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本当なら、3月最後の週末はインターナショナル・マッチ・ウィークであり、日本代表のワールドカップ予選(ミャンマー戦、モンゴル戦)や東京オリンピックを目指すU−23日本代表の強化試合があったはずだ。僕も、「まだ行ったことのない国」であるモンゴル旅行を楽しみにしていたのに……。
しかし、新型コロナウイルス(COVID−19)の感染拡大はさらに世界的に拡大を続けており、すべての大陸で代表ウィークの日程がキャンセルとなり、各国国内リーグも中断。Jリーグも未だに再開されず、4月末にはJ3リーグから順次再開を目指しているとはいうが、これからの見通しも覚束ない状態が続いている。
そんなわけで、3月中はとうとう試合を見ることもできずに“自粛の日々”を過ごし、暖かい日を選んで千鳥ヶ淵や家の近所の公園で桜を観ただけの、きわめてのどかな1か月間であった。
そんな中、先日は『ディエゴ・マラドーナ 二つの顔』という映画の試写会に招かれて六本木まで行ってきた。『アイルトン・セナ 〜音速の彼方へ』や『AMY エイミー』といった映画で知られるアシフ・カバディア監督の作品だそうだ。
マラドーナといえば、アルフレード・ディ・ステファノ、ペレ、リオネル・メッシと並んで、史上最高の選手たちの一人である。「誰がナンバーワンか」というのは、誰にもこたえられない難問ではあるが、僕にとっては何といってもマラドーナだ。
ディ・ステファノはまったく観戦の機会がなく、古い時代の選手だけに映像でも2、3試合しか見たことがない。ペレは映像ではずいぶん見たけれど、生では晩年の試合を何試合か見たことがあるだけだ。
それに対して、マラドーナとメッシはまさに自分と同時代の選手で、ユース代表の時代からワールドカップの晴れ舞台まで、何度も何度も生で観戦している。
とくに、マラドーナは1960年生まれというから、僕より8歳下ということになる。
マラドーナのことを初めて知ったのは、1978年のアルゼンチン・ワールドカップを観戦に行った時に、現地の人たちから「最後まで代表候補に入っていた17歳の天才少年がいる」と聞いた時のことだった。そして、なんとその翌年に日本で開かれたワールドユース・トーナメント(現・U−20ワールドカップ)ではマラドーナがU−20アルゼンチン代表のメンバーとして来日し、圧巻のプレーを見せてくれた。
以後、1982年のスペイン大会から1994年のアメリカ大会まで、ワールドカップではいつもマラドーナのアルゼンチンを中心に観戦してきたし、地元のブエノスアイレスでも何度かマラドーナの試合を見てきた。
まさに、同時代を生きていたわけで、僕にとって最も思い入れの強い選手だ。
ドリブルの技術などはおそらくメッシの方が上なのだろうが、ゲーム全体の流れを見通して、敵味方のすべてをコントロールする戦術眼、いや「戦術眼」という言葉を超越する「洞察力」という意味ではマラドーナの方が上なのは間違いない(ディ・ステファノやペレについては、なにしろ生で観戦する機会がなかったり、少なかったりするので、評価のしようがない)。
そのマラドーナが最も輝いたのは代表レベルでは1986年のメキシコ・ワールドカップだった(あの大会では、僕はアルゼンチンの全7試合をスタジアムで観戦した)。そして、クラブレベルで彼が最も輝いたのがSSCナポリ時代だった。
それまでは、イタリアでは中堅のチームだったナポリだが、マラドーナが加入した1984/85年シーズンから7シーズンの間にセリエAで2回優勝、コッパ・イタリア優勝1回という黄金時代を迎えたのだ。そもそもイタリアのサッカー界では貧しい南部のチームが優勝することすら、珍しいことなのだった。
その原動力となったマラドーナは、ナポリでは神のような扱いを受けた。
だが、何の教育も受けずにいきなり神格化されてしまった20歳代の若者の心は次第に蝕まれていたのだ。ナポリを本拠とするマフィア組織「カモッラ」に利用されて薬漬けになり、また、マラドーナの息子を出産した女性が名乗りを上げるなど女性スキャンダルにも巻き込まれる。
そして、1990年のワールドカップでは地元優勝を狙っていたイタリア代表が準決勝でなんとマラドーナのアルゼンチンに敗れてしまったのだ。しかも、運命の悪戯だったのか、イタリア対アルゼンチンの試合会場となったのはナポリだった。
ナポリの市民はもちろん母国イタリアを応援するのだが、同時に北部の都市とは違ってマラドーナに対する同情心も働いており、ナポリっ子の心は引き裂かれ、そしてイタリアが敗れたことによってナポリを含むイタリアの国民はマラドーナに怒りの感情を向けるようになっていく。女性問題や麻薬の問題、脱税など様々なスキャンダルが追求され、マラドーナはイタリアを追われてしまう。
映画が焦点を当てるのは、このナポリの街でディエゴ・アルマンド・マラドーナという青年が、ディエゴという純朴な人格とマラドーナという神格化された公的な人格に引き裂かれていく過程を追っていく。
幼少時代のお宝映像から始まって、ナポリ時代のクラブ会長などのサッカー関係者はもちろん、元妻のクラウディア・ビジャファネと愛人で“息子”を生んだクリスティアーナ・シナグラのロングインタビューすら交えて、マラドーナのナポリ時代を克明に追っていく。
「ピッチ上のマラドーナがなぜ神なのか?」については、僕も語ることができる。だが、彼の私生活についてはまったく何も知らない。そんなマラドーナの苦悩のナポリ時代を振り返る映画だっただけに、同時代を生きてきた者の一人として、ついつい僕は涙腺を緩ませてしまったのだった。
映画は6月5日(あ、僕の誕生日だ!)から全国でロードショーとのことである。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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