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この数日、ヨーロッパのサッカー界は「スーパーリーグ」構想の話題で持ちきりだった。
4月18日に、スペインのレアル・マドリードがかねてから噂されていた「スーパーリーグ」という新しい大会の構想を発表したのだ。スペインからレアルとアトレティコ・マドリード、そしてバルセロナ。イタリアからはインテルとACミランのミラノ勢とユベントス。そして、イングランドのビッグ6(マンチェスター・シティとユナイテッド、リヴァプール、そしてロンドンのチェルシー、トッテナム、アーセナル)の合計12クラブを含む20チームによる新しい大会だ。
つまり、従来のチャンピオンズリーグを発展させたような大会なのだが、これまでの大会との最大の違いはこの12クラブに他の3クラブを加えた15のクラブは“創設メンバー”として前年度の成績に関わらず、永久にこの大会に参加し続けることができるという点だ。
つまり、“降格”がないのだ。大会は、その15クラブ以外の5クラブも招待されて行われ、その5つのクラブは毎年入れ替わるが、創設メンバーはその地位が保証されるというのだ。
この“特権”が大きな反発を招いた。
30年くらい前のことだったろうか。プロ野球のセントラル・リーグで阪神タイガースが毎年のように最下位争いをしていた当時、よく「阪神は(当時、高校野球で最強だった)PL学園と入れ替え戦をすべきだ」というジョークが囁かれたものだ。言わんとしていることは「阪神の不甲斐なさ」なのだが、もう少し穿った見方をすると、これは入れ替えのないプロ野球という組織に対する皮肉のようにも聞こえた。
そう、アメリカ型のプロ・スポーツには入れ替えはないのだ。
本場アメリカでは野球のMLBにも、フットボールのNFLにも、バスケットボールのNBAにも、アイスホッケーのNHLにも入れ替え戦はない。いったんリーグ機構のメンバーとして承認されれば、リーグに反旗を翻したりさえしなければ永久にその地位が保証される。それどころか、加盟クラブには各都市における独占営業権が与えられ、その都市では他のクラブは活動を禁止されるのだ(これを「フランチャイズ」という)。
ニューヨークやシカゴやロサンゼルスにMLBの球団が2つあるのは、アメリカン・リーグとナショナル・リーグという別のリーグに所属しているからに過ぎない。
そして、リーグが主導するドラフト制やサラリーキャップ制によって各クラブの戦力の均衡が図られる。“共存共栄”と言えば恰好が良いが、いわば“護送船団方式”のリーグなのだ。
サッカーの世界はこれとはまったく違う。つまり、「自由競争」、「弱肉強食」の世界だ。
ドラフト制などはないから選手の獲得も自由競争。現在他のクラブに所属している選手とも、契約が切れれば自由に移籍交渉ができて、前所属先に一銭も払う必要がない。だから、財政的に裕福なクラブはますます強く、そしてますます多くの富を獲得する。一方で、チーム強化やクラブ経営に失敗したクラブは下部リーグに降格し、さらに失敗が続けば経営破綻してクラブは消滅してしまう。
これに対して、リーグは何の地位も保証してくれないし、何の支援もしてくれない。もちろん、実際には何らかの形で多少の支援が受けられることはあるが、原理的には完全な自由競争の世界なのだ。1つの都市に2つ以上のクラブが存在して競争するなんていうことも、サッカーの世界では当たり前のこと、いや「ダービーマッチ」は最大の売り物だ。
そして、今回、レアル・マドリードが発表した「スーパーリーグ」は、この世界中のサッカー界の共通ルールだった「自由競争」原理から逸脱するものだった。12のメガクラブは自分たちだけのパラダイスを作って、永久にその地位が保証される組織を作ろうとしたのだ。
この構想は広範囲の反発を呼び、従来サッカーの世界を牛耳ってきたFIFA(国際サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)、各国協会だけでなく、多くのクラブ、監督や選手たち、そしてほとんどのファン・サポーターがこの「スーパーリーグ」構想に反対し、その結果、イングランドの6クラブは早々に「撤退」を表明。「スーパーリーグ」構想はあっさりと頓挫してしまった。
確かに、今回の「スーパーリーグ」構想はあまりにも杜撰で、あまりにも独善的だったが、強豪クラブが集まったリーグ戦は、ハイレベルの戦いが見られるという意味で確かに魅力的ではある。
たとえば、ドイツのブンデスリーガでは昨シーズンまでバイエルン・ミュンヘンが8連覇しており、今シーズンも優勝に近づいている。イタリアのセリエAでは、今シーズンはインテルの優勝が濃厚だが、昨シーズンまでユベントスが9シーズン連続でスクデットを獲得していた。スペインでは、レアルとバルセロナがほぼタイトルを独占し、アトレティコが挑戦を続けている。
要するに、一部のメガクラブとその他の実力差が大きく、優勝が可能なクラブはごく少数に限られているというのが現状だ。
そんなリーグは、面白いのだろうか?
