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サッカー フットサル コラム 2024年5月28日

トニ・クロースがサンティアゴベルナベウに涙の別れ

木村浩嗣コラム by 木村浩嗣
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最終戦セレモニーで涙を見せたクロース

セレモニーで涙を見せたクロース

「最後まで我慢したが、子供たちにはやられたよ」

いつものように、感情をクールに抑えていたトニ・クロースも、顔を涙でくしゃくしゃにした子供たちに駆け寄られると、さすがに目を潤ませた。

クロースが突然、今夏のEURO後の引退を発表した。誰にも知らせず決断し自分のタイミングまで隠し続けたというのは、良い意味でマイペースの彼らしい。満員のレアル・マドリーのホーム、サンティアゴベルナベウの喝采の中、静かに手を挙げる程度の挨拶だった。スターの引き際というよりも、「仕事のできる人の早期退職」という感じだ。クールだが職場への愛着と会社愛は人一倍あり、プロ意識も高かった。だから、まだやれると上司も仲間も思っているものの慰留は無し。この人が辞めると言っているのだから引き留めるのは逆に失礼。それだけ尊重されていた、ということだ。

CL決勝に向け隙が無いように見えるチームの中でもキーマンになるのはクロースだと思っている。低い位置の彼がボールをクリーンに出して、前にいるビニシウスとロドリゴに縦パスを送り込むことでカウンターが成立し、行き詰ればバックパスを受けサイドチェンジを行うことで、作り直しからの局面打開が成立している。GKからFWまですべてのポジションで代えが利くチームで唯一代えが利かない。よって来季が大変なわけだが、そんなことより最後の舞台を楽しむことに集中すべきだろう。

クロースの存在は私のサッカー観への挑戦だった。走れず、守れず、ドリブルできず、得点力もない彼をどう評価するべきなのか? サッカー選手がアスリート化しスピードとパワーが評価される時代になっているが、彼にはどちらもない。

今季のレアル・マドリーのMVPはクロースだと思っているが、成績だけ見ると1ゴール、9アシストに過ぎない。アシストの1つ前、2つ前のパスなんていくら通しても数字は上がらない。凄さが成績に表れない選手なのだ。唯一、パス成功率が98%だとかよく言われるが、それだってイージーなパスであれば成功率は上がるのだから即「凄い!」とはならない。大事なのはパスの難易度と率の関係なのだが、そこまで汲み取ってくれるスタッツは無い。

サッカーを見始めて最初に目がいくのはアタッカーだ。ゴールゲッターがヒーローになり、ドリブラーの派手さにも魅かれる。スルーパスの名手も司令塔なんて呼ばれて人気となる。次にデフェンダーに目がいくと、スーパーセーブのGK、強靭なCB、激しい上下動のSB、インターセプトの得意な守備的MFを評価し始める。

だが、クロースはいずれでもない。ただ単に、イージーなパスも超難易度のパスも黙々と通し続けるに過ぎない選手である。困ったら後ろを見ると彼がいるから、取りあえずボールを渡せば次に最適のプレーをやってくれる。前に進めなければサイドを変えて別の打開策を示してくれるし、激しいプレスにさらされていればワンタッチパスで相手を空回りさせてくれる、カウンターが無理ならキープ中心の遅攻に切り替えてくれ、遅攻に飽きて裏へ飛び出したら目の覚めるような縦パスをスペースへ送り込んでくれる。

要はクロースにお願いしておけば今から何をやるべきかが明確になる。その指示や案内は声や身振りではなくパスによって行われる。だからクロースはほぼ動かない。出されるボールによって周りが動かないといけない。

といっても、芸術家肌のトップ下ではないから「感じられないお前が悪い」と言わんばかりの傲慢なパスは送って来ない。姿勢やタッチ数や回転やスピードで意図が明確に伝わる優しいパスばかりである。あなたに対して「ほら、走れ」とスペースへ放り込むのではなく、あなたがスペースへ走り込めば「はい、行くよ」と足下へぴったり付けてくれるのである。こんなプレーの連続で周りに尊敬されないわけがない、と思うがどうか。プレースタイルがすでに人格者なのだ。

「本当に大切なものは目に見えない」。

クロースはそんな選手である。偶然とはいえ、彼のような選手のお別れを自分の連載の最後に持ってこられたのは光栄でしかない。

みなさん長い間、ご愛読ありがとうございました。

文/木村浩嗣
※当連載は今回で終了とさせていただきます。ご愛顧いただき誠にありがとうございました。

木村浩嗣

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペインに拠点を移し特派員兼編集長に。15年編集長を辞し指導を再開。スペインサッカーを追いつつセビージャ市王者となった少年チームを率いた。現在はグラナダ在住で映画評の執筆も。

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