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世界王者になっても変わらないな、という印象だ。バドミントン女子シングルスの山口茜(再春館製薬所)は2021年12月にスペインで行われた世界選手権で初優勝を飾った。山口がいつも言うのは、試合を見てくれる人への思いだ。世界一について聞けば「実感はないです」、世界王者として見られることについて聞いても「それは、分からないです」とはにかむばかりだが「周りの人が自分のことのように喜んでくれるのが一番嬉しい」と、そこだけはニコニコしながら話す。しかし、期待に応えることが喜びであれば、それがかなわないときの悲しみもある。
メダル獲得が期待された東京五輪が2大会連続のベスト8に終わった点をどう捉えているか、22年シーズンをどう過ごしたいと考えているか。世界ランク1位を破った世界選手権の決勝戦の手応え、これから目指すプレースタイルも含めて話を聞いた(取材日:12月23日)。
山口茜選手
――世界選手権の優勝、おめでとうございます。タフなシーズン、お疲れさまでした。世界選手権を優勝した直後は、まだ実感がないと話していました。帰国して、ファンの方々のメッセージなどにSNS等を通じて触れる機会もあると思います。少しは世界一になったことを実感できている部分はありますか
山口:ありがとうございます。帰国してもまだ隔離期間があって、そんなに落ち着いてはいないですけど、少しはホッとしています。ただ、まだ人に直接会っていないから、実感が沸いてこないのかなと思いますけど、SNSでファンの皆さんに「おめでとう」と言ってもらったりとか、知り合いとやり取りをする中で、自分のことのように喜んでくれる人が身近にたくさんいたりするので、それが一番嬉しいなと今は思っています。
■「終わり良ければすべてよしとは……」
――21年の下半期は、男女混合スディルマン杯、女子団体ユーバー杯で東京五輪の金メダリストに2連勝。日本女子シングルスのエースとして活躍し、個人戦でも欧州2大会と世界選手権を優勝と素晴らしい成績でした。当地では「団体戦から始まったのが良かった」と話していましたね
山口:五輪が終わった後は、前回の2016年リオデジャネイロ大会の時よりも、結果を受け入れるのが難しく、次、という気持ちになり辛かったです。五輪から次の試合まで(約2カ月)期間は空きましたけど、自分のモチベーションが高いわけではない……気がしていて、個人戦だったら、あまり良いプレーができなかったかもしれないと思います。でも、団体戦は、エースかどうかは関係なく、やっぱり仲間がいるので、簡単に諦めることはできません。スタッフも一番勝つ可能性があると思ってオーダー(起用)を組んでいると思います。(支え合う仲間のいる)団体戦だからこそ、前向きにできたこともたくさんあったので、それが個人戦にも良い感じでつながって行ってくれたのかなと思います。
――少し気になっているのは、東京五輪のことです。期待される中でメダルを獲得できなかったショックは、やはり大きかったのかなと思います
山口:うーん、その時やれることは十分にやったつもりではあるので、仕方がないと言えば、仕方がない部分はすごくあると感じています。ただ、リオの時は、五輪に合わせて準備してきたというのではなく(勝ち続けて世界ランクが急激に上がり)急に出られるようになったという感覚もあったので、ベスト8で満足するところもありました。また、次は東京大会と決まっていたこともあり、次はそこまでにもっと成長しようという気持ちを持てました。でも、東京五輪までの時間は、延期もあって(長かったし)、リオからしっかり積み上げてきたものもありました。その中で、頑張ったとはいえ……というところがあったので、そこがなかなか、難しいところだなと思います。
山口茜選手
――今シーズンを総括するコメントで「最後に世界選手権を優勝できたからと言って、終わり良ければすべてよしとは言えないのかなと思ってしまう」と話していたのも、五輪の結果が引っかかっているという意味合いと受け止めました
山口:そうですね。やっぱり、そこが一番……。「終わり良ければすべてよし」とまとめてしまいたいところではありますけど、なかなか、そうもいかないのかなと。周りの人は「今年の最後、世界選手権で優勝できて良かったね」という感じで接してくれていますし、それは良かったと思っていますけど、自分の中では、五輪で期待に応えられなかった悔しさは、まだまだ残っています。
■東京五輪後の新たな戦い
――しかし、五輪の後は、ずっと安定して好成績でした。新たな収穫もあったのでは?
