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「リンカーン」をテーマにした指揮官の決断。4連敗中と背水の陣で挑んだ勝負の一戦の試合前ミーティング 高円宮杯プレミアリーグEAST 浦和レッズユース×柏レイソルU-18マッチレビュー
土屋雅史コラム by 土屋 雅史ゴールを決めた加茂結斗と手を合わせる柏レイソルU-18・藤田優人監督
「こうなるんですね。サッカーって面白いですね。戦術とかいろいろありますけど、覚悟を持ったヤツに託して正解だったなという感じです。もう自分が監督としての素質を問われるというか、そういうゲームでもあったので」
アウェイで浦和レッズユースに4-0というスコアで快勝を収めた試合後。柏レイソルU-18を率いる藤田優人監督は、穏やかな笑みを浮かべながら、そんなことを口にする。それを聞いて、思った。「ああ、この人は指導者としての“勝負の一戦”に挑んだんだな」と。
チームは苦境に喘いでいた。プレミアリーグの前半戦と後半戦の間に開催された、クラブユース選手権では2試合で勝利を手にしたものの、リーグ戦に限って言えば前節まで4連敗中。もちろんこれが望んだ結果であるはずがない。
指揮官は思考を巡らせる。「個人的な持論では、僕は5連敗したらトップチームの監督はクビでも仕方ないと思っていて、育成もそうでもいいと思っているぐらいなので、4連敗は自分の責任ですし、何かチームを大きく変えないといけないと言った時に、何を基準に変えようかなと。そこで自分が一番大事にしているものを考えて、覚悟を持った選手を使いたいなと」
行き着いた答えは、ある本で読んだ内容にインスピレーションを受けたものだった。「ある大企業の創設者の方が『人の生きざまは目に現れる』という話をしているのを本で読んだので、そういうところを大切にしてみようかなと思ったんです。コーチ陣にも相談して、『今週1週間、自分はトレーニングを何もしない。選手の目しか見ない』と言ったら、『どういうことですか?』と言われましたけど(笑)、こういうことだよと説明して、理解してもらって、今週はずっと選手の目を見ていました」
判断基準は『選手の目』というのが、なんともこの人らしい。1-2で敗れた前節の前橋育英高校戦からは、実にスタメン6人を変更。U-17日本代表の一員としてフランスで開催されたリモージュ国際大会に参加し、帰国したばかりの川本大善と長南開史も先発メンバーに名を連ねる。
先制ゴールは“代表帰り”の2人が叩き出した。28分。右サイドで丸山寿貴斗のパスを受けた長南は、そのまま強引に縦へ持ち出して完璧なクロス。ニアに潜った川本はスーパーボレーをゴールネットへ突き刺してみせる。「自分がフランスに行っている時に、動画でみんなが戦っている姿を見ていて、自分も熱くなっていましたし、今日は絶対チームを勝たせようという気持ちがありました」と川本。起点になった丸山が前節はメンバー外だったことも、書き記しておく必要があるだろう。
2点目は悩める背番号9が記録する。57分。右サイドの高い位置でボールを奪った長南が中央へボールを流し込むと、マーカーと入れ替わった越川翔矢は右足一閃。ボールは鮮やかにゴールネットを揺らす。「なかなか試合に出れていないこともあったので、今までのゴールで一番嬉しかったです」と笑ったストライカーは、これが今季3試合目のスタメン。前節は90分からの途中出場だった。
「今シーズンは9番を付けながら、あまり試合にスタートで出られない時間が続いている中で、トレーニングも高いモチベーションでずっとやっていましたし、自主練も与えられた時間でしっかりやるような子で、あの喜び方を見ていると、みんなに認められているんだろうなという気はしますね。あれだけ喜ばれるということは、みんなに愛されているんでしょう」。
そう話した藤田監督も、越川が日ごろから努力を重ねてきたことは十分すぎるほどにわかっていた。スタメン抜擢に応える『レイソルの9番』がストライカーの仕事、完遂。「やっぱり頑張って練習してきて良かったなということは、今日改めて感じられましたね」(越川)。2-0。点差が開く。
