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サイクル ロードレース コラム 2011年5月11日

【ジロ・デ・イタリア2011】第4ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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誰もが彼のことを考えていた。216kmをただ静かに走り続けた206人の選手も、プロトンを背後で支えた関係者も。コース沿道で拍手を送った観客も、ジロを迎え入れたイタリアも、もちろん世界中でTV中継を見守っていた自転車ファンも。プロトンが追悼走行に費やした約6時間、自転車を愛する全ての人間がひとりの自転車選手の死を嘆き、そして祈り続けた。

ジロ・デ・イタリアは立ち止まらなかった。前夜イタリアにかけつけたウェイラントの家族が、所属チームのレオパード・トレックや大会開催委員会にレース続行を懇願したという。「われわれチームはスタートする。ウェイラントの家族の意思を尊重するために、そして自転車界全体と悲しみを分かち合うために」と、この日の朝、チームマネージャーのブライアン・ニガードは宣言した。また多くの自転車関係者が、口々にこんなコメントを残した。「天国のウェイラントは、きっとレースを続けて欲しいと思っているに違いないんだ。だって自転車レースこそが彼の情熱であり、彼の人生だったんだから」

だからプロトンは走った。ウェイラントの情熱を引き継ぐために。黙祷を捧げ、黒い喪章を腕に巻いて。あくまで順位やポイントが成績に一切反映されないノーコンテストステージだったが、スタートラインからフィニッシュラインまで、休むことなくペダルを漕ぎ続けた。しかも前夜マリア・ローザを獲得したデーヴィット・ミラーの発案のおかげで、パレード走行は流れるように執り行われた。レオパード・トレックを除く参加全22チームが、前日までのチーム総合最下位(エウスカルテル・エウスカディ)から最上位(ガーミン・サーヴェロ)へと降順に、プロトン前方を牽引。1チームあたり10〜15kmに渡って先頭を走ることで——時速30〜35kmを守りつつ——、つまり全てのチームに、亡き友へオマージュを贈る時間が与えられた。

1995年ツールでファビオ・カザルテッリが亡くなった翌日も、プロトンは成績のつかないニュートラル走行を選んだ。モトローラチームの選手たちが横一列になってフィニッシュラインを越えるシーンは、残酷な落車事故のイメージと共に、人々の記憶に残されている。2003年のパリ〜ニースで、アンドレイ・キヴィレフが落車の犠牲となった翌日もまた、静かな追悼ランであった。ちなみに1995年は事故3日後にチームメートのランス・アームストロングが、パリ〜ニースでもやはり3日後に親友のアレクサンドル・ヴィノクロフが、故人に捧げる勝利をつかみ取っている。またキヴィレフの事故がきっかけで、プロ自転車界はヘルメット着用義務化へと動いた。ただし、ヘルメットをかぶっていても、防げない事故もある。前日の我々は、痛いほど思い知らされた。

ラスト5kmに差し掛かったところで、レオパード・トレックが静かに集団先頭へと進み出た。大会に残された8選手のうち、クイックステップで3年を共にしたダヴィデ・ヴィガノ以外は、ウェイラントのチームメートだった期間はわずか4ヶ月ほどしかなかった。心から分かり合える友となるには、おそらく時間は足りなかった。だからこそ、ワウテルの「友であり、ライバルであり、トレーニング仲間であり……、むしろ、いわゆる兄弟だった」タイラー・ファラーを、チームの隊列に暖かく迎え入れたのだろう。

「欧州自転車文化を心から理解したい」と常々願っているアメリカ人のファラーは、自転車シーズン中は、欧州でも最も自転車熱の高いベルギーのヘントに拠点を構えている。そのヘントで生まれ育ち、しかもたったの3ヶ月しか誕生日の違わないウェイラントとは、ごく自然に親交を深めていったはずだ。走りながらも、あふれ出る涙を止めることができないファラーは、この日の夜、ヘントへ帰る。ウェイラントの家族や近しい友人達と、悲しみを分かち合うために。

レオパード・トレックの8人とファラーが、肩を抱き合ったまま、同時にフィニッシュラインを越えた。観客の拍手と、聖堂の鐘の音が、ただ厳かにプロトンを包みこんだ。翌日第5ステージからは、ジロは、いつも通りの激しい戦いを取り戻す。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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