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川崎フロンターレはその攻撃的スタイルで知られている。7月8日には、ウズベキスタンで開催されているAFCチャンピオンズリーグ東地区グループIでのライバル大邱(テグ)FCに3対1と快勝。5試合を終えて5戦全勝。得点23とその攻撃力を爆発させている。
だが、川崎の強さは攻撃だけではない。守備面でも切り替えの速さを武器としており、敵陣深くで相手ボールを奪い取って相手を自陣に入れさせない。そして、高い位置で奪ったボールをゴールに結びつけることで得点を量産しているのだ。
大邱戦の2点目も、右サイド、左サイドで攻め立てた後、脇坂泰斗からのボールが相手に引っかかったが、いったん持ち直して処理しようとした李根鎬(イ・グノ)から脇坂がボールを再び奪い取ってレアンドロ・ダミアンにつなげたものだった。また、大邱戦の前のユナイテッド・シティー(フィリピン)との試合でも、左サイドで長谷川竜也がプレスをかけ、相手がたまらずGKに送ったバックパスを狙っていた知念慶がカットして先制ゴールを決めた。
まさに、前線での速い切り替えとプレッシングが川崎の大きな武器になっているのだ。そして、人はそれを「鬼プレス」と呼ぶ。なにしろ、トップで点を取りまくっているレアンドロ・ダミアンが全力で相手GKにプレスを掛に行くのである。
その、Jリーグで猛威を振るう「鬼プレス」は、アジアの舞台でも相手にとっては大きな脅威になっているようである。
だが、上には上がある。それを痛感させられたのが、EURO2020の準決勝。スペイン対イタリアの試合だった。
前半の立ち上がりから、まさにプレスのかけ合いだった。
前からプレスに行くときには後方の選手も呼応してラインを上げて全体をコンパクトにしておく必要がある。そうでなければ、プレスがかかった時にロングキックを蹴り込まれてしまうからだ。プレスをかけ、最終ラインが押し上げて、相手がロングキックを蹴ればオフサイドを取れるようになれば理想的だ。
実際、川崎が前線でプレスをかける時には、その点もぬかりはない。
だが、スペインやイタリアのプレッシングはさらに組織的で緻密だった。
例えば、スリートップの右サイドの選手が相手の左サイドバックにプレスをかけるとしよう。その時に、当然相手選手はボールをつないで、プレスをかいくぐろうとする。スペインやイタリアの選手たちは、その、プレスから逃がれるためのパスコースをことごとく消してしまうのだ。
右サイドの選手がプレスをかけた時に、中央の選手は相手のセンターバックに対してかなり近い位置を取ってパスを通さないようにする。センターよりもボールからの距離が遠い左サイドの選手は相手選手2人くらいを見て、どちらにパスが出てもすぐに寄せられる位置を取る。もちろん、MFたちもしっかりと相手のパスコースを消していく。
こうして、相手チームはパスの出しどころがなくなってしまうのだ。
つまり、こういうことだろう。
川崎フロンターレの選手たちが前線からプレスをかける時には「プレスをかければ相手はミスをする。そのミスを拾う」という原理で動いているのだ。ユナイテッド・シティー戦で長谷川がプレスをかけた瞬間、中央にいた知念は相手がミス(バックパスという選択のミス)を犯すという前提で、バックパスのコースに入って、実際にパスをカットして、そのままシュートを決めたのだ。
だが、スペインやイタリアのレベルになると、プレッシングをかけたくらいで相手はそう簡単にはミスはしてくれないのだ。「相手はミスをしない。プレスをかいくぐってパスをつなぐ」という前提で、1つ2つ先のパスまで読んでマークを詰め、プレスをかけ続けなければならないのだ。
スペイン対イタリアの試合は、両チームがスキのない形でプレスをかけ合ったため、なかなか決定機が生まれないまま前半が終了した。しかし、プレスをかいくぐってパスを回す技術では間違いなくスペインが上回っていたため、スペインのボール保持が長く、イタリアはセンターバック2人の個人能力で中央に蓋をしてしのぐ時間が長くなってしまった。
すると、イタリアは後半はレアリスモ(現実主義)に切り替えた。今年のEUROで、イタリアは準々決勝まで5連勝。5試合で11ゴールを奪い、かつてのカテナッチョの時代とは違って攻撃力が注目を集めていた。
だが、本当に強い相手(スペイン)との試合で、その本来持っている勝負にこだわるメンタレティーを発揮。「引いて守ってカウンター」というコンセプトに切り替えたのだ。
そして、60分に相手のクロスをキャッチしたGKのジャンルイジ・ドンナルンマからつないで、最後はこぼれ球をフェデリコ・キエーザが決めて、そのミッションを完遂した。
一方、スペインはパスはつなげるのだが、得点がなかなか生まれなかった。パスがうまく回ったのは「偽の9番」ダニ・オルモの存在が大きかったが、そこにストライキング能力の高い選手がいなかったのだ。結局、スペインは交代で投入したアルバロ・モラタが80分に同点ゴールを決めることになる。
1対1というスコアは、まさに試合内容を反映した妥当なものだったろう(PK戦も4対3の接戦)。つまり、イタリアのレアリスモとスペインのパス能力という異なったコンセプトが、ともに機能した試合だった。
僕はこの試合を見て、前からプレスをかける際の組織の緻密さに感嘆した。彼らの守備組織は川崎フロンターレの「鬼プレス」をはるかに上回っているし、日本代表が挑んでも勝機を見つけることはかなり難しそうだ……。
翌日のもう一つの準決勝はイングランド対デンマークの顔合わせで、こちらも1対1のスコアで延長に入り、最後はPKを獲得したイングランドが2対1で勝利した。
そして、この試合でも両チームがハイプレスをかけ合う場面はあったが、とくにデンマークは割り切って中央を固める時間も長かった。また、プレスをかける時でもスペインやイタリアのような緻密さはなく、せっかく前線がプレスをかけているのに最終ラインが下がりすぎていたり、最終ラインが上がってもラインに凸凹が生じて危険なスペースが生じてしまうような場面が散見された。
これなら、川崎の「鬼プレス」の方が上かもしれない(もちろん、フィジカル能力など「個の力」に差があるから、イングランド代表は川崎フロンターレより強いだろうが)。
ちょっと気が早い話かもしれないが、川崎がもしACLを勝ち抜けばFIFAクラブ・ワールドカップに出場することとなる(2021年大会は日本開催だから、ACLで勝てなくても開催国枠で出場する可能性は高い)。そのクラブワールドカップで川崎はUEFAチャンピオンズリーグ優勝のチェルシー(イングランド)などに挑戦するわけだ。それまでに、「鬼プレス」の強度と緻密性をさらに一段と上げておく必要があるだろう。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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