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