もちろん、そんな中で弱小クラブが戦略を巡らせて頑張り、ちょっとした幸運を引き寄せることによってビッグクラブに一泡吹かせる試合も面白いが、本当なら強いチーム同士の激しいバトルがもっと見たい。
チャンピオンズリーグで、そういう試合が実現するわけだが、あれは「リーグ」と称していても所詮はカップ戦にすぎない。強豪同士がホーム&アウェーで戦うリーグ戦は実現できないものだろうか。
イングランドでフットボールクラブ・リーグが発足したのは1888年のことだった。イタリアやスペインで全国リーグが誕生したのが1929年、フランスは1932年。そして、ドイツ(当時の西ドイツ)で初めての全国リーグが始まったのは、なんと1963年のことだった。
ブンデス発足からでも間もなく60年。他の主要国の全国リーグ発足からはまもなく1世紀が経過する。いつまでも、同じ形態を続けていていいものなのだろうか?
ヨーロッパでは、経済や政治の統合が進んでいる。1950年代に発足したEEC(欧州経済共同体)加盟国は西欧6か国だけだったが、今では、東欧諸国の多くもEU(欧州連合)に参加している。それなら、サッカー界でも「欧州リーグ」を発足させてもいいのではないか?
今回、騒動となった「スーパーリーグ」構想はメガクラブの経営者たちのエゴイスティックな動機によって作られたものだったから問題だったのだが、UEFAの管理の下で欧州リーグを作り、各国国内リーグとの入れ替え制度もきちんと構築すればいいのだ。僕は、いずれはそうした形で「欧州リーグ」が誕生すると思っている。
今では、チャンピオンズリーグは国際的にも完全に受け入れられているが、これもフランスのスポーツ紙『レキップ』の編集者ガブリエル・アノーとレアル・マドリードの当時の会長のサンチャゴ・ベルナベウが計画したもので、当初は各国協会も多くのクラブも懐疑的だったが、新しい大会(チャンピオンズカップ)はたちまちのうちに人気を獲得。今ではチャンピオンズリーグはUEFAにとって最大の収入源となっている。
FIFAやUEFAも、単に反対ばかり唱えていては時代に取り残される。彼らは「スーパーリーグ」に参加したクラブや選手をこれまでの国際的なコンペティションから締め出すと“脅し”をかけたが、こうしたメガクラブ所属の裕福な選手たちはワールドカップから締め出されたら困るのだろうか? むしろ、スーパースターたちが出場しないワールドカップの人気が下がってしまうので、FIFAの方が困るはずだ。
下部リーグのクラブや若い選手、あるいはけっして裕福ではないサポーターたちの利益を損なうことなくハイレベルなリーグを実現するために、FIFAやUEFAはむしろ主体的に関わっていく必要があるのではないだろうか? そうした努力を怠っていると、いずれは今回のような排他的な「スーパーリーグ」構想が形を変えて再浮上してくることになってしまう。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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