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【ハイライト動画あり】見えてきたチームの輪郭。市立船橋高校・中村健太コーチが味わっている『指揮を執る』ということ 高円宮杯プレミアリーグEAST 流通経済大柏高校×市立船橋高校マッチレビュー
土屋雅史コラム by 土屋 雅史今季の市立船橋高校の指揮を執る中村健太コーチ
今年の3月下旬。プレミアリーグ開幕を目前に控え、最後の腕試しという位置付けの船橋招待U-18サッカー大会を戦う市立船橋高校のベンチに、指揮を執っているはずの波多秀吾監督の姿はなかった。
「今シーズンに関してはコーチの中村にトップチームを見てもらっているんです」。グラウンドの片隅で見つけた波多監督はそう話しながら、その理由についても言葉を続ける。
「やっぱりトップチーム以外にも、ケガも含めていろいろな問題を抱えている子がいて、チーム全体を見ながら、そういう子もちゃんと引き上げてやっていきたいなと。あとは入ってきたばかりの吸収力のある1年生に自分が関わることで、市船のプライドとかマインドといったものをしっかり身に付けてほしいという想いがあったので、今年はそういう体制にしました」
「中村は当然指導力もありますし、僕よりも良くサッカーを知っているので、そこは全然心配ないですし、むしろそっちの方がチームにとってプラスになるんじゃないかなという提案をして、スタッフみんなに了解をもらいました。これは新しいチャレンジでもあるので、どんな形でチームに関われるのか、どういうふうにチームを創り上げていけるのかというのは、凄く楽しみなところです」。今シーズンの市立船橋は、そういう形でスタートした。
ただ、白星が付いてこない。プレミアでは8試合を消化した時点で、2分け6敗と未勝利。第3節以降は1つのゴールも奪えず、第5節からは悪夢の4連敗を喫し、順位も最下位に。チームは自信を持ち切れない中で、インターハイ予選に突入していく。
中村コーチは「正直なところ、苦しいは苦しいですよね」と率直な感想を述べつつも、自身の中での感情をこう口にする。「プレミアが未勝利の状態で、『これでやるぞ』と言っても、それを信じて付いてきてくれるかというのは不安でした。でも、プレミアリーグでトップを目指すのは厳しくなったんですけれども、『日本一という目標は絶対に諦めないぞ』というところからインターハイはスタートして、『そこを信じてくれよ』という話し合いもしたので、僕さえブレなければ、もう絶対に選手たちはやってくれると思っていました」
高円宮杯 JFA U-18 サッカープレミアリーグ 2024 EAST 第9節
【ハイライト動画】流通経済大学付属柏高校 vs. 市立船橋高校
迎えたインターハイ予選は苦戦の連続だった。準々決勝は残り3分まで1点をリードされながら、そこからの大逆転で辛勝。準決勝は延長戦までもつれ込む接戦をモノにして、何とか決勝まで勝ち上がる。全国切符を懸けて争う最後の相手は、永遠のライバル・流通経済大柏高校。市立船橋とは対照的に、ここまでのプレミアで1つも負けていない超難敵だ。
久保原心優のゴールで先制したものの、セットプレーから追い付かれる。だが、選手たちは諦めない。終盤に伊丹俊元が泥臭く押し込んだゴールは、そのまま決勝点に。プレミア未勝利のチームが、プレミア無敗のチームを破って、千葉制覇を達成してしまう。
「プレミアでは勝たせてあげられていないですけど、インターハイで全国を決められたことで、中村さんもちょっとホッとしていると思います」(伊丹)「プレミアで勝てないのは中村さんの責任じゃなくて、選手の責任だと思っていますし、インハイで絶対に中村さんを勝たせようと思っていました」(岡部タリクカナイ颯斗)「ずっと中村さんは『勝てないのは自分のせいだ』と言ってくれていて、その中でインターハイで中村さんにやっと勝利を贈ることができたのは嬉しかったです」(井上千陽)。選手たちも中村コーチの苦悩はよくわかっていただけに、ようやくプレゼントできた1つの“成果”がとにかく嬉しかった。
