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5月7日のJ1リーグ第12節では、ACLのグループステージを終えて帰国した川崎フロンターレと横浜F・マリノスがそろって勝利した。高温多湿の気象条件下で中2日での6連戦という厳しい日程だっただけに疲労度は大きかったはずだが、それでも川崎も横浜も苦しい試合を勝ち抜いた。ACLの戦いを通じて逞しさが増したようだ。
とくに、名古屋グランパスと対戦した横浜FMは名古屋に先制を許し、そして前半のうちにMFの岩田智輝とサイドアタッカーのエウベルが相次いで負傷するという苦しい展開だった。
エウベルの負傷は前半の42分。すでに岩田に替えて藤田譲瑠チマを投入して30分に交代枠を1つ使っていた横浜FMのケヴィン・マスカット監督は、前半の残り時間(アディショナルタイムを含めて7分間)交代を使わずに10人で凌いで、後半勝負に備えた。
「ハーフタイム以外に3回」という交代回数の規定を考慮したのだろう。つまり、前半のうちに2度交代を行ってしまうと、ハーフタイムを除いてあと1回しか交代カードを切れなくなってしまうのだ。
横浜FMは86分にアンデルセン・ロペスが決勝ゴールを決めて2対1で競り勝ったが、この決勝ゴールをお膳立てしたのは交代で投入したフレッシュな選手たちだった。
まず、角田涼太朗から藤田にパスがわたり、藤田と西村拓真がパス交換。西村のシュートをGKのランゲラックが弾いたところをアンデルセン・ロペスが決めたのだが、西村は75分に投入された選手。そして、角田は85分に交代出場したばかりだった。
ACLでの厳しい日程の中で交代を駆使して戦った経験によって交代選手たちが自信を付けていたことが決勝点に結びついた。
一方の名古屋は、横浜FM戦での敗戦によってJ1リーグでは6試合連続勝利なしと苦しんでいる。
だが、横浜FM戦ではマテウス・カストロが奮闘して24分にはCKから先制した。
さらに、1対1の同点で迎えた後半の立ち上がりにも何度か決定機があった。後半に入ってすぐの46分にはマテウスのクロスが飛び込んだ酒井宣福には触らずに、直接ゴールの枠内に飛び、GKの高丘陽平の指先をかすめてポストの内側に当たるビッグチャンス。そして、50分にはマテウスがFKを獲得。横浜FMの壁の作り方の甘さを衝いてマテウスは直接ゴールを狙ったが、これは高丘がCKに逃げる。そして、そのCKをマテウスがニアに入れると、DFの藤井陽也がコースを変えてボールは横浜FMゴールに飛び込んだ。
ところが、ここでVARが介入する。そして、試合は6分近く中断。最終的にはオンフィールド・レビューによってオフサイドの判定でゴールは取り消されてしまった。
藤井の頭に当たったボールはゴールの枠に飛んだが、ゴール前で名古屋の選手の頭に当たっていたのだ。そして、その選手はオフサイドの位置にいた。
しかし、スタンドの観客にとっては、いったい何が起こったのか分からぬままの長い6分間となってしまった(佐藤隆治主審とVARの間のコミュニケーション・システムが機能しなかったことも時間がかかった原因だったが)。
たしかに、映像を見るとオフサイドという判定が正しいことは間違いない。だが、ゴール前で名古屋の選手に当たらなくてもボールはゴールに飛び込んでいたはずだ。あのVARの介入は必要だったのだろうか?
試合後の記者会見で、名古屋の長谷川健太監督は冒頭でこのゴールの取り消しについて意見を述べた。結果が出ていないという状況だったからこそ、判定について不満を表したのだろうが、しかし、文句を言いたくなる監督の気持ちはよく理解できる。
長谷川監督が語ったのは「横浜FMの選手たちも何もアピールしていなかったではないか」という趣旨だった。
“ゴール”が決まった瞬間、たしかに横浜FMの選手たちは誰もオフサイドのアピールをしていなかった。スタンドの観客もほとんどが(横浜FMのサポーターも含めて)ゴールだったと思ったことだろう。
だが、そこでVARが介入し、再三映像をストップして確認を繰り返して「オフサイド」を“発見した”のである。
日本サッカー協会(JFA)のウェブサイトを見ると「VARは、最良の判定を見つけようとするものではなく、『はっきりとした明白な間違い』をなくすためのシステムです」とある。だが、判定を確定するのに6分近くもの時間が必要だったということ自体が、それが「はっきりとした明白な間違い」ではなかったということを示している。
あの51分の幻のゴールでのVARは、僕には「過剰介入」のような気がするのだ。
長谷川監督の発言の一つのポイントは「相手チームもアピールしていないのに」という点だった。
予めはっきりさせておきたいのだが、僕が言いたいのは「この試合で審判団がミスをした」ということではない。審判団は、規則に則って適切に判定を下したことのであって、時間がかかりすぎたことを除いて問題はない。
だが、あのような些細な(?)、つまり肉眼で見ているだけでは誰も(相手選手たちも)気が付かなかった事実をVARにかけるべきなのかということを問題にしたいのだ。
「はっきりとした明白な間違い」、つまりオンフィールドレビューをすれば一瞬で判定できるような間違いがあった場合には、VARはすぐに介入して判定を覆せばいい。だが、それほど「はっきりともせず、明白でもない」場合には、相手チームのアピールがなければ映像確認をしないでいいのではないか。
つまり、野球の「リクエスト」やテニスの「チャレンジ」のような形にするのだ。
たとえば、前後半に2回のチャレンジ権を与え、チャレンジが失敗したら権利がなくなる。「失点したら必ずチャレンジ権を行使する」という考え方も成立するだろうが、横浜FMの選手は、あのオフサイドには気が付いていなかった。そうなったら、後半に入ってすぐの51分にゴールが決まったとしたら、その貴重な「チャレンジ権」を行使するかどうか、横浜FMはかなり迷ったはずだ。
VARというのはすでにすっかり定着している。ACLのグループステージでは、VARがないことにストレスを感じる場面が何度かあった。
だが、VARの過剰介入は防ぐべきだろう。つまり「明白ではない」間違い、肉眼で判定できないような間違いには介入すべきではないと僕は思うのだ。そして、それを補うものとして「チャレンジ制」を導入してはどうなのだろうか?
1863年にイングランドでフットボール・アソシエーションが発足して、アソシエーション式フットボール、つまりサッカーのルールが制定されたが、当時はアンパイアが判定を下すのは対戦チームがアピールした場合だけだった。だから、「チャレンジ制」というのは、サッカーの思想からはずれたものではないのである。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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