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日本一を告げるホイッスルが耳に届いた瞬間。気付くといつの間にか涙が頬を伝っていた。「なんかもう現実か夢かわからなくて、優勝した嬉しさもありましたし、一気に3年間の重みというか、背負っていたものやプレッシャーから全部解放されて、涙が勝手に出てきました」。冬の全国を制した青森山田不動の右サイドバック。2番を背負う橋本峻弥が辿ってきた3年間は、自らと向き合い、自らに打ち勝つ日々の連続だった。
もともと2つ上の兄に当たる恭輔が通っていた青森の名門へ、入学するつもりはなかったという。親からも違う進路を勧められていた経緯もあり、沖縄は那覇西高校の練習に参加する。沖縄県内では選手権の常連でもあり、間違いなく随一のサッカー強豪校。橋本も海を渡る決意を固めつつあったが、兄からある一言を掛けられる。「本当に全国を目指したかったらウチの高校がいいぞ」。14歳の心は揺れる。
すると、そのタイミングで青森山田から練習参加の声が掛かる。「いろいろと考えたんですけど、練習に行って、環境も良かったので青森山田へ行くことを決めました」。日本最南端の地ではなく、本州最北端の地へ。「青森には絶対行かないと思っていた」橋本少年は、兄と同じ高校へと入学することになった。
「兄は普通のチーム練習の後に1人でジョギングして疲労を取ったり、筋トレしたりと、チームの中でも意識の高い選手だったんです」。3年生には廣末陸と高橋壱晟のプロ内定選手やキャプテンの住永翔、卒業後は年代別代表にも選出される三國スティビアエブス、2年生には翌年に神戸へ入団する郷家友太など、世代屈指のタレントが揃う中でも、一緒のグラウンドに立つことで、改めて兄の凄さを実感する。
結果的にその年のチームは高円宮杯プレミアリーグEASTを制し、勢いそのままにチャンピオンシップも制覇。さらに高校選手権でも頂点に登り詰め、全国二冠を達成する。“二冠目”を埼玉スタジアム2002のスタンドから見届けていた橋本は、ただただ憧れに近い眼差しでピッチを見つめていた。「本当に優勝した瞬間は『さすがだな』というか、優勝してもおかしくないチームだったので、『やっぱりな』と思いましたし、あの時の景色を見て『自分もこうなりたい』って思ったんです」。1年で2度も日本一に輝いた兄や先輩たちを見て、自らの未来にも期待感が増していく。ところが橋本の行く手に立ちはだかった障壁は、ピッチ内よりもピッチ外でのそれだった。
「自分は生活面でやらかしてしまうことが多くて、本当にサッカーできない時期が何回もあったんです…」。苦笑しながら思い出す1,2年時。いろいろな面で“やらかして”いたが、特に多かったのが寝坊。「次はやらないって思うんですけど、それを繰り返していて…」。2年生も終盤を迎えた頃。変わらない日々に業を煮やした黒田剛監督は、橋本に厳しい言葉を投げ掛ける。
「『もういらない』って監督に言われました。『人間が変わるのには何十年も掛かる。オマエはもう変わらないだろ』って」。新チームが立ち上がろうとするタイミングでの一言は、激しく胸に突き刺さる。「正直チームに必要とされていなくて、コーチにも仲間にも必要とされていないように思えて、本当に悔しかったんです」。16歳の冬。橋本は大きな人生の岐路に立たされていた。
この地へ来た意味を考える。この地へ送り出してくれた親の想いを考える。兄があれほどまでに高い意識でサッカーに取り組んでいた理由を考える。まさに後がなくなるギリギリのタイミングで、橋本はようやく本当に自分を変える決意を固める。
「まずは簡単なことですけど、寝坊をしないために“アラームをちゃんと何個も掛ける”とか、そういうメチャクチャ単純なことなんですけど、自分にとってはとってそれが難しかったので、そこから意識しました」。一つずつ。一つずつ。一歩ずつ。一歩ずつ。メチャクチャ単純なことから改めていく。
4月8日。高円宮杯プレミアリーグEAST開幕戦。スタメン表には3年生になったばかりの橋本の名前が書き込まれていた。ポジションは本職だったセンターバックではなく、右サイドバックに変わっていたが、「“バック”なのでヘディングは負けないように意識して」必死にタスクをこなし続ける。終わってみれば前年王者のFC東京U-18に4-0と快勝。以降のリーグ戦。出場停止の2試合とメンバーを大きく入れ替えた最終節を除いて、全てのゲームで橋本は右サイドバックとして、ピッチに立ち続けることになる。
実は“出場停止”は、リーグ戦と別の大会が影響していた。進境著しい埼玉の昌平と対峙したインターハイ2回戦。青森山田は2点を先制したものの、まさかの3失点で逆転を許してしまう。そんな後半のアディショナルタイム。焦りからか、あるプレーに対して異議を唱えた橋本に、主審が提示したのはレッドカード。いわゆる“暴言”による一発退場。下った処分がリーグ戦での2試合出場停止だった。
