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戦いを前に、偉大な10番は涙を流していた。母国であるポルトガルを世界一に導いた決勝後、FPリカルジーニョはこの時のことを振り返った。
ポルトガル代表リカルジーニョユニフォーム
「国歌を耳にして、あの空気を肌で感じた時、この素晴らしいチームメートとW杯を戦うまでの道のりを振り返ったんだ。そうしたら感情を抑えられなかったよ。コロンビアでは(4位で終わり)メダルももらえなかった。その残酷なところから準備段階を経て、僕たちはやり遂げたんだ」
ポルトガル代表
フットサルの世界一を決めるFIFAフットサルW杯リトアニア2021の決勝で、リカルジーニョを擁するポルトガルは前回王者のアルゼンチンを2-1で破り、初の優勝に輝いた。そして、大会MVPにあたるゴールデンボール賞には、リカルジーニョが選ばれた。J SPORTSの解説を務めていた元フットサル日本代表FP小宮山友祐氏は、決勝で2ゴールを挙げたFPパニーが、シルバーボール賞を受賞した際に、「彼がMVPかと思いました」と語ったが、そう感じていたのは、小宮山氏だけではなかった。実際にポルトガルでも、「今大会のMVPは、パニーが相応しい」という声が圧倒的に多い。
この大会を、「リカルジーニョの大会」と総括する人は少数だろう。これまで超絶的なテクニックと驚異的なスピードで、数々の伝説的なゴールを奪い、ポルトガルを勝利に導いてきたリカルジーニョだが、今大会の彼は周囲を支える役割に徹した……というよりも、徹するしかなかったのだ。
今年3月、リカルジーニョは大きなケガを負っていた。17歳でポルトガル代表として初キャップを刻み、その後も常に代表の中心選手だったリカルジーニョだったが、この負傷により、今大会は招集されるかも微妙な状態だったのだ。
「半年前、僕は病院のベッドにいた。キャリアで最悪の負傷をして、大きな手術を受けた。手術後は、ボールを前に飛ばすことさえ困難だった。ポルトガル代表に選ばれて、チームを助けられる状態になるまでの道のりは、想像を絶するものだったよ。半年前、この瞬間を想像することはできなかった。僕はもうすぐ引退するから、今回が自分の生涯を通じて夢見ていた、このトロフィーを勝ち取る最後のチャンスであり、W杯で優勝できなければ、一生後悔するということも分かっていた」
5カ月ほど、実戦から遠ざかっていたリカルジーニョは、W杯前の親善試合とW杯の試合を通して、コンディションを上げていった。同時に「これまで両足で加速できていたのが、片足でしか加速できなくなった。今までの自分とは違うし、ベストなプレーはできない。新しいリカルジーニョに、僕自身もフィットしていかなければいけない」と、負傷の影響が甚大であることも認めていた。
リカルジーニョといえば、技術とスピードを武器に相手ゴール前で決定的なプレーをするアタッカーのイメージが強いが、今大会はより低い位置でボールをさばき、味方に点を取らせるチャンスメーカーやバランサーの役割をこなすことが多かった。
アルゼンチン代表
決勝では、いくつかの決定的な働きをした。不本意かもしれないが、最大の仕事は、前半13分、アルゼンチン代表のキーマンであるFPクリスティアン・ボルットの退場を誘発した場面だ。アルゼンチンがリカルジーニョの1対1のスキルを警戒していたことは間違いない。そのなかで、ボルットは故意と捉えられても仕方ない形で、リカルジーニョのボディにパンチを入れた。今大会から採用されたビデオサポート(VS)がなければ、見逃されていたかもしれないボディへの一撃は、審判に確認されて、ボルットは退場となった。
一人多い2分間で点を取れなかったポルトガルだが、アルゼンチンが選手を補充した直後にパニーが先制点を記録。後半にもリカルジーニョのCKから、今大会のトレンドであるボレーシュートを、パニーが決めている。決勝という舞台で、リカルジーニョの周囲において今大会の傾向的な出来事が起こったことにも、あらためてスター性を感じさせる。
この2点をポルトガルは守り切った。リードを広げられた直後、ようやくエンジンがかかったアルゼンチンだが、ボルットが退場していたことは、間違いなくポルトガルに優位に働いた。なにせ、ボルットはW杯4大会目の出場で通算13得点を挙げて、同国のW杯最多得点者だったのだから。
MVPを受賞したリカルジーニョ(中央)
今回のポルトガルの優勝は、『リカルジーニョが導いた』というよりも、『リカルジーニョとともに』という表現がしっくり来る。前述の「今大会のMVPは、パニーが相応しい」というポルトガルのファンの人たちの言葉には、続きがある。その内容は、要約すると「でも、フットサルの象徴的存在だった彼のキャリアを評価するなら、リカルジーニョ以上にこの賞に相応しい人はいない」というものだ。
大会9得点でゴールデンシュー(得点王)のブラジル代表FPフェラオに次ぐ、大会8得点を挙げてシルバーシューも受賞したパニーの言葉は、今大会のポルトガル代表の姿勢を象徴するものだ。
「僕はゴールを決めたし、個人賞ももらったけど、すべてはチームメートのおかげだ。これはチームの成果だよ。個人賞を意識したことはない。僕は常に、チーム全体のことを考えていたいんだ。ポルトガルが世界のチャンピオンなんだ。これ以外に重要なことなんてない。信じられない気分だよ」
ポルトガルは、史上4カ国目の世界王者となった。史上最多6度の世界最優秀選手賞を受賞しているリカルジーニョとともに。
文:河合 拓
河合 拓
1980年生まれ、出身地のない転勤族。
フットサル情報サイト「Futsal X」発起人。大学在学中の2002年よりフットサルの取材を開始。フットサル専門誌、サッカー専門誌の編集者を経てフリーランスに。
民間大会からワールドカップまで、幅広く取材。個サルで減量を試みる。
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