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「クラブ(マインツ)が高いお金で出したいっていうのは分かりますけど、今はワールドカップに集中したいので、特に移籍のことは考えず、とにかく1試合でも多くプレーしたいと思いますし、日本のために勝利につながるプレーを心がけたいと思ってます」
2018年ロシアワールドカップ期間中、自らに言い聞かせるようにこう発言し続けていた武藤嘉紀。しかし彼の中では長年の夢であるイングランド・プレミアリーグへのステップアップは悲願だったに違いない。その夢がついに叶おうとしている。7月27日に古豪・ニューカッスルが公式HPでマインツとの間で基本合意に達し、武藤自身がメディカルチェックを済ませたことを発表。あとは労働許可証の取得を待つだけの状態になった。
その労働許可証の取得が日本人選手にとっては一番ハードルの高いテーマで、過去にもその壁に阻まれた選手が何人かいた。が、武藤は2015年夏からドイツ・ブンデスリーガでプレーし、66試合出場20得点という一定の成績を残している。加えて、日本代表として国際Aマッチ25試合出場2得点。ロシア大会にも逆転でメンバーに滑り込んでいる。こうした実績と移籍金14億円超という金額が評価され、労働許可証が取得できる見通しという。
すでに本人は現地に渡って、合流準備をしていると見られるが、武藤が参戦すれば、18-19シーズン・プレミアリーグで戦う日本人が3人に増える。チャンピオンシップで戦う井手口陽介(リーズ)を含めると、日本人選手にとってのイングランドの重要度がより一層高まることになる。
ニューカッスルは16-17シーズンの1年間はチャンピオンシップ降格を余儀なくされたが、1年でプレミア復帰を果たし、17-18シーズンは10位でシーズンを終えた。ラファエル・ベニテス監督率いる昨季は4-2-3-1をベースにしていて、チーム最大の得点源はトップ下に入って8点を挙げたアジョセ・ぺレス。彼に続くのが6得点のドワイト・ゲレル、4得点のホセルだった。この3人は揃って残留し、さらにフラムにレンタル移籍して昨季12ゴールを挙げたアレクサンダル・ミトロビッチも復帰することになった。このFW陣に武藤が参戦するとなれば、熾烈なサバイバルが繰り広げられることになるだろう。
ただ、武藤のよさは1トップのみならず、攻撃的なポジションを柔軟にこなせること。4-2-3-1であれば左右のサイドアタッカーにも入れるし、トップ下の位置で1トップとタテ関係のトップも形成できる。ベニテス監督にとっては使い勝手のいい存在になれるはずだ。慶応大学卒業のインテリジェンスも強みで、英語でのコミュニケーションはほぼ問題がないはず。
イングランドは言葉の問題にぶつかる選手が少なくないが、武藤の場合は全く心配しなくていい。加えて、フィジカル的な能力が高いから、タテに速いスタイルにも十分適応できるに違いない。日本代表の中でもフィジカルテストの成績がダントツに高かったという武藤なら、屈強なDF陣に対して体を張ったプレーもできるし、競り合いにも挑める。スピードもあるから裏に抜けるような仕事もこなせる。多彩な要求に応えられるポテンシャルを備えた人材なのだ。
ロシアワールドカップでは第3戦・ポーランド戦(ボルゴグラード)に先発。マインツかつイングランドの先輩・岡崎慎司(レスター)と2トップを組んだが、想像以上のプレッシャーを感じて本来のよさを出し切れなかった。シュートを打つべきところで打たず、逆に打たなくていい場面で強引に行ってしまうような判断ミスが目立ち、本人も不完全燃焼感が強かったはずだ。その悔しさを晴らし、さらなるステップアップを果たすためにも、新たな環境が必要だった。FC東京時代にチェルシーから正式オファーを受けた過去もあるだけに、本人にとってもイングランド行きはたっての願いだった。そのチャンスが巡ってきたのだから、自分自身の才能を大きく開花させなければならない。
その動向次第で、森保一新監督率いる新生日本代表での扱いも変わってくる。現段階ではロシアで絶対的1トップに君臨した大迫勇也(ブレーメン)がファーストチョイスだが、武藤のプレミアでの活躍次第ではその序列が変わる可能性も少なくない。年齢的には武藤の方が2つ若く、4年後のカタールワールドカップを29~30歳という脂の乗った時期に迎えられるアドバンテージもある。彼自身もロシアで味わった屈辱を晴らすためにも、この4年に勝負を賭けてくるはず。その一歩としてニューカッスルでの今季は非常に重要になる。
まずは労働ビザ取得待ちだが、正式にサインをしたら、8月11日のトッテナム戦から開幕する新シーズンに向け、猛アピールをすることが肝心だ。合流から時間がないだけに、いきなり出場機会を得るのは難しいかもしれないが、やはり新天地では最初が大事。そこはマインツ時代にも痛感した点だろう。その経験を生かしてイングランドでいいスタートを切ることに集中することを彼には強く求めたい。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。
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