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サイクル ロードレース コラム 2023年10月11日

【ジャパンカップサイクルロードレースを走るスーパースター:ジュリアン・アラフィリップ】2度の世界王座、衝撃のマイヨ・ジョーヌマジック。フランス国民の夢を背負う「本能の走り」の体現者

サイクルNEWS by 福光 俊介
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ジュリアン・アラフィリップ

ジュリアン・アラフィリップ

10月13日から15日の会期で開催される、アジア最高峰のワンデーレース「ジャパンカップサイクルロードレース」。2023年大会は第30回記念でもあり、長きにわたってサイクルロードレース界が、そして開催地・栃木県宇都宮市が築いてきたジャパンカップのレガシーを、いま一度世界へと高らかに発信する機会でもある。

いまや世界でも一目置かれるレースとなったジャパンカップ。その背景には、本場ヨーロッパのレースにも引けを取らない難易度と、日本人が大切にする“おもてなしの心”が存在する。レースを走った誰もが「また走りたい」と口にし、それに比例するように多くのトップライダーが来日、真剣勝負を繰り広げてきた。

第30回記念大会にも、「スゴイ」選手たちがやってくる。そこで、2回に分けてわれわれが注目すべきビッグネーム(大物ライダー)を紹介し、その強さやバックボーンである人間性や競技姿勢にフォーカスしてみたいと思う。

今回は、ジュリアン・アラフィリップ(スーダル・クイックステップ)。過去2回世界王者となり、ツール・ド・フランスなどの世界最高峰のレースでも大活躍する、フランス自転車界の至宝である。

レース詳細ページ

2度の世界王者がジャパンカップにやってくる!

レース開催地・宇都宮で9月13日に開かれた、ジャパンカップ開催の記者発表。その席で明らかになった1つの話題に、会場が、そして日本中が、驚いた。

スーダル・クイックステップ、ジュリアン・アラフィリップ ジャパンカップ出場

繰り返すが、ジャパンカップは日本が世界に誇るアジア最高峰のワンデーレースだ。アラフィリップクラスの選手が出場することは、なんら不思議ではない。ただ、世界の頂点に君臨し、毎年のようにツール・ド・フランスでは主役争いに加わる男だ。そんなロードレース界のスーパースターが、シーズン最終戦の場に日本を選んだのである。驚きと同時に、その選択にファンは感動し、世界を制した走りを一目見たい……そんな思いに駆り立てられる。ジュリアン・アラフィリップには、人々を惹きつける大きな魅力があるのだ。

2014年にプロライダーとしてのデビューを果たし、早くから世界の一線級と肩を並べて走るようになった。それでいながら、大事なレースではあと一歩のところで勝利を逃すことも多く、ビックタイトルに縁のない時期が続く。

転機は2019年シーズンだった。ワンデーレース(1日で完結するレース)最高峰の1つ、ミラノ~サンレモ(イタリア)で優勝。格式高きレースをモノにすると、同年のツール・ド・フランスで世界を驚かせる。第3ステージを勝ってマイヨ・ジョーヌ(所要時間の合計が最も短い選手に着用資格が与えられるスペシャルジャージ)に袖を通すと、14日間それを守り続けた。

ツールを制するには、平坦・丘陵・山岳・タイムトライアル(ひとりずつコースへ出て走行タイムを競う種目)すべてでハイクオリティの走りが求められる。どれかひとつに特化しているだけでは勝てないし、極端なウィークポイントがあっても勝てない。アラフィリップは山岳やタイムトライアルをさほど得意としていないが、このときばかりは驚異的な粘りを見せて、最後まで優勝争いに加わった。その姿は「マイヨ・ジョーヌマジックの典型例」にも挙げられ、ツールのトップを走ることで持っている以上の力を発揮できる不思議な魔力に憑りつかれたと、関係者やファンは目を見張った。

結果的にそのときのツールは勝てなかったけど、「トップ・オブ・トップ」の地位に彼が就いたことは誰もが認めた。翌2020年には、これまたワンデーレースの最高峰であるロード世界選手権を制覇。1日勝負のレースを勝つには、攻撃すべきタイミングを読む瞬時の判断力と、ライバルを引き離す圧倒的なパワーとスピードが求められる。それが冴えに冴えたアラフィリップは、2021年も勝って2連覇。自転車競技は毎年世界選手権を行っており、意味合いとしては「その年の世界王者を決める戦い」である。とはいえ、国を挙げての対抗戦である点でいえば、サッカーW杯や野球世界一決定戦のワールドベースボールクラシック(これらは4年ないし数年おきの開催かつチームスポーツではあるが)にあたると見ることができる。アラフィリップは、名実ともに世界の頂点に立った。

