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このブログについて

プロフィール写真【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引き込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。 「栗村修の"輪"生相談」では、日頃のライドのお悩みからトレーニング方法、メンタル面の相談など、サイクリストからの様々な相談にお答えしております。栗村修に聞いてみたい、相談してみたいことを募集中。相談の投稿はこちらから。

2022年11月02日

【輪生相談】選手・観客の安全確保のために、栗村さんが必要だと考える対策や実際に行われているものについて教えていただけますでしょうか?

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ツール・ド・フランスで最初に思い出すのは昨年初日の落車事故(オピオミ事故)です。あの事故は見ていましたが本当にショックでした。多くの選手がケガ・リタイアする事になったのも非常に残念ですし、事故に至るまでの経緯を見ていても「なぜこんな事で選手がケガをしなきゃいけないんだ」という、怒りや失望を感じました。あれ以来、自転車レースが以前のように楽しめなくなったと感じます。山岳コースで観客が選手に群がるようなシーンは見ていられずに視聴を止めてしまう時もあります。いっそ無観客のほうが落ち着いて観戦できるのですが、コロナ禍が落ち着いて来た事もあり、沿道の応援は(悪い意味で)以前の熱気を取り戻し始めていると思います。もう少し安心して自転車レースを楽しめるようになりたいです。選手・観客の安全確保のために、栗村さんが必要だと考える対策や実際に行われているものについて教えていただけると幸いです。

(会社員 男性)

■栗村さんからの回答

栗村さん

僕は、自転車業界の人間としては少数派だと思うのですが、ここ数年は安全についてやかましく発信してきました。そして質問者さんがおっしゃる通り、この競技は常に事故と隣り合わせです。ツール・ド・フランスから日本国内のレースまで、連日のように事故が起こり、けが人や、時に死者まで出ています。

質問者さんが怒りや失望を感じるのは当然の感覚だと思いますよ。多くの落車事故が発生しながらも通常運行されている、世界の自転車界のほうがある意味で感覚が麻痺しているといえます。あるいは価値観が古いと言うべきでしょうか。他のスポーツでも選手の安全が重視されている時代なのに、防具は未だに軽いヘルメットだけ。あとはほとんど裸同然ですし、みなスピードを上げることばかり追求しています。何よりも、それをおかしいことだと思う人が少ないのが現状です。

ヴィンゲゴーとポガチャルの走りに熱狂する沿道の観客たち

もちろん僕も人のことは言えません。かつては落車して流血しながら走っている選手を「カッコイイ」と思ったし、落車リスクを含めての競技だと思っていました。でも、それは令和の今はもう通用しないんですね。

僕の価値観の変化は、歳をとりリスクを客観視できるようになったこともありますが、それよりも、続々と入ってくる事故のニュースと、「ロードバイクの素晴らしさや楽しさを広く伝えたい」という自分の気持ちとの間に亀裂が入りはじめたことが最も大きな理由でした。これはかつて、ドーピングスキャンダルなどでチームや選手が平気で嘘をついているのをみた時にも抱いた感情です。

それに、時代が進むにつれて悪化している面すらあります。クロモリのフレームに手組のホイールだった時代と比べて、今のロードバイクは圧倒的に軽く速いわけです。さらに、レースの密集度は上がっています。なのに乗り手は裸同然。事故が多発し怪我人が続出するのも当然です。さすがにそろそろ、考え直すタイミングだと思うんですけどね。

さて、質問者さんが主に念頭に置いているのは観客と選手との接触です。接触事故のリスクを下げるためには観客と選手を完全に切り離すか無観客にするしかありません。

もちろん、これらを実施すると現在の形の「ツール・ド・フランス」は消滅すると思います。まず200kmの公道ラインコース(しかも総距離3,500km)を完全にセパレートすることはA.S.O.の力をもってしても不可能でしょう。また、沿道のお客さんあっての経済効果を見込んでお金が集められているので、無観客は現実的ではありません。そもそも生活道路を使わせてもらっているので、その意味でも無観客にはできないと思います。

一方、山頂フィニッシュのコースなどはやろうと思えば比較的簡単に規制はかけられると思うので、この部分は主催者かUCIがリスクとのバランスをどう考えるかになってきます。その意味では、たとえば「ツール・ド・フランス」の各ステージをすべて周回コースにすれば、観客の管理は十分に可能となるはずです。

もう少し現実的な対策としては、自転車の安全装置やプロテクター付きウェアなど選手たちの体を守るための手段の整備や、レーススピードを落とす工夫、選手をロボットのように扱う高度なチーム戦術の解体など、やれることはたくさんあると思います。今の選手は監督からの指示を受けて道路幅一杯で必死に位置取りしているので、ちょっとしたことでも落車が起きるわけです。

現状、世界の自転車ロードレース界でそういうことを考える様子があまり見られないのがとても残念です。モータースポーツでは、速度を落として安全性を増す工夫がいろいろとなされているのに......。

でも、質問者さんのような感覚を持つファンやサイクリストが増えていけば、UCIや各メーカーも変わらざるを得なくなるので、そういう声が、少しずつこの競技を変えていくかもしれません。そして、世界のロードレース界がより安全を優先する様になれば、一般サイクリストもその恩恵を受けられるはずです。

文:栗村 修・佐藤 喬

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