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もう無駄に、悔しい、苦しい思いをしなくていいようにーー。坂本花織、苦難を乗り越えて掴んだ金メダル | ISU世界フィギュアスケート選手権2023 女子シングル レビュー
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部坂本花織選手
嬉しくて、悔しくて、それでもやっぱり笑顔になった。ディフェンディングチャンピオンの坂本花織が、母国・日本で、たくさんの重圧をはねのけて、世界選手権2連覇を達成した。誓った通りの完璧な演技はできなかったけれど、進歩の確実な手応えと、輝ける金メダルをつかみ取った。
「フリーでミスがあったことに関して、すごく悔しい気持ちでいっぱいです。メダルを見たら嬉しいですけど、顔を上げたら、悔しさが戻ってきます。それでも演技中にリカバリーはしっかりできました。そこは4年前と比べて成長を実感しました」(坂本)
ショートプログラム「ジャネット・ジャクソンメドレー」は、文字通り最高の出来だった。ハイスピードでダイナミックなジャンプは、踏切も着地も、高さも飛距離も、すべてが完璧。スピンやステップはオールレベル4判定で、当然ながら高いGOE出来栄え点も加点された。なにより今季新たな振付師ロヒーン・ワードとともに取り組んできた新たな体の使い方、新たな表現方法、新たな世界観……が、さいたまスーパーアリーナの氷の上で完成形として披露された。
「このSPはシーズン前半すごく不安がありました。でも世界選に向けしっかり練習を積むことで、不安がどんどんなくなり、自信になっていったんです。今日は思い切って、今まで以上に楽しく元気よく滑ることができました」(坂本)
1年前の世界選手権初優勝時に叩き出したパーソナルベストを、ほんのわずかに下回ったものの、79.24点のシーズンベストを獲得。2位以下に5.62点もの大きなリードを奪い、堂々SP首位に立った。
そのSP後の記者会見で、坂本はこんな風に大会目標を語っていた。
「今年はディフェンディングチャンピオンとして挑む世界選手権ですけど……、それよりも、4年前にこの会場で行われた世界選手権で悔しい思いをしたので、そのリベンジのつもりで挑んでいます」(坂本)
4年前、つまり2019年世界選手権は、今回と同じさいたまスーパーアリーナで開催された。ノーミスでSPを2位で折り返した初出場の坂本は、FSで痛恨のジャンプミス。演技後半に予定していた3回転フリップ+2回転トーループが、1Fになってしまったのだ。そして、このたった1つのミスが響き、総合5位に陥落。当時のPBを更新したものの、わずか0.97点差で表彰台を逃している。
もしかしたら、よりパーソナルな目標に意識を向けることで、坂本は自分の演技だけに集中しようと心がけたのかもしれない。北京冬季五輪で銅メダルを獲得した後、昨世界選に向けて「優勝しなければおかしいよ」とコーチに発破をかけられ、モンペリエではむしろ今年以上にメンタル面ではきつかったという。今シーズン序盤は、世界チャンピオンとして、「勝たなければならない」との重圧に苦しんだ。それでも全日本選手権で好プログラムを2本揃え、壁は乗り越えた。
今大会だって、やっぱりすごく緊張を感じた……と、坂本は大会後の優勝インタビューで打ち明けた。久しぶりの、日本開催で、たくさんの人が応援にやってきた。嬉しさの一方で、22歳の坂本が、重圧を感じないわけがなかった。
伸びやかに、しなやかに、坂本はFS「エラスティック・ハート」を演じた。冒頭の大きく柔らかい2回転アクセルは、GOEは+4と+5がずらりと並ぶ、まさに至福の出来だった。その後も一切「力み」のないジャンプを、流れるように次々と決めていく。すべてが順調に進んだ。演技後半に入り、3回転フリップ+3回転トーループのコンビネーションが、1本目パンクで1Fになってしまうまでは。
4年前とまったく同じミス。しかし、4年前と違ったのは、坂本には4年分の「経験」があったこと。驚異的な速さでリカバリーし、しかも完璧な3Tをつけた。得点表にはもちろん、失敗を意味する記号など一切つかなかったし、むしろGOE加点さえ得たほど!
