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軽快なタッチと、相手を欺(あざむ)くターン。針の穴を通すようなパスに、意表をつくロングフィード。170cmを超える長身選手たちとの体格差をものともせず、「ボールを持つと何かしてくれる」という期待感が、会場のボルテージを上げていった。
女子ワールドカップ・ノックアウトステージ1回戦のノルウェー戦。ボランチのMF長谷川唯は、伸び伸びとタクトを振るっていた。
5バックで自陣の守備を固めたノルウェーに対し、テンポよくボールを動かしながらブロックに綻(ほころ)びを生じさせていく。長谷川がゴールに直結する勝負パスを差し込むと、3万人を超えるスタジアムが「待ってました」とばかりに沸いた。
守備では1失点こそしたものの、危ないシーンで1対1で何度かボールを奪い、攻守で存在感を示した。
結果は3-1。日本は優勝経験もある古豪ノルウェーを下し、2大会ぶりのベスト8進出を決めた。
「チーム全員で勝てた試合だなと実感しますし、ブレずに自分たちのやるべきことをやって、しっかり3点を取って勝てたのは本当に大きかったと思います」
試合後、長谷川は生き生きとした表情でそう語った。
【海外挑戦、ビッグクラブでの成長】
ベスト16で敗退した4年前のワールドカップの時とは、放つ輝きが違う。
マンチェスター・シティに加入して1年目の昨季、長谷川はサポーター、選手、スタッフが選ぶプレイヤー・オブ・ザ・シーズンに選ばれた。高いスキルやインテリジェンスは、目の肥えたイングランドのファンも魅了した。
長谷川の戦術眼の高さを裏付けるプレーがある。
「(相手の)システムを見るのも大事ですけど、どのスペースが空いているかをその都度、見るようにしています。(味方との)1回のパス交換の後にも、その後にどこが空いていたかを振り返って見たり、そういう少しの変化を繰り返し見ていくことで、全体的に空いてくるスペースが分かるようになってくるんです」
日テレ・東京ヴェルディベレーザの下部組織で、中学生の頃から体の大きい高校生の中でプレーし、“頭を使って”サッカーをすることを自然と身につけた。視野の広さやテクニックは、国内では10代から際立っていた。
2018年以降、ベレーザの永田雅人ヘッドコーチ(元監督)の下でポジショニングやボールスキルに磨きをかけ、プレーの幅を広げた。筋力トレーニングに力を入れてフィジカルも改革し、一瞬のスピードで相手をはがすシーンが増えた。
そして、2021年にベレーザからイタリアの強豪ACミランに移籍。長谷川は、「サッカーのスタイルが日本とは違い、周りと自分がしたいと思うプレーが一致しない中で自分のプレーを見せていくことを学びました」という。
半年後には、イングランド1部のウェストハムに移籍。「対戦相手のレベルが上がった中で、自分の良さを出せるようになりました」と振り返っている。
その1年間で評価を高めた長谷川は、2022年、同リーグのマンチェスター・シティに3年契約で加入。最先端のトレーニング施設を持つビッグクラブで、日本人選手の評価を高めた。
「まさか、自分がアンカーというポジションをやると思っていませんでした」
それは、長谷川自身も驚く抜擢だったという。
それまでは前線で攻撃に関わるプレーを評価されることが多かったからだ。
ただし、長谷川自身は折に触れて「好きなのは守備」だと口にしてきた。そして、マンCはその守備も含めたポテンシャルを見抜いていた。運動量、予測を利かせたインターセプト、攻守の切り替え、セカンドボールへの反応――。
「シティは周りの選手のレベルも高くて、ミランやウェストハムよりも『チームとして戦う』プレーを求められました。その中で、人には気づかれにくい自分の長所をシティの監督やコーチに認めてもらえたのはすごく大きかった。だからこそ、自信を持ってプレーできています」
今年1月の取材で、長谷川は新天地での成長の手応えを口にした。
【4年越しで臨む2度目のワールドカップ】
クラブレベルでは着実にステップアップを遂げてきた一方、代表では2019年のワールドカップでベスト16、東京五輪ではベスト8と、悔しい思いをしてきた。
前回のワールドカップは長谷川自身、大会を通じてコンディションが万全ではなく、「悔しい思いしかない」と振り返る。
今大会は、当時とはポジションが違う。前回大会は左サイドハーフが主戦場だったが、この数年間はクラブでも代表でも、自身の価値を中央のポジションで証明してきた。その自信は結果にも表れている。今大会前の親善試合・パナマ戦で2ゴール。グループステージ初戦のザンビア戦では、5ゴール中4ゴールに関わった。
ベスト16の壁を突破したノルウェー戦後、長谷川は自身のプレーに好感触を得ていた。
「ボランチの方が、サイドよりも狙いを定めてボールを取れるし、それは自分の得意なところで、海外で成長した部分だと思います。こぼれ球を拾うことや、対人で負けないところは手応えを感じました。次の試合では攻撃のところでも、しっかり得点につながるプレーをしたいです」
今大会のメンバーの中には、ワールドカップや五輪で同じ悔しさを乗り越え、長谷川と同じように国内外でプレーの幅を広げてきた仲間が多い。日本は今大会、4番目に平均年齢が若いチームだ。しかし、長谷川を筆頭に、世界のレベルを肌で感じてきた経験値は、決して他の強豪国に劣らないはずだ。
8月11日のベスト8で対戦するのは、2年前の東京五輪で敗れた(1-3)強豪・スウェーデン。
1試合ごとに成長を遂げてきたチームは、ベスト8の壁を破り、まだ見ぬ景色を見ることができるか。2年前の対戦時から、心身ともに飛躍を遂げた背番号14が放つ輝きに注目したい。
松原渓
女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。
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