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現在、アラブ首長国連邦(UAE)で開催されているアジアカップ。24か国参加と拡大された今回の大会の大きな特徴に、アジア各国にワールドクラスの有名監督が付いていることだ。イランのカルロス・ケイロス(元名古屋グランパス監督。アレックス・ファーガソンの下でマンチェスター・ユナイテッドのアシスタント)や韓国のパウロ・ベント(元ポルトガル代表監督)のような強豪国はもちろん、たとえばフィリピンのようなアジアの中でも弱小の部類に入る国でも、スヴェン=ゴラン・エリクソン元イングランド代表監督が指揮を執っていたりするのだ。
そんな大物の中でも、やはり最大の大物(過去の人?)は中国代表のマルチェロ・リッピではなかろうか。
僕は、かつてセリエAの解説をしていた当時にリッピにとても親近感を感じていた。試合中に僕がこの辺りを修正すべきだと感じて、そんな話をしていると、リッピはだいたいそのあたりを修正してきたのだ。それで、「この監督は、僕の感覚と似ている」と一方的に思ったのだ。もちろん、その修正のやり方は僕の想像を超えた方法だったことが多いが……。
そのリッピも、中国代表監督としての契約を更新しない意向と伝えられている。そうなると、リッピを生で見る機会もなくなってしまうかもしれないので、僕はグループリーグ最終戦の中国と韓国の試合を見に行った。その当時、僕はアルアインに泊まっていたので、アルアインから中韓戦の行われるアブダビまで片道2時間半のバスで往復したのだ(試合が行われたアルナヒヤン・スタジアムはアブダビのバス・ステーションのすぐ隣にあるので便利)。
試合は、韓国が2対0で余裕で勝利した。そして、リッピ監督は記者会見場に現れると「韓国とはあらゆる意味で大きな差がある。相手がメンバーを落としたりしてくれなければ勝つのは難しい」と、まるで中国人記者に言い聞かせるようなことを延々と語っていた。
中国は前半は4-1-4-1、後半は3-4-3とシステム変更して戦っていた。日本だったら誰かが真っ先に質問するはずだが、中国人記者はそんなことはあまり興味がないようだ。それで、僕が手を挙げて質問してみた。すると、簡単にその意図を説明した後、「でも、韓国は戦術でどうこうできる相手ではないんだよね」と、ちょっと自虐的なことを言っていた。
そう、韓国と中国の戦力差は大きい。いや、「韓国と中国」というより、アジアでは日本、韓国、イラン、サウジアラビア、オーストラリアの「5強」とその他の差が大きいのだ。どの大会でも、必ずのようにこの5カ国が上位を占める(ロシア・ワールドカップにも、やはりこの5カ国が出場している)。
この試合、すでに両国とも2勝0敗でグループリーグ突破を決めた後の、いわゆる消化試合だったが、韓国もあまりメンバーを落としてこなかった(日本代表の森保一監督が、最終ウズベキスタン戦でメンバーをほぼ全員入れ替えたのとは対照的に、である)。リッピ監督は韓国がメンバーを落とすことを期待していたかもしれないが、片道2時間半のバスに揺られて見に行った身にとっては「本物」に近い韓国を見られたので大変にありがたいことだった。
そして、韓国が孫興民(ソン・フンミン)も先発させていたのには、はっきり言って驚かされた。
なにしろ、この試合が行われたのは1月16日だったが、その3日前の1月13日にはトッテナム・ホットスパー所属の孫興民はウェンブリーでマンチェスター・ユナイテッド戦にフル出場していたのだ(0対1でマンチェスター・ユナイテッドの勝利)。常識的に言えば、消化試合では温存しておいて、決勝トーナメントから使うべきだろう。しかし、パウロ・ベント監督は試合前日の夜には「先発起用」を決めていたのだという。
それにしても、なんとタフなことであろう。
孫興民は、昨年秋のアジア大会にも韓国(U-23+オーバーエイジ)に参加。見事に金メダルを獲得して、兵役免除を勝ち取った。そして、アジア大会終了後にはそのままフル代表の親善試合にも出場し、トッテナムでも主力扱い。つまり、代表とクラブでフル回転しているのだ。
大韓蹴球協会とトッテナムとの交渉の結果、アジアカップには第3戦から出場することになったのだが、イングランドからUAEまでは、本国の韓国までと比べて距離が短いとはいえ長距離移動があるのは事実。しかも、真冬のロンドンから移動した直後では25度くらいとはいえ、暑さの影響も大きいはず。それでも、孫興民は89分までプレーしてみせた。
さすがに後半に入るとかなり疲れの表情を見せたものの、それでも前半12分にはペナルティーエリア内でうまくファウルをもらってPKを獲得。黄儀助(ファン・ウィジョ=ガンバ大阪)のゴールにつなげた。そして、51分にはCKを蹴って、金敏在(キム・ミンジェ)のゴールをアシストした。
韓国はトップに黄儀助、右に黄喜燦(ファン・ヒチャン)、左に李青龍(イ・チョンリョン)を置き、孫興民はトップ下だが、フリーマンとしてあらゆるポジションに絡んだ。
韓国は黄色喜燦やハンブルガーSV、李青龍はボーフムと、ともにブンデスリーガ2部で活躍する選手たち。23歳の黄喜燦から30歳の李青龍まで、若手、中堅、ベテランがそろったバランスの良い攻撃陣を形成しているが、そんな中でも、そしてかなりの疲労があるコンディションをでも、孫興民の存在感は圧倒的だった。例えば、黄儀助は点を取るスペシャリストだが、孫興民はまさに万能で、自らゲームを組み立て、自らフィニッシュにも顔を出す存在。PKを獲得した場面でも、うまく接触プレーを作り、大げさではない程度にレフェリーにアピールするあたりはさすがの老獪さである。
現在ヨーロッパ各国のクラブでは多くのアジア人プレーヤーが活躍しているが、その中でもプレミアリーグ上位トッテナムの主力を張る孫興民は圧倒的な存在となっている。韓国代表では奇誠庸(キ・ソンヨン=ニューカッスル・ユナイテッド)が負傷してチームを離脱してしまった。プレミアリーグで上位争いを繰り広げるトッテナムの首脳陣は、孫興民があまり酷使されないように、そして、無事にチームに戻って来られるように祈るような気持ちだろう。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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