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自転車のサイクル・ロードレース「ブエルタ・ア・エスパーニャ」が終盤を迎え、今年はオランダ人のトム・デュムランとイタリア人のファビオ・アルの激しい総合優勝争いとなっている。3週間にわたってスペインを一周する、長丁場のロードレースである。
サイクル・ロードレースは、僕にとってはサッカーのシーズン・オフの秘かなお楽しみである。
ちょうど、ヨーロッパのサッカー・シーズンの終盤に三大ロードレースの一つ、ジロ・デ・イタリアが始まる。イタリア一周のレースだ。ジロが始まると、レースの日程の都合でセリエAのスケジュールが変更になったりすることもあるし、セリエの試合開催地の近くを走っている時は当然のことだが同じように雨が降ったり、暑くなったりするので、何か現地にいるような気持ちになったりする。
そして、ジロが終わると、最大のイベントであるツール・ド・フランスだ。こちらは、7月に入ってからのスタートだから、通常の年ならチャンピオンズリーグ決勝も終わり、サッカーはすでに完全にオフになっている時期だ。
だが、ワールドカップやEUROがある年は、その決勝トーナメントとかぶってしまう。
ワールドカップの試合は午後から夜にかけてだから、試合前の時間にメディアセンターのモニターでツールを観戦することも多い(自転車レースはもちろん昼間に行われるからだ)。ちなみにヨーロッパ時間の午後はブラジルでは午前中だから、昨年のワールドカップの時は午前中にツールの生中継を見た。いつもは家のテレビで夜中に見ているツールを午前中に見るのは不思議な気分になる(F1なども同様だ)。
そして、三大ツアーの最後を飾って行われるのがブエルタ・ア・エスパーニャ。スタートは、サッカー・シーズンの開幕とほぼ同時である。
ただ、ヨーロッパのサッカー界は8月いっぱい移籍市場のウィンドウがまだ開いていたり、リーグの開幕直後に国際試合があって中断したりで8月中はバタバタした印象だ。優勝を狙うような強豪は、開幕にピークを合わさないことも多いから、まだ本調子ではないことも多い(今シーズンのチェルシーのように?)。したがって、サッカー・シーズンの本格的な幕開けは、チャンピオンズリーグのグループステージが始まる9月中旬ということになる。
今年も、9月13日の日曜日にブエルタが終わると、2日後の15日にチャンピオンズリーグ本戦が開幕する。
夏場のスポーツは、もちろんサイクル・ロードレースだけではないが、僕にとってロードレースがシーズン・オフの楽しみになっているというのは、それがどこかサッカーに似たヨーロッパの匂いが濃いからなのだろう。
たとえば、ロードレースの強豪チームはほとんどがフランスやイタリア、スペインといったサッカーの強豪国だ。三大ロードレースの開催地なのだから、当然だろう。もちろん、選手もそういったヨーロッパ勢が主体だ。そこに自転車の世界でも「新興」のアメリカやオーストリアの選手が多数参加し、最近はロシアなども台頭している。また、アフリカや日本の選手がちらほら混じっているあたりも、サッカーと同じである。
バスク人が強いのも、これもサッカーと同様だ。
そういえば、サッカーと同じように、自転車の世界でもコロンビアの若い選手が活躍している(偶然のようには思えない。おそらく、治安の改善によってコロンビアの少年たちがスポーツに打ち込める環境が整ったことで、コロンビアで人気の高いサッカーと自転車で若手が育ってきているのだろう)。
そして、何よりも面白いのは、サイクル・ロードレースという競技は駆け引き満載のスポーツであるところだ。
アメリカ発祥のボールゲームがどちらかと言うとパワーやスピードを競うものであるのに対して、サッカーというボールゲームも駆け引きの要素が強い。ある意味で、サッカーというのは騙し合いのスポーツと言っていいだろう。アメリカン・フットボールでは選手同士が激突する迫力がすさまじい。サッカーの場合には、もちろん肉弾戦の場面もあるが、駆け引きでフィジカル・コンタクトを避けてプレーすることができる。だから、体の小さな選手でも世界の一線で活躍できるのだ。
同じ英国生まれのラグビーも、ボールを奪ったらひたすら前に運ぶしかないが、サッカーではバックパスが許されているので、「わざと攻めない」など、いろいろな駆け引きができる。
自転車のロードレースもそう。ただ速く走るスポーツではないのである。
9人で編成されたチームの中で「アシスト」と呼ばれる選手たちが自らを犠牲にしながら走ってエースを勝たせる。それが、ロードレースである。スピードの出る自転車レースでは、先頭を走ると空気抵抗が増して消耗するので、アシストが先頭を走ってエースに楽をさせるわけである。アシストたちは、自分の仕事を終えると後方に下がっていくから、自分の順位は高い位置に付けることはできないが、順位ではなく、アシストの仕事をしたことが評価される。
そして、各チームがどの位置に着けるか、いつスパートするかといった虚々実々の駆け引きを繰り広げる。さらに、利害の一致した他のチームと共闘してみたり、突然裏切ってみたり……。そこにさらに幸運と不運が重なって、思わぬレース展開になっていく……。
そのあたりの感覚が、じつにサッカー的な気がして、見ていて楽しいのである。
もう一つ、僕が気に入っているのは日本人の解説陣もそのあたりの駆け引きの部分をじつに面白く解説してくれるところだ。
それに対して、サッカーの解説者たちは、ちょっと正論を語りすぎのような気がする。もう少し、選手目線に立った、あるいは監督目線での駆け引きの部分を語ってくれたら、サッカー経験者ではない大人の視聴者にも楽しんでもらえるのにという気がしてならない。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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