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2020東京パラリンピックの入場券の申し込みが始まった。目標は「フルスタジアム」、つまりすべての競技でスタンドを満席にすることだそうだ。
まあ、実際問題として、パラリンピックの「フルスタジアム」の実現は難しいかもしれない。なにしろ、陸上競技など巨大スタジアムで行われる競技もあるのだから。そして、残念ながらパラスポーツの多くはわれわれ一般人には(スポーツ好きにとっても)馴染みのないものが多いだろう。
僕は、まあサッカー関係の仕事をしているので、ブラインド・サッカーは年に数回は観戦しているが、申し訳ないが他のパラスポーツを実際に観戦したことがない(ボッチャは体験させてもらったことがある)。
それでも、もし可能なのであれば、ぜひ「フルスタジアム」は実現させてほしいし、僕も入場券を申し込もうと思っている。オリンピックもそうだが、パラリンピックも、まだ馴染みのない競技に接するには最高の舞台だ。
「フルスタジアム」といえば、間もなく開幕するラグビーのワールドカップも、メイン会場である東京スタジアム(味の素スタジアム)や横浜国際総合競技場(日産スタジアム)では、ほぼすべての券種が売り切れているようだ。
僕は、ラグビーのトップリーグの観客動員などを考えて、大会直前になれば別だが、入場券は楽に入手できるだろうと思っていたが、見通しが甘かったようで、何度も公式サイトにアクセスして、ようやく数枚の入場券を手に入れることができた。数万円の、かなり高額なラグビーの入場券が早々と売れているのは驚くべきことだ。
そして、2020東京オリンピックの入場券は、ご承知の通り非常に多くの申し込みがあって、多くの人が落選の憂き目を見たという。こちらの大会は「フルスタジアム」間違いなしなのだろう。
「2020年に東京でオリンピックを開催する意義」というのは僕には今でもわからないし、東京の真夏の暑さの中でこんな大会を開催するのは無謀だと思う。また、後利用計画も定まらないまま巨大スタジアムを建設したり、大腸菌のウヨウヨいる海でスイミングをすることの是非とか疑問だらけではあるが、入場券の売れ行きを見れば、国民の関心度が高いことは間違いない。
それは、やはり日本でスポーツ文化(スポーツを観戦する文化)が根付いていることの証拠であり、それは喜ぶべきことだ。
たとえば、56年前の1964年の東京オリンピックのことを思い出してみよう。
当時は入場券が売れるのは一部の人気競技だけだった。1964年大会の入場券で抽選という方法が採用されたのは開会式と閉会式だけで、もちろんネットなどというものはないから(まだ、一般家庭では固定電話がない家も多い時代だった)、抽選申し込みは往復はがきによるもの。その他の競技の入場券はまず整理券を配布し、整理券と引き換えに窓口で購入する方法だった。クレジットカードもない時代だから現金払いである。そして、整理券の配布は不人気競技から始まり、第1回はサッカー、ヨット、武道(公開競技)、ボート。最後が陸上競技だった。つまり、サッカーは最低の超不人気競技だったわけだ。
実際、サッカーの入場券はあまり売れなかったので、小学校、中学校、高校の生徒たちが動員されて「オリンピック見学」と称して連れていかれてスタンドを埋めた。
僕も、東京の新宿区内の小学校に通っていたから開会式翌日のサッカー、ハンガリー対モロッコ戦に連れていかれた。これが、僕のサッカーとの出会いであり、東京オリンピックがなかったら、サッカー・ジャーナリストになることなどなかっただろう。
スタンドの大きな国立競技場での試合で入場券が余るのは仕方がないとしても、約2万人収容の駒沢陸上競技場で行われた日本対アルゼンチン戦(日本が歴史的な勝利)でも入場券はさっぱり売れず、当時の写真を見るとスタンドは制服を着た生徒たちで埋まっている。
サッカーだけではない。1964年当時の日本人は、見るスポーツとして馴染みがあったのはプロ野球、大相撲、プロボクシングにプロレスくらいなものだった。その他は、すべてが初めて見るスポーツだったのだ。
そして、その1964東京大会から半世紀以上が経過した現在、サッカーは超人気種目の一つとなったし、その他の競技も申し込みが殺到している。
スポーツ先進国であるヨーロッパやアメリカを除いて、これだけスポーツ人気が高い国はあるまい。たとえば、2002年の日韓共催のワールドカップで、韓国の会場は韓国代表の試合以外は空席が目立ち、日本人のファンで日本国内の試合の入場券が手に入らなかった人たちの多くが韓国に渡って観戦した。自国の選手以外の試合でも高い入場券を払ってでも観戦するという文化は、アジアでは日本だけのものだ。韓国でも、中国でも、あるいはスポーツに力を入れている中東の湾岸産油国でも、多くの人は招待券などでスタジアムに入場するのが普通のことだ。
いや、スポーツだけではない。最近の日本では、コンサートなどでもライブの入場者が増えているそうで、コンサート会場となるアリーナの不足が言われている。
スポーツでも、コンサートでも、「入場料を払ってでもライブで楽しもう」というのが今の日本人なのだ。そうした“文化”にお金を使うことができる日本人。高度経済成長の夢は遠い過去のこととなり、経済的格差が人々を切り裂いている。そんな時代ではあるが、文化に対する支出が増えている日本の社会はまんざら悪い社会ではないのかもしれない。
後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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