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覚醒の時を迎えた心優しきナンバー10。大津高校・嶋本悠大が鮮やかに示した自分の価値 高円宮杯プレミアリーグWEST 大津高校×東福岡高校マッチレビュー
土屋雅史コラム by 土屋 雅史大津高校の10番を背負う嶋本悠大
苦しい時ほど、その真価は問われるものだ。リーグ前半戦のラストゲームとなるプレミアリーグWEST第11節。首位を快走している大津高校は、同じ九州の高体連勢としてしのぎを削ってきた東福岡高校相手に、シビアなゲームを強いられていた。
開始6分に兼松将のゴールで幸先良く先制したものの、チームの10番を背負う嶋本悠大は「少し“出る、出ない”の判断が自分たちの中で曖昧になっていましたし、みんなちょっと身体が動いていなくて、あまり自分たちらしくゲームができていなかったですね」と、しっくり来ていないチームの雰囲気を敏感に察知していた。
案の定、25分過ぎから押し込まれる時間が長くなると、40分にはサイドを完全に崩されて失点を喫してしまう。少しずつうまく行かなくなった前半は、1-1の同点で45分間が終了する。
チームを率いる山城朋大監督がロッカールームでの出来事を明かす。「前半が終わって、嶋本と畑が『セカンド拾えんくてゴメン』とみんなに謝っていたんです。大勝した後の試合でしたし、僕も最初は『今日はバーッと言ってやろうかな』と思ったんですけど、意外とみんながそういう感じで、自分のできていないところがわかっていたので、『それならもう大丈夫だな』と思いました」
前節は静岡学園高校に8-1と大勝を収めており、その次のゲームという条件下で臨んだ一戦。多少緩みが出てもおかしくない状況ではあったが、「自分も飛び出しとかセカンドの回収が前半は全然できなかったので、後半はそこを意識してやろうと思っていました」と話す嶋本をはじめ、選手たちはやるべきことを改めて自分の中に刻み込み、後半のピッチへと向かう。
どちらにも2点目を奪うチャンスはあった。つまりは、どちらにも勝つチャンスはあったとも言い換えられる。そんな難しいゲームこそ、この男の存在感は際立つ。終盤の84分。GKの坊野雄大が送り込んだフィードを山下景司が頭で残し、走った南平晴翔と相手ディフェンダーがもつれると、こぼれ球に誰よりも早く10番が反応する。
「ゴチャゴチャとなったところから良い感じにこぼれてきたので、まずはしっかり抑えることを意識して、あとは“ノーバン”で打つか、“ショーバン”で打つか、メッチャ迷ったんですけど、気付いたらショーバンで打っていました」。弾んだボールの浮き際を右足で思い切って叩くと、ゴールネットが激しく揺れる。
気付いた時には、もう走り出していた。「暑い中でもアイツらの応援ってメッチャ凄いじゃないですか。本当に毎回鳥肌が立つんですよ。アイツらが応援してくれるのは、本当に毎回ありがたいですし、ウチはメチャメチャ良いチームなので、あそこは全体で喜び合いたかったというのがあります」。殊勲のスコアラーをスタンドは総立ちで迎える。どうしても欲しかった2点目は、嶋本が手繰り寄せる。
勝ち越しゴールを決めた嶋本が応援団の元にダッシュ!
それだけでは終わらない。90+1分。大神優斗が縦に付けたボールをトラップした10番は、瞬時に最適解を導き出す。「ディフェンスが来ていなかったので、振り向いてシュートを打つか、どうするか迷ったんですけど、ちょうど翔大が左にいるのが見えて、フレッシュな選手なのでもう任せました」。丁寧なパスを送ると、その1分前に投入されたばかりの岩中翔大が3点目をゲットする。
前半で表出した問題を把握し、解決する努力を怠らず、最後は1ゴール1アシストでチームに勝利をもたらしてしまう。「今までは大差で勝っていましたけど、そんなゲームがずっと続くことはないですし、今日のゲームみたいな感じが本当のプレミアリーグだと思っているので、こういう試合で勝てたのはかなり大きいかなと思います」と口にした嶋本が自身の価値を存分に証明し、チームのリーグ戦8連勝にきっちり貢献してみせた。
ピッチ上でのプレーはとにかく頼もしいが、ひとたびピッチを離れれば、穏やかな口調からもわかるように心優しい青年だ。1年生から彼のクラス担任を務めているという山城監督は、嶋本のクラス内での“立ち位置”をこう教えてくれる。
「自分のクラスはスポーツコース20人と美術コース20人のクラスなんですけど、1年生の時に面談した美術コースの子が言っていたのは、『嶋本くんと五嶋(夏生)くんは優しいです』と。実際に嶋本と五嶋は周りにも優しいので、美術コースの子たちも『サッカーが上手い人は優しいんだ』と思っているみたいです(笑)」
この日の取材時も試合後ということもあって、ベンチに腰掛けるように促すと、一度は断りながらも、「じゃあ一緒に座りませんか?」とこちらを気遣ってくれる一幕も。まだ17歳にも関わらず、きちんと育まれてきた人間性が、その一連からも垣間見える。
既に複数のJクラブの練習参加も経験するなど、その才覚はもう少なくない人の知るところになっているものの、本人も一定の手応えは掴んでいる一方で、謙虚な姿勢を崩さない。
「個人では去年より全然やれていると思いますし、できることの範囲が大きくなったとは感じています。今はみんなに気持ちよくプレーさせてもらっているので、そこはしっかり結果で応えたいですし、個人としてはこうやってJのスカウトの方々が評価してくれている中で、自分はまだ代表にも入ったことがないので、そこは自分の目標にしていますし、チームとしても慢心せずに、しっかりと良いチームを作っていきたいなと思っています」
その立っているステージのレベルは着実に上がっているが、それで慢心するようなメンタルはそもそも持ち合わせていない。覚醒の時を迎えた大津のナンバー10。嶋本悠大がのびやかに解き放つポテンシャルは、間違いなく自身をさらなる高みへと連れていってくれるはずだ。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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