それでも黒田監督は180分間の“みそぎ”が解けた一戦で、再び橋本をスタートから右サイドバックの位置へ送り出す。かつて『もういらない』と言われた男は、指揮官からの確かな信頼を勝ち得るまでに成長していた。逆サイドでチームの最終ラインを共に担ってきた豊島基矢は、橋本についてこう語ってくれている。「峻弥は全然変わりました。自分も結構低い方なんですけど、1,2年生の頃の峻弥は群を抜いて意識が低い方だったのに(笑)、新チームになってからはスタメンとしての自覚が芽生えて、意識改革がしっかりできていたので、峻弥は欠かせない仲間です」。
1月12日。高校選手権準決勝。2年前にはスタンドから見つめていた埼玉スタジアム2002の芝生へ、橋本は足を踏み入れる。「高速道路から埼スタが見えた時はデカくて、本当に緊張したんですけど、ピッチに入ってみたら意外と今日は視野も広かったんです」。尚志に先制点を奪われ、いったんは勝ち越しながら再逆転される展開の中、「失点しても全然負ける気がしなくて、チームを信じて、仲間を信じることができました」と橋本は90分間を振り返る。
3対3と撃ち合った末に、もつれ込んだPK戦。6番目か7番目のキッカーだったという橋本は、その状況をあえて楽しんでいた。「PKの時も自分はメッチャふざけてて、リラックスしてました。みんな結構緊張していたんですけど、ガチガチになったら絶対外すんで、ケネ(三國ケネディエブス)が外した時も自分は楽しんでいましたし、仲間を信じてやりました」。橋本まで順番は回ることなく、5人目で登場した1年生の藤原優大がきっちりゴールネットに突き刺し、チームはファイナル進出を手繰り寄せる。
「初めての埼スタだったので、気持ちが一番入った試合でしたし、いつもよりは良いプレーができたかなと思います」。続けた言葉が頼もしい。「兄は日本一を2回獲っているんですけど、2回獲るということは偶然ではなくて、自分はまだたまたま決勝に来ただけです。次の埼スタで勝って、そこからが大事だと思うので、今は別に特別な想いはないですね」。監督へ。チームメイトへ。そして家族へ。感謝を最高の形で表わすためのラストマッチが幕を開ける。
最後の相手は流通経済大柏。先制されたが、怯まなかった。橋本、二階堂正哉、三國ケネディエブス、豊島。いつもの4人が並ぶディフェンス陣から、2失点目は絶対に与えないという執念がワンプレー、ワンプレーに滲み出る。「自分が左を見たらいつも3人がいて、キツい時も波に乗っている時もいつも一緒にいたメンバーなので、『こうすればコイツがこうなる』とか全部わかっていますし、そこは信じ合えたかなと。今日は本当に朝から負ける気がしなかったので、みんなで会話をしながら『冷静に行こう』と、失点しても『落ち着いていこう』という雰囲気でやれました」。檀崎竜孔が同点弾と逆転弾を叩き込み、ジョーカーの小松慧がダメ押しの3点目を記録する。少しずつ、少しずつ、その時が迫ってくる。
日本一を告げるホイッスルが耳に届いた瞬間。気付くといつの間にか涙が頬を伝っていた。「なんかもう現実か夢かわからなくて、優勝した嬉しさもありましたし、一気に3年間の重みというか、背負っていたものやプレッシャーから全部解放されて、涙が勝手に出てきました」。一度は諦めかけた夢が、現実のものとして目の前に広がる。監督へ。チームメイトへ。そして家族へ。感謝を最高の形で表現した、かつて『もういらない』と言われた男は、3年間を共有してきた仲間と歓喜を爆発させ続けた。
決勝の試合前。橋本は兄とLINEで会話を交わしていたという。「自分が『ちょっと緊張しているけど、全然負ける気がしない』と言ったら、『じゃあ今日のお前は行けそうだな』ってやりとりはしました。嬉しかったですね」。日本一に輝く兄弟を持った家族の喜びはいかばかりか。とりわけ“2人目”の紆余曲折を知れば知るほど、その価値の有する大きさが窺い知れる気がしてならない。
春になれば新たな目標へ向かって行く日々がスタートする。「日本一は通過点というか、優勝してもここで終わらず、大学卒業後はプロになれるように、4年間は充実した生活ができるように心がけたいですね」。冬の全国を制した青森山田不動の右サイドバック。2番を背負う橋本峻弥が辿ってきた3年間は、きっとここからの彼が歩む道を明るく照らしてくれる、かけがえのない時間として輝き続けていくはずだ。
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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