我慢

御殿場線の駿河小山駅を降りて、街を抜け、明神峠を目指し、山中湖に向けて山道を歩いている時に眼下から甲高いエキゾーストノートが聞こえてきた。未舗装の道が急峻に変化して誰もが息苦しさを感じて数十分経っていた。そして先頭のリーダーが小休止を告げてくれた。重い荷物を道に投げ出して、道の左側斜面を覗き込んだ。現在は使われていない富士スピードウェイの30度バンクが望めた。数分立って黄色いツーリングカーがストレートからバンクへ突入して来た。アクセルを戻すことなくそのまま甲高いエンジン音のままバンクから須走落としへと車影は消えて行った。春休みに青少年活動のキャンプへ向かう途中の思い出。

後にそのマシンがKP47（スターレット）であることがわかった。1970年代に圧倒的な速さを誇ったマイナーツーリングカー。速すぎてライバル達がレースをボイコットするという騒動があったと聞く。その数年後にオイルショックとなって、自動車メーカーがモータースポーツ活動を次々と休止。KP47はメーカーから放出されてプライベーターチームの手に渡った。

モータースポーツの報道の仕事に就き、1990年代のバブル景気が弾けた、2008年にアメリカのリーマンブラザーズの破綻に端を発したリーマンショック。モータースポーツは、幾度となく経済的な窮地に立たされてきた。

しかし、今回の新型コロナウイルスによる緊急事態は、産業としてのモータースポーツ活動を停止させるという強烈なダメージを負わせられている。終息の目処がわからない。目に見にえないウイルスとの戦い。こんな状況は誰も経験することがなかった。感染してしまうと＜死＞に至る可能性もあるという怖さがある。頑張ろうと呼びかけても何を頑張れば良いのか。人と人との接触を可能な限りしない。日常の社会的な活動を可能な限り行わないことがもっとも有効な手立てと知らされた。

自分自身、2月くらいまで新型コロナウイルスを甘く見ていた。少し経てば終息すると考えていた。しかし、時間が経つにつれてその認識を改めざるを得なくなった。自分の周辺では、呼びかけに耳を貸さないで持て余している時間とエネルギーを屋外でマスクも無しにスポーツで発散させている若者も多い。自覚症状がなくてもウイルスのキャリアである可能性だってある。体内から放出される飛沫内にウイルスが含まれている可能性がある。自分は発症していなくとも、他人に感染させてしまう可能性もあることを認識しよう。自分を守り、他人も守る。そして、多くのモータースポーツファンが集える環境を再び取り戻すために、今は我慢して人との接触をできるだけ少なくしよう。

文：高橋 二朗