輪生相談

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このブログについて

プロフィール写真【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引き込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。 「栗村修の"輪"生相談」では、日頃のライドのお悩みからトレーニング方法、メンタル面の相談など、サイクリストからの様々な相談にお答えしております。栗村修に聞いてみたい、相談してみたいことを募集中。相談の投稿はこちらから。

2021年10月21日

【輪生相談】どうしたらひとつのことに夢中になれるのですか?

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"輪生相談、いつも楽しく拝見させていただいています。ロードレースとは関係ない質問なのですが、栗村さんに是非お聞きしたく質問させていただきます。
不惑になりますが、これまで人並み以上にいろんなことにチャレンジしてきましたが、未だに心から夢中になれることに出会えません。栗村さんは若い頃からロードレース一筋とお見受けしますが、どうしたらそれほどひとつのことに夢中になれるのですか?ぜひご意見をお聞かせいただきたいです。
末尾になりましたが、コロナ禍で大変な中、例年以上に熱いロードレース中継をしてくださり、J SPORTSサイクルの皆様には感謝しております。これからも頑張ってください!"

(自由業 女性)

栗村さんからの回答

栗村さん

今回は「輪生相談」を超え、「人生相談」の域に達するご質問ですね。

「ひとつのことに夢中になれる」はたしかに幸せなことですが、一方で、外部要因により一時的になにかに夢中になれたとしても、夢からはいつか必ず覚めてしまいます。最終的に本当の意味での幸福感を得られるかどうかは、自分の心次第なのだと思います。

実は僕も、50歳を目前にして質問者さんと同じ悩みに直面しています。皆さんから見た僕は、今も昔も変わらない自転車一筋男かもしれませんが、年齢と共に立場も仕事も変わってきて、正直言うと、「熱中度」も変化しています。

大人になっちゃった、とでも言うべきでしょうか。たまに思います。高校生活を投げ出してフランスに渡った10代のころの情熱を取り戻したいって。あの頃の僕は、すべてを投げうってでもシャンゼリゼにたどり着きたいと、本当に思っていました。魔法にかかっていたような日々でしたね、今思うと。まさにドーパミン、ドバドバ状態でした。

ですが僕は、ご存じのように、シャンゼリゼにはたどり着けずに30歳で引退します。それからも自転車のために人生を捧げているつもりではありますが、10代のころのような目に見える熱量はないかもしれません。

休養から復帰し「自転車の楽しさを再発見できた」と語ったトム・デュムラン

「夢中になれることに出会えない」とありますが、夢中って簡単じゃないですよね。プロのロードレーサーもそうで、たとえばトム・デュムランなんかも少し前、燃え尽き症候群になって休養をとったことがニュースになりました。あれほどの超一流選手でも、夢中でい続けるのは難しいんです。

今回のご質問には、「夢中になりづらくなる、あるいは夢中になれないことは悲しいことだ」という、書かれていない前提があるように思います。たしかにそうかもしれません。でも最近の僕は、別の見方もするようになりました。

夢中になってる時って、むしろ「ネジが外れている」状態な気がするんです。かつての僕のようにスポーツに熱中したり、あるいは恋愛もそうですよね。もう追いかける対象しか見えなくなるわけです。

しかし人間はどんな刺激にも慣れてしまいます。そうやってプログラミングされています。もし意中の相手と仲良くなれたとしても、その熱はいつかは冷める日が来ます。その「相手」がスポーツであっても同じことですよね。夢中は文字通り「夢の中」なわけです。

恋愛をしたり、スポーツに夢中になったりと、情熱を傾けられる対象に出会えることはたしかに素晴らしいことです。かつて自転車に情熱的な恋をした一人として、それは断言できます。あの日々はある意味で幸せでした。

しかし、夢中になる対象を外に求めてしまうと、ほとんどのケースでその先に失速が待ち受けています。じゃあどうすれば良いかというと、見落としがちな「内」を再発見してみてはどうでしょう。

素敵なあの娘、最新型のロードバイク、より高い出力、レースでの成績......そういった外部の刺激を追いかけるのが人間社会でもありますが、一方で、もっと内面的な幸せに目を向けるという選択もあるんです。実は我々の身の周りには「静かに夢中になれるもの」がたくさん転がっています。それらは自分で気付こうとしないと気付けないものばかりですが......。

さっき例に挙げたデュムランは、無事、休養から復帰してレースに戻ったわけですが、その時に面白いことを言っていました。「僕は今回のことで自転車の楽しさを再発見できた」と語ったのです。

どんな夢中になれることでも、それを闇雲に追求し続けていくと、最悪、デュムランにとっての自転車のように苦行になってしまいます。

デュムランが戻ってこられたのは、最新型のロードバイクを与えられたからでもなく、最新のトレーニング方法に出会えたからでもなく、契約金を上積みされたからでもありません。

自転車に乗れること、自転車で競争できることという、原点の幸せにもう一度気付くことができたからだと思います。

きっと、デュムランはもう夢中ではないと思います。引退という、選手にとっての寿命がみえてきた今、一日一日を、そして1レース1レースを、感謝しながら大切に噛み締めつつ走っているように感じます。

質問者さんは夢中になれないことが物足りないようですが、実は、もともと成熟タイプの人間なのかもしれません。「夢中」とは、一時的に用いる一種のブースターみたいなものです。しかし、人類全体が常に外部要因による夢中状態に陥ったら、それはそれでとても危険な状況のようにも感じます。

デュムランが「気付けた」ように、質問者さんもご自身が持っている幸福に気付くことができれば、自分の人生そのものに夢中になれるかもしれませんね。

そして、自転車は若者の情熱にも応えてくれますが、落ち着いた大人の、人生を再発見する旅にも付き合ってくれるでしょう。

文:栗村 修・佐藤 喬

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