85分。この日が4試合ぶりのスタメンとなった上野暉晏が、左サイドで縦にフィードを送り、ドリブルから加茂結斗が放ったシュートがオウンゴールを誘発して3点目。86分。前節はスタメンで登場しながら、今節は途中出場となった澤井烈士が前からの果敢なプレスでボールを奪い、最後は加茂が冷静に沈めて4点目。
終わってみれば4-0の完勝。「改めて選んだメンバーは正解だったと思います。しっかり競争を勝ち抜いたメンバーなので、ピッチに立つ選手というのは、上手い選手ではなくて、覚悟を持った選手なんだなと。今日の試合だけ見れば手応えはあったなと思います」。藤田監督の顔にも、少しだけ安堵の表情が広がった。
指導者としての“勝負の一戦”に向かう試合前のミーティング。この日の藤田監督はサッカーとは関係のない話をメインに、選手たちへ問いかけたという。
「アメリカの第16代大統領のリンカーンさんの言葉を借りて、『ここに大きい木と斧を準備しました。「この大木を6時間以内に切ってください」と言われたら、あなたはどうやって切りますか』と。今日の試合前のミーティングでは、そんな話をしたんですよ。みんなに『どうする?』と言ったら、『力がある限り振り回して切ります』とか、越川は『業者を呼ぶ』と言って、『それはダメ』と(笑)」
「リンカーンさんは『斧を研ぐのに4時間使えば、残りの2時間でこの大木は簡単に切れる』と言ったんだよと。そのままの状態で斧を振り回すのも、1つの頑張るというところでは大事なんだけれど、今日のゲームはいつもオレらが大事にしている準備の部分に時間をかけることが大事だと。そんな話をしたら、何となくにぎやかな雰囲気のミーティングになったんです。個人的にはあまり好きな空気感ではないですけど、そういうこともやってみようかなと思って、やりました」
京都サンガF.C.のチョウ・キジェ監督は、ミーティングでサッカー以外のトピックスを持ち出すことで知られているが、その理由をこう教えてくれた。「そういう例示をすると『ああ、そういうことか』と聞きやすいじゃないですか。加えて『この人、何を言いたいのかな?』と聞きながら選手に考えてほしいんです。僕は既成概念に囚われずに、その人にしかできないオリジナルな話し方で話せるのが一番いいと思っています」
藤田監督がどのタイミングでリンカーンの話題を持ち出そうと思ったのかは知る由もないが、どこかで決断したわけだ。それはなけなしのアイデアだったかもしれない。追い込まれた末に絞り出した思いつきかもしれない。ただ、そんなオリジナルなミーティングを経た選手たちはピッチで躍動し、チームは5試合ぶりの白星を手に入れた。ある意味で誰よりも準備を怠らない指揮官の“賭け”は、連敗ストップという形で結実した。
「ただの1勝じゃないなとはものすごく感じています」と語った藤田監督は、それでもすぐに鹿島アントラーズユースと対峙する次節へと意識を向ける。「次の一戦に勝てば乗っていけますし、負けたら今シーズンは終わりぐらいの覚悟で臨まないといけない試合かなと。スタメンを6人入れ替えたことによって、悔しい想いをしている選手もいますから、また競争心を煽りながら、良い1週間にしたいです。前回のリーグ戦ではウチが勝っていますし、向こうも相当な気合で来ると思うので、そこで引くような選手は使えないですね」
ホームで首位を迎え撃つ、柏U-18が挑む2025年シーズンの大一番。間違いなく緊張感に満ちているはずの試合前のミーティングでは、果たしてどんな話が展開されるのだろうか。次に藤田監督にお会いした時にそのエピソードを聞けるのが、今からとにかく楽しみだ。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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