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習作としての《チャーリーに捧ぐ》2つのポイント | 町田樹のスポーツアカデミア 【Archive:フィギュアスケート・ザ・マスターピース】 エチュードプロジェクト徹底解説
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部町田樹のスポーツアカデミア
皆さん、スポーツアカデミアへようこそ。シーズン4の第2回目となる今回は【Archive:フィギュアスケート・ザ・マスターピース】をお送りいたします。この番組では、競技成績だけでは語りきることのできないプログラムの美質や魅力について徹底解剖していきます。
実は、私は、今年の7月にエチュードプロジェクトという新しい試みを始めました。このエチュードプロジェクトとは、誰もがいつでもどこでも無許諾で滑ることができるユニバーサルアクセスなフィギュアスケート作品を提供するものであり、従来の慣習にとらわれず、共有財としての作品を創作することが趣旨となります。そして、このプロジェクトの第1弾として、私たち制作陣は「チャーリーに捧ぐ」という作品を創作しました。今回の番組では、エチュードプロジェクトの仕組みや理念を徹底解説した上で、この「チャーリーに捧ぐ」というプログラムの醍醐味を語っていこうと思います。
習作としての《チャーリーに捧ぐ》2つのポイント
習作ポイント1:技術面
第1の習作ポイントは、すでにお話ししたように、チャーリーことトウループジャンプを練習するためのプログラムになっているということです。トウループというのは、3種類の導入方法があります。一つ目がモホーク、二つ目がスリーターン、そして三つ目がインスリーです。私が選手だった頃はモホークのエントランスでトウループジャンプを跳んでいました。この「チャーリーに捧ぐ」という作品ではモホークとスリーターンの2種類の方法のジャンプが組み込まれています。
・滑る足を右足から左足に置き換えてターンをするモホーク
・片足でターンして数字の3を描くように滑るスリーターン
この2つの導入によるトウループジャンプを習得できるプログラムになってます。
インスリーの導入というのは、現代ではほとんど見られませんね。1970年から80年代にかけて結構多くのスケーターがインスリーでトウループを飛んでいたんですけれども、90年代以降、ほとんどこのインスリンからトウループジャンプを跳ぶ選手はいなくなってしまいました。機能的にもモホークやスリーターンの方が多回転ジャンプがしやすいわけですね。なので、こちらの2つのエントランス方法が現代では重宝されているということになります。ですから、この2つのエントランス方法を両方、満遍なく練習することができるプログラムになっています。
同時に、単にこのエントランス方法からジャンプを跳ぶということではなく、音楽や一連のステップワークの後に直ちに飛んでいく。つまり表現手段としてトウループを跳ぶスキルの獲得を支援するというのが、この「チャーリーに捧ぐ」の一つ目の習作ポイントになります。そして、第2の習作ポイントは、音の波に乗って滑るという表現能力を鍛えるものとなっています。
フィギュアスケートは音楽を表現するものですので、音楽を視覚化、つまりビジュアライズする能力が非常に大事になってきます。また、他のダンスジャンルには無い、フィギュアスケートならではの強みはやはりスケーティングです。一歩一歩がすーっと伸びていく動きの持続性という点においては、フィギュアスケートの右に出るダンスジャンルはありません。
このフィギュアスケートの強みは、口笛はもちろんのこと、弦楽器や管楽器などの1音1音が伸びる楽器の音色を表現することに非常に長けています。本作においては、こうしたフィギュアスケートの強みを最大限活かした音楽表現能力を鍛えることに主眼を置いています。よくフィギュアスケートの分野では、体重をエッジに委ねて深いカーブで滑っていくことを“エッジに乗る”と言い表します。この深いエッジワークを音楽の緩急や音色にぴたりと寄り添わせることで、音楽を可視化することができるわけですが、本作はそうした表現技術を磨くことに役立つと思います。
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習作としてのポイント
このようにハープの伴奏でアームスをたおやかに動かし、口笛の演奏とともに滑り始めます。特にこの冒頭の部分は口笛1音1音に一つずつエッジワークを当てはめています。バイオリンの弓が弦の上を滑ることで音が鳴るように、ここではあたかも自分のエッジから音が奏でられているような感覚でステップを行うと、音の波に乗るという感覚を感じることができると思います。
1つ目のトウループは、右足バックアウトのスリーターンから直ちにモホークに入る方向で飛びます。モホークに加えて右足バックアウトスリーターンもセットで体得しておくと、どんなステップからでもトウループを跳ぶことができるようになります。そして、口笛に加え、伴奏のハープの音色も意識できるとなお良いと思います。
習作ポイント2:表現面
そして、イナバウアーからスリーターン導入でトウループジャンプを跳びます。スリーターンから飛べるようにすることで、イナバウアーやイーグル、スパイラル、アラベスクなどの伸びやかに滑る技から直ちにトウループを跳ぶことができるようになります。つまり、スリーターンは伸びやかな技とトウループを接続させる上で重宝するわけです。最後の部分は原作アニメのペパーミント・パティの演技から振り付けを引用しています。ぜひ原作アニメと本作を見比べてみてください。
こうした2つの習作ポイントを備える本作「チャーリーに捧ぐ」は、そのプログラムの制作過程では、非常に多くのプロフェッショナルの方々にご協力いただきました。まず、私も属しているアトリエタームという制作陣全員でこのエチュードプロジェクトをどのような仕組みにするのかということを構想したり、あるいはどんなコンセプトのプログラムを創作するのかという企画を立案して練り上げていくという作業をまず初めに行います。