その後も、まるでなにごともなかったかのように、坂本はすべてのエレメンツをしっかりこなした。最後のスピンでレベルを3に落とした以外は、ほぼ完璧に仕上げた。
FSだけなら2位の145.37点だった。トータルでは、シーズンベストの224.61点。得点が発表された瞬間、坂本は泣き崩れた。3.71差での逃げ切り優勝。1F=基礎点0.55点(後半のため1.1倍)だけで諦めず、3Tをつけることで基礎点5.17点に引き上げたからこそ、成し遂げられた2連覇だった。
「今シーズン一番大きな試合で悔しい思いをしてしまったので、これを来シーズンにつなげていきたい。もう無駄に、悔しい、苦しい思いをしなくていいように。しっかりと練習して、どの試合でもすべてが完璧な演技をできるようにしたいと思っています」(坂本)
浅田真央(3回)、安藤美姫(2回)、羽生結弦(2回)という偉大なる先人たちに続き、坂本花織が2度目の世界選手権制覇を果たした。なにより日本フィギュアスケート史上初の、世界選手権連覇。もちろん翌日に宇野昌磨が同じ快挙を成し遂げるため、日本にとっては史上初の男女アベック連覇であり、ペアの三浦璃来&木原龍一組と合わせて日本史上初の3種目制覇だった。さらにはアイスダンスで日本史上最高順位タイを記録した村元哉中&高橋大輔組も含めて、8度目の日本開催は、日本史上最高尽くし!
お隣の韓国にとっては、記念すべき初のアベック表彰台だった。なにより四大陸選手権チャンピオンのイ・ハエンが、キム・ヨナ以来10年ぶりに韓国女子にメダルをもたらした。
「私にとっては大いなる喜びですし、キム・ヨナ以来の世界選手権メダリストになれたというのは……素晴らしい名誉でもあります。これを励みに、来季以降も厳しい努力を続けていきたいです」(イ)
成長期のせいか不安定だった技術力と、成熟したからこそ幅を広げた表現力とを、17歳のイ・ハエンはついに美しく融合させた。特にエッジエラーや回転不足に悩まされてきたジャンプを、今大会は、きちんと安定させられた。FSで1つ「q(4分の1回転不足)」がついた以外は、すべてをクリーンに飛んだ。だからこそSPでは2020年ジュニア世界選……つまり14歳で出したパーソナルベストを、なんと3年ぶりに塗り替えた。さらにFSとトータルの得点は、昨シーズン四大陸のPBを、1年2ヶ月ぶりに更新したことになる。
一方でPCS演技構成点だけに限れば、毎シーズン、確実にPBを伸ばしてきた。氷上では一回り大きく見える均衡の取れた身体を、ダイナミックに動かすことで、リンクに大輪の花が咲いたような、華やかなパフォーマンスを実現させた。ジュニア時代はすべて7点台で、優勝した昨四大陸でもいまだ8点台前半に留まっていたPCSは、ことごとく8点台後半に躍進した。FSでは「構成」で初めて9点台にも手が届いた!
