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鈴鹿でのダブルヘッダー開催は波乱の展開となった。
新型コロナウイルスの影響により、変則的なスケジュールで進んでいる2020全日本スーパーフォーミュラ選手権。その変則日程を象徴したともいえるのが、鈴鹿サーキットでのダブルヘッダーだ。2レース合計でセーフティカー導入が6回もある大波乱の展開となったが、その中で“新たなヒーロー”も誕生したレースウィークとなった。
過去にも鈴鹿サーキットでの最終戦は2レース制のフォーマットが取られていたことがあるが、今回は週末に第5戦と第6戦を行うというもの。2つともポール・トゥ・ウィンを果たせば46ポイントも稼ぐことができるため、チャンピオン争いの流れなどにも大きく左右する重要な週末ということもあり、パドックはいつになく緊迫感が漂っていた。
そんな中、第5戦を制したのは鈴鹿を得意とする山本尚貴(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)だった。予選ではコースレコードを大幅に更新する走りを見せポールポジションを奪うと、決勝でも後続を寄せ付けない走りを見せ、今季初優勝をマーク。ランキングトップにつけていた平川亮(ITOCHU ENEX TEAM IMPUL)がリタイアに終わったため、この時点でランキング首位の座を奪った。
Rd5で今シーズン初優勝を飾った山本尚貴(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)
その一方、後方では1人苦しんでいるドライバーがいた。大湯都史樹(TCS NAKAJIMA RACING)だ。全日本F3選手権を経て国内トップフォーミュラにステップアップし、開幕前のテストでは好タイムを連発するなど勢いをみせ、注目のルーキーとして周囲も警戒していた。
しかし、いざシーズンが開幕すると歯車が噛み合わないレースが続いた。開幕戦もてぎでは1周目に他車と接触しフロントウイングを破損。第2戦岡山でも1コーナーでブレーキをロックさせてしまい、チームメイトの牧野任祐とサッシャ・フェネストラズ(KONDO RACING)を巻き込むアクシデントを起こしてしまった。第3戦SUGOでは予選Q1のアタック中にSPコーナーで飛び出してしまいクラッシュ。そして、この第5戦鈴鹿ではスタート直後の2コーナーでまたしてもチームメイトと接触。この時に牧野の右リアタイヤのホイールが割れてしまい、彼はダンロップコーナーでコースオフしリタイアとなってしまった。
Rd5スタート直後の接触で惜しくもリタイアとなった牧野任祐(TCS NAKAJIMA RACING)
この件についてはレースアクシデントという裁定が下ったが、パドックでは少なからず「また大湯か」という雰囲気が漂っていた。いつもはひょうひょうとした振る舞いをみせている大湯だが、精神的にはかなり追い詰められたという。
「最初の開幕戦から失敗というかうまく行かないことが続いて、毎戦毎戦考えて臨んできているのに、それでも毎回何かが起こっていました。それが辛かったですし『なぜ、こんなにうまくいかないんだろう?』と思いましたし、普通じゃありえないことが起きていました。本当にそれが苦しかったです」
「なんとか気持ちを保とうとはしていたんですけど、精神的にもボロボロでどうしていいか分からないという気持ちになっていました。でも……とにかく結果で返すしかないなと思ってこのレース(第6戦)に臨みました」
ルーキーとはいえ、度重なる失敗続きで、周りからの評価は厳しいものがあった。その中で、なんとか立ち直ろうとするも、大湯の心は“折れた”といっても良い状態だった。それでも、自分を信じて応援してくれる人たちの声が、彼の心を支える最後の砦となっていた。
「スポンサーの皆さんも応援してくれているし、ホンダの皆さん、レース関係の皆さん、ファンの皆さんもこういう状況でも応援してくださっているのは分かっていました。それが心の支えになりました。本当に心が折れそうになっていたところを、皆さんの応援が繋ぎ止めてくれていました」
ここで諦めてしまえば、ここまで頑張ってきたことが水の泡……。折れた心をなんとか繋ぎ止め、12月6日の第6戦に向け、大湯は65号車のマシンに乗り込んだ。
予選では前日に山本がマークしたコースレコードを上回るタイムが記録され、ニック・キャシディ(VANTELIN TEAM TOM’S)が1分34秒442を叩き出し、ポールポジションを獲得。それに0.182秒差に迫るタイムで2番手につけたのが大湯だった。
予選後の会見では「「結果を残せるよう、優勝を目指していきたい」と語った大湯。
その約3時間後に行われた決勝レース。トップを走っていたキャシディがエンジントラブルに見舞われてリタイアし、大湯がトップに浮上することになった。このレースも序盤からアクシデントが絶えず、セーフティカーが3度も導入される波乱の展開となったが、残り7周を切ったところでレースが再開されると福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)との一騎打ちとなった。
福住と比べるとペースは決して良くなかった大湯。何度も並びかけられそうになるが、必死に歯を食いしばってトップの座を守り、最後は0.4秒差で逃げ切ってトップチェッカーを受けた。
「第5戦の後も夜眠れないくらい色んなことを考えていました。克服したというよりは、これまでのことを色々復習したりとか、第6戦ではどこをどう気をつければいいか、ちゃんとレースをするために何が必要かというのを寝る間を惜しんで考えて、第6戦に臨みました」
「レース中もずっとペースが良くなくて、福住選手が後ろから追い上げてきていたのが分かっていました。レース中は本当に辛くて、いつ抜かれるかと思って、何とか堪えていました。本当にここで勝つしか……今までのことは取り返せないと思っていたので、本当に良かったです」
ようやく結果をだすことができた。それを実感した瞬間、大湯の目から、大粒の涙が溢れ出した。
福住との痺れる攻防戦をコンマ462の差で逃げ切った大湯。
「正直、自分がチェッカーを受けた時すらも自分が優勝してるかどうかも分からない状態でした。本当に優勝できたのかという気持ちでした。無線で『優勝だよ、おめでとう』と言われて、ようやく優勝だと分かりましたし、ウイニングランの時は徐々に色々な想いが込み上げてきました。本当に全てを出し切ったレースだったので、正直ちゃんとピットまで帰れると心配になるくらい、力が入らない感じでした。やっと勝てた、普通にレースができたという思いでした」
「優勝の喜びよりも、このレースでようやく自分の走りができました。ずっとチームに迷惑ばかりかけていて結果も出せていませんでした。シーズンが始まるまでは、すごく期待してくれていた分、それを裏切ってしまう形になったので、そこを恩返しできたという想いが溢れてきたという感じです」
「本当に、本当に、辛いレースが続いていました。その中で、すごいプレッシャーではありましたけど、こうやって何とか優勝を飾ることができて、本当に嬉しいです」
レース後の大湯。これまでのプレッシャーから解放され、泣き崩れた。
パルクフェルメでも泣き崩れていた大湯。その涙は表彰式後の記者会見まで流れ続けていた。それだけ彼が背負っていたプレッシャーは非常に大きなものだったことが想像できる。まさに、これまでの苦労と努力が報われた瞬間だった。
もちろん、彼の挑戦はこれで終わりはない。今シーズンに関しては最終戦の富士大会が残っている。これに満足することなく富士でもしっかりと気を引き締めていきたいと、大湯は鈴鹿での初勝利を噛み締めながらも、決意を新たにしていた。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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