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J1リーグの第14節。横浜F・マリノスと川崎フロンターレの「神奈川ダービー」は、今後の優勝争いの行方をうかがう意味でも注目されるカードだった。
昨年の王者、横浜FMは前節終了時で6位と出遅れていた。最大の問題点だった得点力不足が解消されてからは調子が上向きだった。8月19日の第11節の清水エスパルス戦に4対3で勝利すると、その後も複数得点での勝利を続けていた。
その立役者は、柏レイソルからレンタル移籍で獲得したジュニオール・サントス。横浜の攻撃は強引なボックス内に走り込んでくる味方にピンポイントでパスを合わせるという形が多かったが、個人能力を生かして突破力を生かすジュニオール・サントスが入ったことで攻撃の幅が大きく広がった。
もちろん、ヴィッセル神戸戦で2点のリードを守り切れなかったことでも明らかなように守備面の不安は残っているが、もともとアンジェ・ポステコグルー監督が目指していたのは超攻撃的なサッカーなので、とりあえず得点力が上がってきたことはポジティブなことと言ってよいだろう。
その横浜FMの攻撃力が、首位をひた走る川崎相手にどこまで通用するのか。それが、最初の焦点だった。
川崎の守備陣は強力だ。中間スペースを使ってパスを回すのがうまいチームなので、危険なスペースを見極める能力も高い。
また、ストッパーの谷口彰悟は個人的な守備能力も高いし、パスをつないで攻撃の起点にもなれるきわめて優秀なDFだ。だが、問題は川崎のDFには「パスをつなぐ」という意識が高く、そのチーム・コンセプトにこだわりすぎて無理につなごうとする場面がある。とくに谷口と組むジェジエウのパスの精度には不安もある。
そういうDFからのパスをいい位置でカットできれば、横浜FMにもチャンスが生まれるだろう。横浜は攻め込んだ後も攻め残りの選手を残しておくから、川崎のパスをカットできれば一気に相手ゴール前にボールが送り込まれ、何人かの選手が絡んでチャンスに結び付けるっことができるだろう。
もちろん、攻撃的に戦えば川崎のカウンターにさらされる。かつて、川崎は短いパスをつなぐスタイルだったが、今シーズンの川崎はロングボールを使って相手のDFが手薄なスペースを一気にえぐってくる。そして、横浜FMはこれまでの試合でも両サイドバックが上がった後のスペースを使われて失点を繰り返している。
したがって、横浜FMが攻撃的な試合を試みれば激しい撃ち合いになるだろう。しかし、「撃ち合い」は横浜FMにとっては悪いことではないどころか、むしろ一つの狙い目だろう。撃ち合いを挑み、そしてその撃ち合いに勝つ。それが、横浜FMにとって勝利への唯一の道なのではないだろうか。
こうして始まった横浜FM対川崎の試合。なんと開始2分でホームの横浜FMに先制ゴールが生まれた。右サイドに開いた後、小池龍太から松田詠太郎にパスが渡り、松田のマイナスの折り返しをマルコス・ジュニオールが決めたのだった。パスが回った場面もそうだったし、最後のマルコス・ジュニオールがシュートした場面でも川崎の詰めが甘く、相手をフリーにしてしまったのだ。
その後、横浜FMは川崎が前線に付けるパスをことごとくカットして優勢に試合を進めた。川崎のパスのパターンを分析して、準備していたのだろう。
しかし、前半の飲水タイムを過ぎたころから、次第に川崎がボールを回す時間が増えていった。そして、中央からの攻撃が機能しなかったので川崎は徹底して両サイドを使ってチャンスメークを始めた。
左サイドでは三笘薫のドリブルだ。DF陣全員が三笘への一発のダイナゴナルなパスを狙っていた。一方、右サイドでは山根視来がオーバーラップとインナーラップを繰り返した。まるで、横浜FMの左サイドバックのティーラトンのお株を奪うようなインナーラップだった。
そして、33分、その三笘のドリブルであっさりと同点ゴールが決まり、前半は1対1で終了した。
そして、見事だったのは後半の立ち上がりの川崎の攻撃だった。
ハーフタイムに2枚の交代を使った川崎は、大島が位置を下げて守田英正と2人で中盤を担う。そして、前線には小林悠を投入し、旗手怜央を右サイドに入れ、前半サイドにいた家長昭博が中央に移ってツートップ。「4−4−2」というよりも「4−2−4」の形で前線から相手DFや相手GKにもプレッシャーをかけ始めた。
川崎の前線からのプレッシャーは強力だ。単に相手のパスコースを限定するような追い方ではなく、相手ボールを奪いきってしまう、あるいは相手のDFやGKにミスを強いるような激しいプレッシャーをかけてくる。そして、前半と同じように左サイドからの攻撃で川崎は48分と50分に2点を奪ってあっさりと逆転してしまったのだ。
三笘のドリブル(2点目で左サイドを崩したのは大島のドリブルだったが)と前線からの激しいプレッシャー。これが、この日の勝負を決めた。
そして、この早い時間に勝負をかけて2点を奪ったのにはさらに大きな価値があった。
というのは、スコアが1対3となった直後に激しい雨が降り出したからだ。一時的には選手の姿が見えないほどの雨だった。
日産スタジアムのピッチはこの程度の雨ではビクともしないが、しかし、雨の中ではどうしてもボールコントロールが難しくなり、ミスも生じる。試合の流れが計算できなくなってしまうのだ。その雨は、試合終了まで続いていた。
雨がなければ、さらに得点が入って、2対5とか、3対6といったスコアになっていたかもしれない。いや、逆にスコアが1対1のまま雨に見舞われていたとしたら、さすがの川崎も本当に得点できたかどうか分からない。雨ではきちんと勝ち切れたかどうか分からなくなる。ミスで失点を強いられる可能性だってある。
だが、雨が降り始める前にスコアを1対3としておいたため、川崎はしっかりと逃げ切ることに成功したのだ。川崎のベンチが後半に激しい雨が襲ってくることを知っていたのか、知らなかったのか分からないが、いずれにしても後半の立ち上がりに勝負をかけた判断は大正解だった。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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