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プロフェッショナルレフェリーの家本政明さんと村上伸次さんが、12月4日のJ1リーグの最終節(第42節)でJリーグでの最後の笛を吹いた。家本さんは日産スタジアムでの横浜F・マリノス対川崎フロンターレ戦。村上さんは豊田スタジアムでの名古屋グランパス対浦和レッズという上位同士の試合。しかも、好天にも恵まれて日産スタジアムには3万0657人、豊田スタジアムには2万7079人と、新型コロナウイルス感染症の拡大以降で最大の観衆が詰めかけた。
まさに、“花道”を飾るにふさわしい舞台だったのではないだろうか。
僕は、この日は日産スタジアムで横浜FM対川崎戦を観戦したが、前半は横浜FM、後半は川崎が攻め込み、得点王争いで並んでいた川崎のレアンドロ・ダミアンと横浜FMの前田大然がともに1ゴールずつを決めて1対1で終了するという、攻撃的でエキサイティングな試合だった。しかも、両チームとも「優勝争いの重圧」から解放されていたために攻撃的な姿勢を貫き通し、また両チームの直接FKの数(つまり、反則の数)がともに7と、きわめてフェアでオープンな試合だった。
レフェリーとしても、裁いていて気持ちの良い試合だったのではないだろうか。
そして、試合が終了するとメインスタンド前に両チームの選手が整列して拍手で家本さんを迎え、またJ1、J2リーグでの家本さんが担当した通算主審試合数の「516」の番号が入った両チームの記念ユニフォームが家本さんに贈られた。
さらに、スタンドでも家本さんをねぎらう横断幕が掲げられ、スタジアムは温かい拍手に包まれた。
僕も、ずいぶん長いこと(50年以上)サッカーの試合を見てきたが、レフェリーの引退というニュースがこれだけの関心を集め、そして、選手やサポーターがリスペクトの念を持って一人の審判員の勇退を見送るという場面は初めて見た。
日本で、サッカーという競技への理解が進み、一つのサッカー文化が生まれていることの象徴のような光景に見えた。
さて、家本さんと言えば、2008年のFUJI XEROX SUPER CUPの鹿島アントラーズ対サンフレッチェ広島のPK戦で鹿島のGK曽ヶ端準が3度PKをストップしたうちの2回をやり直しさせたジャッジなど物議を醸すことも多いレフェリーで、実際に複数回にわたって“出場停止”処分を受けたことがある。
確かに、当時の家本主審は感情的な印象を受けることが多かった。審判にとって最も大切なことは「誤審をしないこと」よりも「選手の信頼を得ること」なのではないかと思うが、当時の家本さんはエキセントリックな態度もあって選手からの信頼を得ることができていなかったのだ。
2009年に日本代表がワールドカップ予選でウズベキスタンに遠征した時に、ゲーム形式のトレーニングをしていた選手たちが判定を巡って言い争った時、当時の岡田武史監督が「審判が家本の時もあるぞ」といった趣旨の声をかけて記者団を驚かせたという逸話もある。
そんな家本さんがその後も長く活躍し、516試合というJリーグでの主審試合最多記録を達成できたのは、自身の感情をコントロールすることに成功したからであり、最終試合で選手やサポーターから大きな拍手をもらったのは、そうした努力を通じて多くの人々の信頼を勝ち取ったからだった。
といっても、家本さんが感情を押し殺して試合を裁いたのではもちろんない。家本さんというのは、良きも悪しきも含めて感情を表わすことが大きな特徴だ。それが、悪い方向に傾くと「感情的」と見られて信頼を勝ち取れないことになるが、逆にうまく笑顔で選手たちと接することによって選手とコミュニケーションができることもある。
そうした、家本さんの感情表出の豊かさが時には批判を浴びることにもつながった。たとえば、レッドカードを示す時に表情が豊かすぎると“カードを突き付ける”ような印象を与えるのだが、晩年は(52歳の人に「晩年」はないのだが、審判員生活の最後の頃という意味で)良い意味で感情を示すことで選手との共感を保ちながら試合をコントロールしたのだ。
たとえば、同じく日本の名レフェリーの一人である西村雄一さんが非常にクールな印象を受けるのに対して、家本さんは人懐っこい笑顔で振る舞った。それが、最後には選手やサポーターとのコミュニケーションにつながったのだろう。
ある意味で、感情を表に出しながら選手とコミュニケーションを取るラテン系の(南米の)レフェリーにも似ているのではないだろうか。
さて、そんな家本さんは、結局ワールドカップに参加することはなかった。
ただ、南アフリカ・ワールドカップ直前の2010年5月にはサッカーの聖地であるウェンブリー・スタジアムでイングランド対メキシコの試合の主審を務めている。ウェンブリーで主審をした日本人は、これまで家本さんただ一人である。
この試合は、僕もテレビ中継で観戦したが、家本主審のきびきびした動きや判定を示すジェスチュアの動きなどで好印象を持ち、この家本政明という審判員を高く評価するきっかけとなった。そうした動きの良さやジェスチュアの明確さは日本のレフェリーの最大の特徴であり、このウェンブリーでの家本さんはそのあたりをしっかりと示していた。
さて、第一線を退いた家本さんがこれからどのようなお仕事をなさるのかは知らないが、ぜひそのコミュニケーション能力や親しみやすい人柄を生かして審判員の立場を代表するコメンテーターになってほしいものだ。
審判員というのはジャッジについてコメントすることを許されていない。選手や監督は審判批判をすることがある。また、選手上がりの解説者の中にはルールをよく知らない人もいて謂れのない批判をされることもあるのだが、審判はそれに反論する機会が与えられないのだ。これは、どう考えても不公平だし、競技規則の理解を深めるためにも審判側からの意見を主張すべきだろう。
その試合を担当した審判員が直接反論をすることにはたしかに支障があるのかもしれないが、審判出身で審判の立場を代弁するようなコメンテーターがいてくれれば、大変に面白いのではないか。
そのためには、知名度も高く、紆余曲折を経て選手やサポーターからの信頼や共感を獲得することに成功した家本さんなどはまさにうってつけのような気がするのだが……
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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