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サイクル ロードレース コラム 2017年6月7日

【ツールに恋して~珠玉のストーリー21選~】死の淵から蘇った男の逆襲ーー。自転車界に革命をもたらした男の物語

ツールに恋して~珠玉のストーリー21選~ by 山口 和幸
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※本企画は2017年に実施されたものです。予めご了承ください。

世界中の自転車ファンを魅了して止まないTour de France。男たちの激闘の裏に隠されたHUMAN DRAMAに僕らは胸を打つ。ここに紡ぐ珠玉のストーリー21選があなたに届くとき、聞こえるのはきっと、ツールへの恋の予感。

【STAGE 05】史上最速男、グレッグ・レモン(アメリカ)

100年をはるかに超えるツール・ド・フランスの歴史の中で最もドラマチックなフィナーレが演じられたのが1989年。その主役は1986年に米国選手としてツール・ド・フランスを初制覇したグレッグ・レモンだった。

レモンの選手生活は波瀾万丈なものだった。初優勝した年のオフシーズン、余暇の狩猟中に仲間の散弾銃が暴発して胸に50発もの弾丸を受け、生死の境をさまよった。1989年に復帰するものの、すでに28歳。ベルギーのADRという弱小チームとしか契約できず、5月のジロ・デ・イタリアではさんざんな結果に終わった。「レモンはもう終わりだ」とだれもがそう思ったはずだ。

そのジロ・デ・イタリアで圧勝したのがフランスのローラン・フィニョン。ツール・ド・フランスに絶好調で乗り込み、5年ぶり3度目の総合優勝をねらっていた。

その年は1789年のフランス革命から200周年にあたり、7月14日の革命記念日にはパリの式典で当時のミッテラン大統領が「ツール・ド・フランスではフィニョンに勝ってほしい」と発言した。フィニョンはその言葉に勢いづいたのか、勝負どころのアルプスでマイヨジョーヌを獲得。総合2位で追うレモンに50秒差をつけて最終日に臨んだ。

最終日はベルサイユからパリ・シャンゼリゼまでの24.5km個人タイムトライアルだった。

フィニョンは50秒の貯金をもって最終走者としてスタートしたが、2分前にスタートしていたレモンが驚異的なスピードで飛ばした。レモンはトライアスロン選手が使うダウンヒルバーを駆使し、流線型のヘルメットを着用。欧州ロード界で異端視されたそんなスタイルだが、スピードは確実に速かった。そして平均時速54.545kmでフィニッシュ。競技距離が短かったこともあるが、現在も破られていない史上最速記録だ。レモンはゴールするとヘルメットを脱いでフィニョンのタイムを待った。

「2分50秒後にゴールできなければフィニョンはこのツール・ド・フランスを失う」。シャンゼリゼの実況が怒号にも似たアナウンスをすると、観客から金切り声が聞こえた。凱旋門を折り返したフィニョンが必死にゴールを目指す。しかしフィニョンがゴールしたのは2分58秒後だった。総距離3285kmの激闘の末に、レモンがわずか8秒差で大逆転劇を演じた。

今日にも残る史上最僅差。最終日の逆転劇は1947年のロビック、1968年のヤンセンに次ぐ3回目の出来事だった。

「猟銃事故に遭ったときは、自転車に乗ることだって無理だと思っていた」とレモンはシャンゼリゼの表彰台でこうコメントしている。

レモンは2カ月後の世界選手権も制して2度目の世界チャンピオンに。ツール・ド・フランスでも翌年に2年連続3回目の総合優勝を達成した。これまで西欧選手ばかりだったロードレースの世界に、米国のみならず東欧、旧ソ連、オーストラリアなどの選手が相次いで参入するきっかけとなった。ダウンヒルバーも自転車競技に浸透し、1年後には使用しない選手は1人もいなくなった。

その走りはあまりにも劇的で、自転車界の常識さえ塗り替えてしまった。

代替画像

山口 和幸

ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、Number、Tarzan、YAHOO!ニュースなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。2013年6月18日に講談社現代新書『ツール・ド・フランス』を上梓。青山学院大学文学部フランス文学科卒。

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