エチュード作品ができるまで
エチュード作品ができるまで
構想が固まってきたら、今度はどんな人たちとコラボレーションして作品を作っていくのかということを考え、そうしたコラボレーターが決まったら、協力を仰ぐ人たちにオファーしたり、自分たちの思いを伝えて協力していただくように交渉し、ようやく振り付けに入っていくことができます。振り付けは私が担当したんですけれども、今年の1月から振付に着手しまして、大体2ヶ月くらいで振り付けは完成しました。ただ、実演も私がする予定でしたので、身体を鍛えなければいけません。
ジャンプやスピンも数年間やってこなかったので、そうした技術を取り戻すこともこの1月から5月の間にやっていました。5月に実演演技を収録するということが決まっていましたので、そこから逆算してどんどんどんどん技術を取り戻したり、体作りをするということをずっとしていたんですけれども、やっぱりジャンプやスピンを取り戻すのには非常に苦労しましたが、なんとかベストコンディションで撮影に臨むことができました。
体作りと並行して、3月あたりに東京都内のレコーディングスタジオを貸し切って、口笛奏者の青柳呂武さんとハープ奏者の小幡華子さんを招聘してレコーディングを行いました。フィギュアスケーターも演技は1発勝負で、もう二度とやり直すことはできませんが、音楽も全く同じですよね。ですから、ある意味で音楽家もアスリートみたいなもので、その一回限りの演奏に全部を込めるということをこの青柳呂武さんと小幡華子さんはされていて、音楽家も1発入魂で演奏してるんだな、アスリートと同じなんだなとつくづく思いました。
一方で、レコーディングなので、ここをもう少しこのようなニュアンスにしたいだとか、ここの部分だけやり直したい、もう少し綺麗に撮りたいという時には、部分部分で演奏して、それを編集で組み込んでいくみたいなことをして、レコーディングだからこそ、細部を作り込めるということも同時に知ることができました。
それと同時に、衣装デザイナー、今回はアトリエタームのメンバーがデザインしたんですけれども、そのデザイン画をチャコットという老舗の衣装屋さんに所属している河崎眞澄さんという方のもとに持っていって、綿密な打ち合わせのもと衣装制作を行いました。今回は鮮やかなブルーのパンツに優雅なシャツを合わせて滑るという衣装デザインだったんですけれども、なぜ鮮やかなブルーを採用したかというと、原作のアニメーションでペパーミント・パティが着ている衣装が、鮮やかなブルージーンズ生地の衣装だったんです。なので、そこへのオマージュを込めて、私の衣装も鮮やかなブルーで染め上げました。
こういう工夫が衣装にも凝らされているわけです。そうして全部を準備をしてようやく撮影に臨むことができるわけです。5月に新横浜でプリンスアイスワールドが開催されていたんですけれども、その公演の終了後、音響や照明舞台セットも全部お借りしてすごくいい環境で撮影に臨むことができました。
カメラマンは加藤清之さん・西村光平さん・高見澤美栄子さんの3名の方にお願いしました。彼らは優れた技術とクリエイティビティを持つプロフェッショナルカメラマンです。彼らによって綿密にカット割りとか、どういう風に撮影して、どういう風に編集するのかということも緻密に計画して、その計画通りに撮影を行いました。
私もスケーターとして1発勝負の演技を一回行いました。幸いなことにノーミスの演技をすることができて、それが今Youtube上で公開されている演芸映像になります。それと同時に、パーツパーツで分割して撮っていくというカット割りの撮影も行ないましたので、別のアングルや別の編集の仕方で創作された映像作品としての演技映像も提示していく予定です。こちらも乞うご期待いただけたらと思います。
そうして撮影された映像素材を最後カメラマンのリーダーである加藤清之さんがお一人で編集して、できた映像作品が現在Youtube上の町田樹エチュードプロジェクトチャンネルにて配信されている映像群ということになるわけです。
本当に今回、初めて共有財としてのプログラム作りをやってみたんですけれども、通常の演技とはまた別の大変さがたくさんありまして、非常にフィギュアスケートプログラムの創作者として勉強になることが多かったです。こうした制作過程を経て、私が改めて思ったことは、やはりフィギュアスケートは総合芸術だということです。これほど多くのプロフェッショナルの匠の技が集まって、初めて一つのフィギュアスケート作品ができる。つまり、フィギュアスケートというのは個人で演技するものですけれども、演技をするプログラムの創作にはチームワークが非常に大事だということを痛感した次第です。
いかがでしたでしょうか。エチュードというのは、どの芸術の分野においても次世代のアーティストを育成し、文化の発展を促す上で極めて重要な取り組みとして認識されています。この番組では、フィギュアスケート界においてエチュードの創作と普及を実現するための制度的な取り組みを解説しました。
このエチュードプロジェクトというアイディアそのものには著作権はありませんので、いろいろなスケーターや振付師が共有剤としてのプログラム作りに参画していただけたら嬉しく思います。また、チャーリーに捧ぐというプログラムの魅力も解説しましたので、興味がある方はぜひ動画片手にスケートリンクに出掛けて、実際に演技してみてください。きっとスケートでしか味わうことができないスケーティングの醍醐味を堪能することができるのではないかと期待しています。それでは今回はこのあたりで番組を締めくくりたいと思います。ありがとうございました。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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