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バドミントン男子シングルスの桃田賢斗(NTT東日本)
もう一度、五輪の舞台に立つ。バドミントン男子シングルスの桃田賢斗(NTT東日本)は、険しい道を前に、歩みを進める決意を示した。
「やっぱり、1回(五輪に)出てみて、あの試合には違う緊張感とか思いをすごく感じたので、あの舞台にもう一度立ちたい気持ちはあります」
桃田がインタビューで五輪への思いを吐露したのは、4月11日。一部の日本代表選手の取材機会が設けられた場だった。2018、19年の世界選手権を優勝した桃田は、前回の東京五輪で金メダルの筆頭候補になったが、前年の交通事故から復調できないまま大会を迎え、失意の1次リーグ敗退に終わった。以降も国際大会で何度も初戦負けを喫するなど、9割超の勝率を誇った19年の無敵モードからは考えられないほど苦しんでいる。取材当日に更新された世界ランク(以下、世界ランクは4月11日時点のもの)で、桃田は日本勢4番手の21位。五輪レースが終わる24年4月30日の世界ランクで同一国から2人以上が16位以内に入れば、日本は最大出場枠2を得るが、日本勢2番手以内に入らなければ五輪の切符はつかめない。厳しい状況は、百も承知。桃田は、どのように五輪出場を目指すのか。
「今は二十何位。もちろん余裕もないですし、厳しい戦いになるのは、重々、分かっています。五輪レースの中でも、シードの選手を何回も倒さないと自分に流れが来ない。うまいこと行くわけない。でも、そこで逃げるのは簡単ですけど、年齢的にも五輪レースを戦えるのは最後になるんじゃないかなと思っているので(五輪に)出れる、出れない(どちら)にしても、自分が納得できるような戦いができたらいいなと思っています」(桃田)
22年後半からずっと、桃田はトップアスリートとしての期限を意識する発言をしている。
■崖っぷちからのスタート
前回の東京五輪は、レース前から世界ランク1位を堅持した。五輪出場は、確実。問題はメダルの色だと見られていた。しかし、今回は、大きく状況が異なる。五輪レースの対象となる国際大会の多くは、シングルス32名で行われる。都度、最新の世界ランクを基準に出場権が決まるため、世界ランクが20位台であることは、後退すれば、五輪レースで大きく順位を上げるために必要なビッグトーナメントにエントリーすることが難しくなる可能性を含んでいる。桃田のパリ五輪レースは、崖っぷちからのスタートだ。
さらに、今回は日本勢同士の競争が激しい。前回は、桃田がダントツ。常山幹太(トナミ運輸)と西本拳太(ジェイテクト)の2番手争いだった。しかし、今回は、新たな選手が加わる。取材日に同じ会場で行われたダイハツジャパンオープン(9月、東京=以下、ジャパンOP)の記者会見に男子シングルスから登壇したのは、21歳で世界ランクを5位まで上げてきた奈良岡功大(FWDグループ)。世代交代の波も押し寄せている。パリ五輪出場への障壁は、明らかに高い。その中で、桃田は逆襲の手がかりをつかもうとしている。
■守備型から攻撃型への変化に挑戦
男子シングルスの桃田賢斗(NTT東日本)
這い上がる手がかりは、プレースタイルの変化だ。東京五輪後、桃田は「復活」を目指していた。事故以前の桃田は、抜群のコントロール力を宿したレシーブが最大の武器。相手にコート奥から強打を打たせ、ネット前に返球。前に走らされて対応が遅れる相手から主導権を奪うスタイルだった。しかし、事故後は相手の強打を拾えず「打たせている」はずが「打たれている」状況に変わってしまった。周囲から「守ってばかりいないで攻めるべきでは?」と見られるようになったが、東京五輪から1年後の昨夏、東京で行われた世界選手権で2回戦敗退を喫した際も、桃田は「スマッシュは自分の持ち味ではないと思う」とプレースタイルの変更に否定的だった。
しかし、翌週のジャパンOPも1回戦敗退と厳しい結果。同年秋の欧州遠征をキャンセルして国内に留まった桃田は、12月の全日本総合選手権に出場して優勝したが、「打たせる」から「打たせない」にプレースタイルが変わっていた。強打を打とうとすると体勢に無理が生じる球を相手コートに送った。そして、23年3月のドイツOPでは、自分が上から打つラリーを多く展開。日本代表が主戦場とするBWFワールドツアーの大会はスーパー500以上で、ワンランク下のスーパー300の大会ではあったが、西本を破って準決勝に進出。プレースタイルを変えようとしているというよりは、考え過ぎず、シンプルにプレーした結果だと言う桃田だが「守ってばかりだと、今の自分が持っているものでは厳しい。こっちが攻撃することで、相手も十分な体勢で打つことは少なくなる。そういう場面を増やしていければ。前のプレー(スタイル)をずっと引きずっていても、何も生まれない。また新しい自分のスタイルを(作って)、前の自分を超えて行けるように、プレーが出来たらいい」と活路を見出すためにラリーの狙いを変えていることを明かした。
■スタイル変化で生まれる課題の解消が浮上のカギか
攻撃的なスタイルと言えば、スマッシュなど速くて強い球をイメージしがちだが、桃田の場合は違う。好調時はレシーブのアンダーハンドストロークで見せていたコントロールを、オーバーハンドを多用する攻撃的なラリーの中で生かす形だ。強打と思わせ、足が止まる相手に対し、ネット前へスッと落ちる球で主導権を奪う。桃田は「スマッシュで決めるというよりは、落下地点に早く入る。ネット前もそうですし、後ろの球も、自分が落下地点に早く入ることで相手も狙い球を絞れなくなる。そこでちょっとずつタイミングを外して、長い試合に持って行って、ずっと自分が主導権を握るようなプレーが理想」と進化形を描いた。ただし、強打も交えなければ、コート前方をケアされて速い返球を狙われる。強打した場面でカウンターを狙われる場面もあり、まだ新スタイルでの勝ち方を探っている段階だ。ドイツOP準決勝では、中国の新鋭リー・シフェンに0-2で完敗。続く全英OPは、初戦で敗れた。新しいスタイルに挑戦する中で生まれる課題を解消していくことが、浮上のカギになりそうだ。
後がない状況での、難しい挑戦だ。だが、冒頭に紹介した、2度目の五輪出場を目指す気持ちの表現には、続きがある。
「あの舞台にもう一度立ちたい気持ちはありますけど、そんな先も見ていられないので、できることを一つひとつ、やっていけたらいい。もう、考え過ぎて、自分を苦しくさせるのもいいかなと。しんどいことばかりですけど、その中でも自分なりの楽しみ方を見つけて行けたら、また変わって来るんじゃないかと思っています」
難しいと分かっていることに挑戦する。大人になれば、苦しいばかりの道に見えるが、その道に輝く目で挑んだ時もあったはず。スタイル変更を主とした試行錯誤を楽しめるか。世界ランク20位台、日本勢4番手。誰の目にも困難に映るスタートから、桃田は2度目の五輪出場を目指す。
平野 貴也
1979年生まれ。東京都出身。
スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集・記者を経て、2009年に独立。サッカーをメーンに各競技を取材している。取材現場でよく雨が降ることは内緒。
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