山口:以前は、連戦の中で、気持ちが続かなくて1回戦や2回戦で連続して負けたり、プレーが良くないときに切り替えられなかったりすることが結構あったのですが、今回はそういうのがなくて、プレーがうまく行かないときでも、思い切ることができるようになってきたと思います。ただ、会場でのシャトルの飛び具合によって、あまり考え過ぎずに気持ちよくプレーできる時と、そこばかり気にしてコントロールできない時の差が、まだ激しいなとも感じています。戦術などを考えて対応できるようになってきているのかなとは思いますけど、もう少し対応できたらと思います。21年の下半期でも欧州(デンマークオープン、フランスオープン、スペインで開催された世界選手権を優勝)では良かったと思いますが、インドネシアの3大会では調整が難しくて、相手との戦いだけでなく、自分との戦いを加えてしまった印象です。
――下半期の個人戦では、6大会中5大会で「韓国の新星」安洗塋(アン・セヨン)選手と対戦しました。彼女の印象を聞かせてください。彼女をはじめ、2024年パリ五輪に向けて、新しい相手も出てきたと感じますか
山口:アン・セヨン選手は、ラリー力とディフェンス力が高くて、ミスが少ないので、点数を取りに行く部分では難しさを感じる選手です。若いというか、新しい選手も一気にというわけではないですけど、少しずつ伸びてきているのかなと思います。これまでみたいにトップ選手がほとんど負けないという状況は、少なくなってきているのかなと思います。
山口茜選手
――同じ相手との対戦が多かった中、世界選手権の決勝戦は、東京五輪の銀メダリストで世界ランク1位の戴資穎(タイ・ツーイン=台湾)選手を相手に良い勝ち方ができたと思います。約2年半ぶりの対戦でしたが、どういったプランだったのでしょうか
山口:すごい久しぶりの対戦でしたし、世界ランクもずっと1位で、常に決勝に残ってくる選手。楽しんでやれたと思います。相手は、長いラリーでコントロールをする戦い方ではなく、自分から崩しに来るプレースタイル。こちらの足を止めるようなネット前へのショットが上手いです。だから、自分から先に仕掛けていったり、相手の仕掛けに早めに反応してしまうと(逆を突かれて)自分が後手になったり、ストップ&ゴーのフットワークになって体力を奪われたりしてしまうので、まずはいかに崩されないか。しっかり見て(出足が遅れても)食らいつくイメージでやっていました。ただ、打ち下ろしてくる球や攻撃的な球が多い選手なので、それを(狙ってカウンターで攻めて)逆手に取らないとチャンスがないかなと思っていたので、そういう意味では、前の方でのタッチは早くできていたのかなと思います。
――山口選手は、理想像を作って目指していくタイプではなく、目の前の課題に対して少しずつアップデートする成長を考えていくタイプですが、今の自分の課題は?
山口:正直、何も固まってはいないです。下半期は、コンスタントに良い成績を残せて、良いプレーをできる機会も多かったと思っているので、今は、それが来年になっても継続できたら良いなと思っています。もしも自分が身長の高い選手で、打ち下ろすショット一発で決められたらいいなとか、考えたことがないわけではないですけど(笑)、結局、現実的には、今、自分が持っているものしか出せません。それなら、これができるという自分の一つのスタイルしかできなくなるより、相手に対応して何でもできる、誰にでも合わせられる選手が、一番強いのかなと思っています。
――今は、相手に合わせ切れていない?
山口:五輪で敗れた試合では、相手(長身のP.V.シンドゥ=インド)のプレーに合わせ過ぎて、相手の得意な展開のまま最後まで進んでしまいました。強打をレシーブはできていたのですが、相手にプレッシャーがかかる場面が少なかったと思います。逆に、今回の世界選手権では、プレーのリズムは相手に合わせつつ、相手が嫌なラリーを長くできました。この辺が、どれだけうまくできるかが重要だと思っています。
山口茜選手
――22年シーズンは、所属チームの拠点である熊本で開催されるS/Jリーグが初戦。世界王者になって、久々に日本のファンの前でプレーできる機会になると思います
山口:熊本開催は楽しみですけど、世界チャンピオンとして、というのは、まだよく分かりません(笑)。21年下半期の大会も、インドネシアは無観客で、欧州はお客さんがいたのですが、やっぱり、お客さんがいる方がモチベーションが上がって、結果も良かったですし、日本でお客さんが入った中でプレーできたら、すごく楽しみです。映像で見るのと、生で見るのとはやっぱり違うと思いますし、見てくれる人に自分のプレーを楽しんでもらえたらと思います。
――まだ21年シーズンが終わったばかりですが、22年は東京開催の世界選手権もあり、再びバドミントン日本代表が注目されるシーズンになる可能性もあります。どんなシーズンにしたいですか
山口:21年の下半期はコンスタントに良い成績を残せましたし、良いプレーをできる機会も多かったと思うので、それを22年も継続できたら良いなとは、思っていますけど、今後、どうしていきたいか、というのは、正直、何も固まってはいないです。まだまだ、コロナ禍の状況がどうなっていくのか分からないので、あまり先のことは考えず、まずは、出られる試合でベストを尽くして、プレーもより楽しんでもらえるようなものにしたいと思います。もちろん、日本で世界選手権もあるので、結果の面でも、今回の世界選手権のように、応援してくださる方々に喜んでもらえるのは嬉しいので、そういう結果を残していければいいかなとは思います。
平野 貴也
1979年生まれ。東京都出身。
スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集・記者を経て、2009年に独立。サッカーをメーンに各競技を取材している。取材現場でよく雨が降ることは内緒。
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