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東京オリンピックの開幕まであと2か月となった(開会式は7月23日)。
6月の強化試合に臨むサッカーの日本代表(U−24日本代表)のメンバーも発表になり、年齢制限のないフル代表のキャプテンの吉田麻也やボランチの遠藤航、それに長くフランスでプレーしているためアフリカ系との対戦経験が豊富な酒井宏樹がオーバーエイジ枠としてメンバー入りした。オリンピック世代ながらフル代表で吉田とセンターバックコンビを組んでいる冨安健洋を含めて、強力な中央での守備ラインが形成できそうだ。
これまで、オリンピックの度にオーバーエイジの起用を巡ってトラブルが起きた。インターナショナルマッチデーに行われるフル代表の試合と違ってオリンピックの場合、クラブが招集を拒否できるからだ。とくに、代表クラスの選手の多くがヨーロッパのクラブに所属しているため、オリンピックへの招集は困難になっている。だが、今回はフル代表とオリンピック代表が兼任であること、そして、日本サッカー協会が選手が所属する各クラブと粘り強く交渉を進めてきたことで最強のメンバーを選ぶことができたようだ。
オーバーエイジも加わって、いよいよ準備も本格化。2か月後のオリンピックが楽しみになってきた。……と言いたいところだが、新型コロナウイルス感染症の拡大は今も続いており、「オリンピックは本当に開催できるのか?」という疑念は晴れていない。
世論調査などではオリンピックの延期または中止を求める声が高まっているが、一方でIOC(国際オリンピック委員会)も日本国政府も少なくとも表面上は東京大会を開催する意向を崩していない(実際には世論の動向を見ながら、誰が「中止」を言い出すのか様子見をしているのだろうが)。
感染症は収まる兆しもないし、頼みのワクチン接種も想定されていたよりはるかに遅れている。そんな状況で、本当に大会が開催できるのか? 中止すべきではないかという声が上がるのは当然のことだ。
オリンピックとパラリンピックでは、選手を含めて10万人近くの外国人が来日するので、感染拡大を引き起こすリスクも高い。選手だけなら宿舎(選手村)と競技会場、練習会場だけに行動を制限して外部との接触を遮断することもできるだろうが、「関係者」の中には政府要人やスポンサー関係、さらにいわゆる「スポーツ貴族」と呼ばれるIOCなど各スポーツ団体の役員などが大挙してやって来るのだ。彼らが、日本の当局の行動規制に従順に従うとも思えない。
もちろん、大会を開催しても関係者が協力して感染の拡大を防ぐことは可能なのかもしれない。だが、同時にオリンピックが原因となって感染がさらに拡大してしまう危険も存在するのだ。オリンピックは、そんなリスクを冒してまで強行すべきイベントだとうは思えない。
もし可能であるなら、もう1年の延期。それができないのであれば、中止を決断すべきであろう。
来年(2022年)にはサッカーのワールドカップも開催されるが、幸いなことに来年のワールドカップはカタール開催となったために11月に開催される。つまり、オリンピックをもう1年延期して2022年7月に開催しても、ワールドカップとバッティングすることはないのだ。
ところで、オリンピックの開催問題はIOCと政府の問題なのではあるが、スポーツ界は当事者として何らかの声を上げるべきなのではないだろうか。すべてを一任して「政府がやるといったらやる。政府が中止と言ったら諦める」などという態度は無責任としか言いようがない。
それでは、ソ連のアフガニスタン侵攻によってアメリカがボイコットし、日本政府もそれに追従した1980年のモスクワ・オリンピックの時と同じことではないか。この苦い経験を経て日本オリンピック委員会(JOC)は日本体育協会(現在は日本スポーツ協会)から独立した。そして、あの時、オリンピック参加の道が閉ざされたために号泣した柔道の山下泰裕が現在のJOC会長なのだ。
しかし、スポーツ界からは2021年の東京大会の開催の是非について、ほとんど声が上がってこない。息を潜めて、あるいは不都合なことには目を閉ざして、政府の決定をじっと待っているようだ。
そんな中で、テニスの錦織圭は記者会見で「死人が出てまでも行われることではない」と語ったし、大坂なおみも「もしオリンピックが人々を危険にさらすのであれば、今すぐに議論すべき」と語ったと伝えられている。
至極常識的で、真っ当な意見だ。
錦織や大坂がこうした発言ができたのは、テニス・プレーヤーにとってはオリンピックという大会が最高の大会ではないからでもある。彼らにとっては、何よりも「グランドスラム」と呼ばれる四大大会が最高の目標であり、オリンピックはそれに準じる大会だ。もちろん、東京で開催されるので今年の大会は錦織や大坂にとっては特別のものではあろうが……。
同様に、プロ・スポーツとして確立されている人気競技の場合はオリンピックというのは最高の大会ではない。
男子サッカーではオリンピックというのはあくまでもU−24の大会でしかないし、野球人にとってはプロ野球のペナント争いの方がずっと大事。アメリカのメジャーリーグの選手はオリンピックには出場すらしない。バスケットボールはアメリカのドリームチームをはじめ、NBAの選手が各国代表としてオリンピックにも参加するが、NBAのタイトルの方が大事なのはあたりまえのことだ。
錦織や大坂がオリンピック開催の可否について、はっきりとした口調で語ることができたのは、彼らにとってオリンピックは最高の目標ではないからであり、また個人競技なので所属団体への遠慮もいらなかったからだろう。
だが、プロとして確立されていないスポーツ。あるいは、人気が低迷しているいわゆるマイナー競技の選手や団体にとってはオリンピックの持つ意味は非常に大きい。
オリンピックの時には全国民が注目するのに、オリンピックが終われば誰もが忘れてしまい、テレビ中継もされなくなってしまう。そんなマイナー競技の選手たちにとっては、オリンピックで好成績を上げて人気を獲得していくことはまさに死活問題だ。こうした競技の団体や選手たちは、オリンピック開催の可否について発言できるわけはない。
しかし、日本のスポーツ界の中心にある日本スポーツ協会やJOC、あるいは各競技団体(とくにメジャー競技の団体)のリーダーたちには、スポーツ人としての意見を表明できるはずだ。それが、国民の共感を得ることにつながるし、それが日本のスポーツの将来にとって大きな財産となるはずだ。
もし、スポーツ界が何も語らないままオリンピックが強行開催されて感染の再拡大を招いてしまったとしたら、責任追及の声はIOCや政府だけでなくスポーツ関係にも向いてくるだろう。そうなったら、日本のスポーツ界は国民の支持を失ってしまう。
黙って、唯々諾々と政府の言いなりになるのはもうよそう。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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