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旗手怜央
「春分」を過ぎた3月22日。東京地方には季節外れの雪が舞った。このところ20度前後の暖かさに恵まれ、3月20日には気象庁が東京地方での桜の開花を宣言したばかりだったというのに……。
体調管理には気を付けたい。なにしろ、時節柄、鼻風邪を引いてもやっかいなことになるからだ(ちなみに「鼻風邪」の原因は従来型コロナウイルスだ。恐らく、遠い昔にパンデミックを起こし、その後弱毒化した旧型コロナウイルスなのだろう。“新型”も早く弱毒化してほしいものだ)。
もっとも、寒さに襲われたのはこの日だけではなかった。前週の金曜日(3月18日)にも関東地方は季節外れの寒さとなり、一日中冷たい雨が降り続いた。そして、この日はJ1リーグ第5節の横浜F・マリノス対サガン鳥栖の試合があった。「フライデーナイトJリーグ」と銘打って毎週1試合だけ金曜の夜に試合がある。その試合だった。
19時の試合開始時の気温は、公式記録によれが「摂氏5.9度」。よりによって、こんな寒い日にナイトゲーム……。そして、この試合は日産スタジアムではなくニッパツ三ツ沢球技場が会場だった。三ツ沢はピッチまでの距離が近くて試合が見やすいのだが、残念ながらこのスタジアムには屋根がない。幸い、記者席のあるメインスタンド中央の建物の庇の下の席に座れたので雨の直撃は受けなかったが、それでも風で吹き込むので試合中にだいぶ濡れてしまったし、試合終了後、バス停までの道程でさらにびしょ濡れになった。
屋根も庇もまったくない一般席の皆さんは雨合羽を着て、雨中の観戦となったのだ。
そんなわけで、3月18日の観戦は寒さとの戦いとなった。
屋外競技であるサッカーは、気象条件との戦いでもあるのだ。
もっとも、どんなに条件が悪くたって、試合が面白ければ耐えることもできるのだろうが、横浜FMと鳥栖の試合は0対0のスコアレスドロー。それも、互いにビッグチャンスもなく、盛り上がりに欠けた試合だった。
もちろん、選手たちにとっても気の毒な条件だった。
昔と違って今はピッチが泥沼のようになることはないが、一日中雨が降り続いていれば、芝生に水が浮いてくる。
水たまりではボールが止まってしまうし、また、水が浮いていない場所ではボールが濡れた芝生に滑って、かえってツンッと加速してしまう。コントロールが難しく、普段だったら通るはずのパスが止まってしまったり、逆にボールが伸びてラインを割ったりする。しかも、風もあったからプレーしにくかったはずだ。
良いプレーができなかったのは、ある意味で仕方がないことだ。
しかし、そもそもサッカーという競技は雨でも開催されることになっている(サッカー発祥の地である英国は雨が多い国だから、雨で中止にしていては試合ができなくなってしまう)。
それなら、やはり雨の時にでもプレーできるように準備しておいてほしいものだ。
たとえば、ドリブル……。いつものようにボールを地面の上で走らせるようなドリブルをしても、水たまりでボールは止まってしまう。だから、つま先で切るようにタッチしてボールを小さく浮かせながらドリブルすべきなのだ。あるいは、ボールが止まるのを防ぐには、浮き球のパスを多用すべきだろう。
もちろん、それでもパスをつなぐのは難しいだろうが、普段の通りのプレーをするよりはパスがつながる可能性は高くなる。
雨の悪コンディションの中でもそれなりにうまくプレーできる選手もいる。
たとえば、今年の1月6日に東京の味の素フィールド西が丘で「全日本大学女子選手権大会」の決勝戦(静岡産業大学対早稲田大学)が行われたが、この日の東京は大雪に見舞われ、後半に入るとピッチは真っ白。後半からは雪の中でも見やすいようにオレンジ色のボールが使われ、80分過ぎには試合が中断されて「雪かきタイム」となったほどだった。
すると、早稲田の数人の選手たちが雪のコンディションに合わせて、ボールを浮かせてパスを送り、ボールが止まるのを見越して走り込むプレーを始めた。そして、そうしたプレー法を全員が共有して優位に試合を進め、52分にFKからのこぼれ球を決めた早稲田が優勝した。
もちろん、大学女子の試合とJ1リーグの試合では、技術レベルも、プレー強度も、スピードもまったく違うということは承知しているが、それにしても大学生の女子選手が雪の中でのプレーを工夫していたのだから、プロ選手たちも雨に合わせたプレーを試みてほしかった。
雨中のプレーというとすぐに引き合いに出されるのが、あのドラガン・ストイコビッチの「空中ドリブル」だ。ボールを浮かせて、雨のグラウンドに落とさずに数十メートルも運んだあの映像は、今でも何かというとよく放映される。
最近で印象的だったのは、旗手怜央のドリブルだ。旗手が順天堂大学在学中のことだ。
その日は、関東大学リーグ戦が千葉県の柏の葉競技場で行われたのだが、台風が接近して大雨となり、ピッチはぬかるんで、台風接近とともに風も強まっていた。そんな悪条件の中で、旗手だけは普通の芝生の上で行うと同じように、自由にドリブルでボールを運んでいたのだ。
旗手は、フィジカル的な強さがあり、重心が低い姿勢でプレーするのでぬかるみにも強かったのであろう。そして、ボールテクニックがあるので、不規則なボールの挙動に合わせられたのだろうが、この時の旗手のプレーぶりは今でも忘れることができない。
さらに、遠い昔の話で恐縮だが、1994年にキリンカップで来日したフランス代表の雨中でのプレーは圧巻だった。
この時の大会にはフランスとアルゼンチンが招かれていたが、薬物疑惑があるディエゴ・、マラドーナの入国を日本政府が認めなかったため、アルゼンチンが来日を拒否。代わってオーストラリア代表が来日した。そして、フランスとオーストラリアは神戸のユニバー記念競技場で顔を合わせた。
フランスは、ホームでの最終戦でブルガリアに敗れて予選敗退となってしまったが、エリック・カントナやジャン=ピエール・パパン、ユーリ・ジョルカエフを擁するチームで、もしワールドカップに出場していたら優勝も狙う力があったはずだ。
ところが、この時も神戸には台風が接近。風雨が強く、またJリーグ開幕前のことで芝生の状態も悪かった。
すると、フランスは水たまりでボールが止まるのを避けるために、ロングレンジの浮き球のパスをつなぎはじめたのだ。普段は正確なショートパスをつなぐフランスが、ピッチ・コンディションに合わせてプレースタイルを変え、それを完璧に実行したのだ。
雨でも、そうした「工夫」がほしいのである。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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