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このブログについて

プロフィール写真【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引きずり込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。

栗村修の日常 2012年06月25日

生粋のアシストの勝利

しゅ~くり~むら by 栗村 修
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photo(c):Tatsuya.Sakamoto/STUDIO NOUTIS

昨日、群馬サイクルスポーツセンターにて開催されたJPT第8戦の『第46回JBCF東日本ロードクラシック』に於いて、宇都宮ブリッツェンの発起人であり、チームキャプテンを務める廣瀬佳正選手が、20年の競技人生に於いて初となるメジャーロードレースでの優勝を飾りました。

廣瀬選手は若い頃からその高い身体能力を評価される一方で、彼を形容する言葉というのは、『優れたアシスト選手』、『エースが欲しがる脚質』など、エース格の選手を支える“縁の下の力持ち”的な表現ばかりでした。

更に、廣瀬選手は自らが仕えるエース選手たちの勝利を心から喜ぶことのできる生粋のアシスト気質の選手です。

2008年の全日本選手権ロードで野寺選手が優勝した際も、レース中盤の追走で力を使い果たしてリタイアした廣瀬選手は、ゴール地点で野寺選手のフィニッシュを待ち、そしてまるで自分のことのように野寺選手の勝利を喜んだのです。

今回、初優勝を飾り、事務所に戻って少し落ち着いてから廣瀬選手が口にした言葉がとても印象的でした。

『自分が優勝するとどうしていいかわからない…』

『正直、長沼や、辻、中村、そして増田などが優勝した時の方が嬉しかった…』

廣瀬選手にもっとエゴがあれば、もっと早くに、そしてよりたくさんの勝利を手にしていたかもしれません。しかし同時に、宇都宮ブリッツェンというチームが生まれることもなかったかもしれません。

本場欧州でも、アシスト一筋だった選手が勝利を手にしたレースというのは、美談として長く語り継がれることがあります。

生粋のアシストの勝利。

勝利はいつでも特別ですが、昨日の勝利は宇都宮という街にとって特別な一歩となることは間違いないと思います。

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[2008年の全日本で集団を引く廣瀬選手。左から土井選手、鈴木真理選手、廣瀬選手、別府選手]
photo(c):Kurimura

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[2008年の石川ロードでは狩野選手と二人で飛び出し最後は心からエースの勝利を喜ぶ廣瀬選手]
photo(c):Kurimura
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