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あるいはワールドカップに臨む日本代表史上、最も期待されていなかったチームではないだろうか。大会3週間前に行われた壮行試合では、永遠のライバル・韓国になすすべなく0-2で完敗。埼玉スタジアム2002には落胆の色だけが広がる。前回のドイツで味わった屈辱を払拭してほしいという日本全体の想いは、ほとんど萎みかけていた。
監督を託されていたのは岡田武史だ。2006年のドイツワールドカップ後、当時ジェフユナイテッド千葉を率いていたイビチャ・オシムが日本代表の指揮官を務めていたものの、脳梗塞で倒れたため、2007年12月にその後任に指名され、急遽自身2度目の代表監督に就任。アジア予選は難なく勝ち抜いたが、以降はチームに停滞感が漂い、それはワールドカップ直前になってより顕著に現れていた。
だが、結果としてこのチームは日本代表が挑んだ過去6度のワールドカップの中で、最もベスト8へ近付くことになるのだから、サッカーというスポーツはわからない。ただ、その成果を導いたのは土壇場でそれまでのスタイルを覆し、勝利に徹することを決断した岡田の胆力によるものであったことは、やはり語り落とせない。
初戦のカメルーン戦。それまで不動のスタメンだった楢崎正剛と中村俊輔はベンチに座り、キャプテンは中澤佑二から長谷部誠に変わっていた。システムも4-2-3-1から4-3-3にシフトチェンジ。阿部勇樹を中盤のアンカーに据え、サイドでは松井大輔と大久保嘉人が守備に奔走する。唯一のゴールを挙げたのは1トップに入った本田圭佑。中澤と田中マルクス闘莉王を中心にした守備陣も、当時世界最高クラスのストライカーとして恐れられたサミュエル・エトーを抑え込む。1-0。岡田監督は、大きな賭けに勝ったのだ。
続くオランダ戦はよく日本も食い下がったものの、ウェズリー・スナイデルの一発に沈む。オレンジ軍団にはロビン・ファン・ペルシー、ディルク・カイト、ラファエル・ファン・デル・ファールトといったスーパースターが勢揃い。大会ファイナリストになったのも頷ける陣容だった。
勝負のデンマーク戦は、立ち上がりこそ4-2-3-1がハマらず、苦しい展開を強いられたが、すぐに4-3-3に変更すると、前半の内に本田と遠藤保仁の直接FKで2点をリードする。終盤には相手の絶対的エース、ヨン・ダール・トマソンに1点を返されるも、最後は岡崎慎司のダメ押しゴールで3-1と快勝。堂々と決勝トーナメントへと勝ち上がる。
パラグアイとの熱戦は、PK戦で終止符が打たれた。そこまで全試合にフル出場を果たし、右サイドで上下動を繰り返し続けた駒野友一のキックがクロスバーを叩き、南アフリカでのチャレンジはラウンド16で幕を閉じたが、大会前の期待度を遥かに上回る日本代表の奮闘は、多くのサッカーファンの記憶に焼き付いていることだろう。
その年の9月。私はスペインにいた。J SPORTSのサッカー番組『Foot!』のロケで赴いた現地で、個人的にどうしても実現させたかった企画があったからだ。日本代表がベスト8への道を閉ざされたPK戦の終了直後、泣き崩れる駒野に対し、パラグアイ代表のFWネルソン・アエド・バルデスが駆け寄ったシーンは、大会のベストシーンの1つにも数えられるほど印象的であり、その時にどんな言葉を掛けていたのかが大きな話題になっていたため、バルデス本人に真相を確かめたいと思ったのだ。
当時バルデスが所属していたのはエルクレスという地方のスモールクラブ。もちろんアポを取って練習場へと赴いたのだが、その日の午前中に予定されていた練習はなぜか中止に。せっかくスペインまで来たのにもかかわらず、“バルデス直撃”は幻に終わり掛けていた。
それでも、まだツキは残っていた。バルデスがその数日前のリーグ戦でバルセロナ相手にゴールを決める活躍をしていたことで、その日の午後にテレビ局で番組出演があるというのだ。どうなるかはわからない状況の中、クラブハウスに現れた本人と一緒にテレビ局へと向かう展開に。出演が終わるまで待っていると、『さあ、始めようぜ』とバルデスの“神の一声”が。会議室をお借りして、無事インタビューを敢行することができた。その時の映像を放送した回は、やはり大きな反響を戴けたことを覚えている。
私の中で南アフリカワールドカップといえば、やはりパラグアイとの激闘が真っ先に思い浮かぶ。あの日、いくつもの偶然が重なって、テレビ局の会議室で話を聞くことができた、ネルソン・アエド・バルデスの笑顔とともに。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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