それでも、すぐに次の試合はやってくる。しかもリーグ再開初戦の相手は流通経済大柏。なんと“2週連続”で同じ相手と公式戦で対峙することになったのだ。「もちろんこの子たちも勝ったことでちょっとホッとしている部分もあったので、どう気持ちを持っていくかというのは、ちょっと大変な1週間でした。でも、現実として『プレミアリーグの状況は全然違うんだぞ』というところで、そこの気持ちのところの作り方というか、どうやってこの試合に臨むかという部分だけは気を付けましたね」(中村コーチ)。間違いなくリベンジに燃えている相手から、リーグ戦での初勝利をもぎ取る。チームは明確な意志を携えて、アウェイのグラウンドへと乗り込んだ。
「大前提として向こうはプレミアリーグで1位を走っているチームで、失うものはないようなメンタル状況だったと思いますし、僕たちはもう絶対1つも負けられないという状況だったので、インターハイよりはプレミアリーグの方が僕らは不利なのかなと思っていました。だから、流経さんが思い切ってやってくるのに対して、いかに圧倒されずに、ちゃんと踏ん張って、粘り強くやれるかというところを考えましたね」
中村コーチの見立て通り、流通経済大柏は立ち上がりから攻勢を強めたものの、市立船橋は圧倒されず、踏ん張って、粘り強く戦い続ける。後半に入って先制を許したが、「前半で決められなくても慌てないということを自分の中で意識していました」という伊丹が、インターハイ予選決勝に続く“2週連発”のゴールを奪い、逞しく追い付いてみせる。
「やっぱり負けていく中でやり続けることの難しさはあったと思うんですけど、わかりやすい結果が付いてきたことで、チームとして信じてやること、自分たちが1つになってやれば大丈夫なんだという安心感は少し出てきていますし、『チャンスを作れるかもしれない』『点数を獲れるかもしれない』という期待も少し出てきているので、気持ちの余裕のところが一番大きいですかね」(中村コーチ)
2人で声援を送り続けた松本琉維(左)と片桐大貴(右)
今の市立船橋の空気感を象徴するような一コマもあった。メンバー外の大勢の選手が送るホームチームへの大声援に対して、アウェイチームはわずかに2人の選手が声を張り上げる。松本琉維と片桐大貴。ケガもあってプレミアの登録を外れた彼らは、飲み物や用具の準備も含めたサポート業務をこなしながら、スタンドからピッチの仲間たちを鼓舞し続けた。こういう選手たちの存在が、チームの輪を大きく、強固なものにしていくことに疑いの余地はない。
試合は勝てなかったけれど、負けなかった。キャプテンの岡部タリクカナイ颯斗もチームの成長を実感している。「あれだけ苦しいプレミアがあって、インハイも簡単な試合はなかったですけど、1試合ごとにみんな成長していたのかなとは思うので、やっぱりインハイの経験は凄く大きかったですね」。選手たちも、中村コーチも、一歩ずつ、一歩ずつ、確実に前へと進んでいる。
去年まですぐ横で波多監督を見ながら感じていたものと、実際に自分がその立場になって感じているものとは、やはり小さくない違いがあることも、中村コーチは痛感しているという。
「この立場になってからは、選手との接し方というところで、かなり言葉を選ぶようになりました。なるべくシンプルに伝えつつ、目指しているところだけは絶対にブレずに決めて、やり続けることの大切さをわかってもらうと。コーチだったらある程度“目の前のところ”で接していいものも、“その先のところ”を見据えながら言葉掛けするというのは、ちょっと違ったところですかね」
任せてもらっているからには、責任がある。自身も青春を捧げた母校で指揮を執ることのプレッシャーも感じてはいるが、選手たちと、言い換えれば“後輩たち”と一緒にサッカーと向き合う日々が、充実していないはずがない。
「楽しいですよ。もちろん楽しいです。自分でメンバーを決めたり、自分で決断できるのは凄く面白いです。当然そこに結果が付いてくればなお良いですけど、それは付いてきても、付いてこなくても、次をより良くするという意味で言えば何も変わらないので、最後の最後で自分に決定権があることに凄くやりがいを感じていますし、楽しんでやっています」(中村コーチ)
ここからプレミアの2試合を戦い終えると、全国大会がやってくる。少しずつ見えてきた、今年のチームを形作っていく輪郭。中村コーチと選手たちが織り成す市立船橋の奮闘が、どういう形で真夏のインターハイを彩ってくれるのか、今からとにかく楽しみだ。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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