強さと優しさを表す美しいエピソード

レース後に優しい表情でカメラに目を向けるアラフィリップ

レース後に優しい表情でカメラに目を向けるアラフィリップ

彼のパーソナルな部分にも触れてみたい。

1992年6月11日にフランス中部の街・サン=タマン=モンロンで生まれ(現在31歳)、幼少期はミュージシャンである父親の影響で音楽の世界に傾倒していく。そのレベルは“耳コピ”ができるほどで、地元の夏の風物詩であった音楽祭では即興でステージに立つことがお決まりだった。

誰もが父の跡と継ぐと期待し、それに応えようと3年ほど音楽学校に通ったけど、“本能”頼りの音楽センスはソルフェージュには適さなかった。やがて指導者にも教えを放棄され、何度か転校を強いられた。プロライダーとなってから当時について聞かれた彼は「音楽学校で学べることはなかった」と振り返っている。

ただ、“本能”は別の局面で生かされた。いとこの影響で始めた自転車が彼の潜在能力を引き出した。当初は感覚だけでも勝てていたが、あらゆる経験を通じて「自転車脳」や「勝負勘」が養われていった。プロデビュー前には、年代別の世界選手権で早々に独走に打って出て逃げ切りを図るも、あえなく撃沈……なんてこともあった。そんな失敗も糧にして、強さとたくましさを身につけていく。ここぞという場面で見せる猛烈なスピードアップや、接戦を制する勝負強さは、若き日々に築き上げられたものである。

大いなる力には、大いなる責任が伴う。ありとあらゆる場面で用いられるフレーズだが、それを体現するのも彼の強さであり、優しさである。

前述した、大活躍の2019年ツール・ド・フランスでのこと。ある日のステージを終え、取材対応を行っていたアラフィリップの耳に、「誰か上着を貸してくれないか」との声が聞こえてきた。レース後に突然振り出した雨の中に、半袖シャツ1枚で震えている子供の姿が見えた。おろおろとする周囲をよそに、ごくごく自然に着るものを差し出したのが彼だった。貸した上着は、表彰台で受け取ったばかりのマイヨ・ジョーヌ。偉大なチャンピオンであるだけでなく、美しい人間性も兼ね備えていることを示すエピソードである。

実弟も数年前までプロを目指すライダーで、自身のレースがない日はできるだけ弟の走りに立ち会い、励まし続けた。私生活では、フランスのレース解説者で、ツール・ド・フランス ファム(女性版ツール)のレースディレクターでもある元選手のマリオン・ルッスさんと2021年にパートナー関係に。翌年には長男が誕生。現在はフランスの隣国・アンドラ公国を拠点としている。

ここ一番で頼るべきは“本能”!さあ、どこでアタックする!?

世界王者の証アルカンシェルを着て2017年のツール・ド・フランスのステージ勝利を飾った

世界王者の証アルカンシェルを着て2017年ツール・ド・フランスでステージ勝利

プロになりたての頃は、「将来的にはツール・ド・フランスを勝てる可能性がある」と言われ、クライマー(急峻な山岳の上りを得意とする選手)として育てるべきだとの声も多かった。ステージレース(数日かけて総合成績を争うレース)で意識的に総合優勝争いに飛び込んだこともあったし、ツールを制するまであと一歩まで行った。

ただ、やっていくうちに「ワンデーレースでの適性」が明確になり、みずからも短期決戦に魅力を感じていった。本人いわく「ステージレースは集中力が持たない」。

さあ、アジア最高峰のワンデーレース・ジャパンカップで持ち前の登坂力とパワー、スピードは発揮されるだろうか。彼の走りで注目すべきは、古賀志林道での上りアタック(急激にスピードを上げてライバルを振り切る攻撃)と、ダウンヒルテクニック(下りを巧みに走る)、独走力、そしてスプリント(フィニッシュ前の勝負)。状態が万全であれば、これらをフルに発揮して優勝に近づくはずだ。きっとどこかで、“本能”が頼りになる。

初出場のジャパンカップ。キャリアの1ページに新たなタイトルを刻むことができるだろうか。日本での一戦が、キャリアの、人生の、大きなターニングポイントになるかもしれない。

文:福光 俊介

福光 俊介

ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う

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