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モーター スポーツ コラム 2023年4月7日

F1であのペドロが活躍している

今日も今日とてプッシュ&ルーズ by 高橋 二朗
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現在、F1アストンマーチンチームのアンバサダーを務めているペドロ・デ・ラ・ロサ氏(右)

海の向こうでは今シーズン3戦連続で3位、表彰台に立って大喜びのスペイン人F1ドライバー、フェルナンド・アロンソ選手が居て、そのアストンマーチンチームにはもう一人スペイン人のアンバサダーがいるのをご存知ですよね。そう、ペドロ・デ・ラ・ロサ氏。
日本でもお馴染みのドライバーと思っているのですが、90年代半ばに来日し活躍したので約30年前になるのですね。1997年には国内トップフォーミュラのFormula Nippon(FN)と全日本GT選手権でチャンピオンを獲得した。

スペインを旅した時のこと。
夕食のテーブルを友人と囲んでいて、フェルナンドとペドロどっちが好きかということとなった。
夫婦5組。
奥さん皆が<ペドロ>。
夫は、ボクを除いて半分半分という結果。
奥さん達の<ペドロが好き>という理由は、人間性が良いからだという。
スペインでは、初老の友人達の会話でもレーシングドライバーに対する話題がこのように出る。お国柄が、日本とはやはり違う。でも、チームの戦闘能力が、ドライビングスタイルがどうのこうのというのではなくて、【好き、嫌い】レベルあるのだけれど、この話題でひとしきり盛り上がるから、やはり日本とは違う。

ペドロは、95年に全日本F3選手権でチャンピオンを獲得してから一気にステップアップして国内のトップフォーミュラ、トップツーリングカーそして、F1へ。F1の現役時代は華々しい成績は残せなかったけれど、スーパーサブで表彰台に立つこともあったと記憶する。ザウバーチームでは小林可夢偉選手がチームメイトだった。

奥さん軍団が言うように、ペドロは、<良い奴>という印象が今でも強いですね。そして、チャンピオンを獲得した後のインタビューでは、「日本で外国人ドライバーがチャンピオンになるのは良くないという人もいた。しかし、チームのスタッフやファンがボクをサポートしてくれていた」と涙を流した。
親が医療関係の用品を商っているとかで、レース中には当時としては珍しかったノーズテープを着けていた。レース直後のインタニューではマスクを取り、そしてノーズテープを取っていたなと思い出す。

フェルナンドは、TOYOTA GAZOO Racingで2018-19スーパーシーズンのルマン24時間で優勝、チャンピオンを獲得。ボク自身は、ルマンで彼に短時間しか接していないけれど、気むずかしさを感じた。

F1界のことは良くわからないけれど、ペドロは、チーム内で対外的な立場と共にフェルナンドを支えているのかなと思い嬉しくなった今日この頃。

文:高橋 二朗

高橋 二朗

高橋 二朗

日本モータースポーツ記者会。 Autosport誌(英)日本特約ライターでもあり、国内外で精力的に取材活動をするモータースポーツジャーナリストの第一人者。1983年からルマン24時間レースを取材。1989年にはインディー500マイルレースで東洋人としては初めてピットリポートを現地から衛星生中継した。J SPORTSで放送のSUPER GTのピットレポーターおよび、GTトークバラエティ「GTV」のメインMCをつとめる。

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