「世界選手権に出場したい、初めて日本で試合を戦いたい、そう強く思ってシーズンを戦ってきました。その目標を叶えられましたし、期待していた以上の結果を残すことが出来ました。観客のみなさんに披露したいことを、すべて出し切ることも出来ました、だから本当に幸せです」(イ)
1年前のモンペリエで2位に飛び込み、ベルギー女子に史上初めての世界選手権メダルと「3枠」をもたらしたルナ・ヘンドリクスは、今年は3位銅メダルに輝いた。SP5位と出遅れ、FSも転倒がありながらも、力強くプログラムを滑りきった。
なにより決して簡単ではなかったシーズンの終わりの、大きな成果だった。グランプリシリーズで2戦優勝を果たし、グランプリファイナルでは銀メダル。しかし絶対的優勝候補として臨んだ欧州選手権では、まさかの2位に甘んじた。大きな期待と、大きな重圧に、常に苦しめられてきたという。FSを滑り終え、しばらく後にメダルが確定すると、ヘンドリクスは思わず嗚咽を上げて泣きじゃくった。
「今季はプレッシャーというものを初めて味わいました。だからこそ一生懸命練習してきました。重圧を乗り越えるためです。より大会を楽しむためでもあり、自分を信じ続けるためでもありました」(ヘンドリクス)
三原舞依選手
ヘンドリクスがSP5位から総合3位にジャンプアップした一方で、三原舞依はSP3位から総合6位へと順位を落とした。
SP「戦場のメリークリスマス」は細やかに、丁寧に、感動的に演じ上げた。「q」がひとつついた以外は、いつもの三原らしく、極めて純度の高いパフォーマンスだった。演技後の瞳には涙があふれ、観客はスタンディングオベーションで絶賛した。
「自分でもびっくりするくらい緊張していて、久しぶりに足が震えながらの演技でした。でも自分の名前がコールされた時に、すごい声援をいただいた。たくさんのバナーが目に入りました。なんて幸せなんだろう……と、うるうるしました。だから緊張しながらも、その緊張感を良いものに変えることができたんです」(三原)
残念ながらFSでは、「悔し涙もでないくらい」、苦い思いを噛み締めた。とりわけジャンプに苦しんだ。中盤で2本、4分の1回転不足を指摘された。終盤の3連続コンビーネーションジャンプでは、1本目の3回転ルッツで着氷が乱れた。回転不足を取られた上に、その後にジャンプが続かなかった。前半に予定していた3Lz+3Tを、朝の練習時に「脚が持たない」と判断し、3回転ルッツのみに変更していたため……つまり繰り返し違反さえ取られた。最後の3回転ループを、急遽2Lo+2T+2Loのコンビネーションに変え、きれいに着氷することで、点数が大きく崩れることは防いだ。
「悔しさでいっぱいいっぱいです。もっと頑張れよ、と自分の中で思う部分がたくさんあります。最後の最後の最後の詰めが、まだまだ足りなかったのかな。今回の悔しいところを全部直して、次は、自分らしい演技を発揮できるように頑張りたいです」(三原)
また日本の渡辺倫果は、初めての世界選手権を10位で終えた。SPは持ち味の3回転アクセルで転倒+回転不足、さらには3回転ルッツが1回転に抜けノーバリューで、15位と大きく出遅れた。FSでもジャンプは安定させられず、たしかに転倒や回転不足が多かった。ただし決して気持ちを折らさず、終盤の3連続ジャンプや3回転ループはきれいに着氷。その後のステップやスピンは美しくレベル4でまとめ上げた。FSだけなら7位の好成績。学びの多い大会となった。
渡辺倫果選手
「やっとスタート地点に立てたという思いと、やっとここまで来られたという思いと。この世界選手権は、本当にいい経験となりました。来季はさらなる飛躍を目指して、頑張っていけたら」(渡辺)
昨季のジュニアチャンピオン、イザボー・レヴィト(アメリカ)は、初めてのシニア世界選手権を4位で終えた。16歳になって迎える初めての大会で、2017/18シーズンから続いてきた連続表彰台記録は途絶えてしまったけれど、間違いなく、近い将来、世界の大舞台でレヴィトの輝く笑顔が表彰台を飾るに違いない。また今季のジュニアGPファイナル銅メダリスト、16歳のキム・チェヨン(韓国)は、SPこそ12位と苦しんだものの、FSでは3位の大飛躍。今大会参加選手の中でも最高難度のプログラムを、すべてクリーン+全レベル4+全GOE加点でこなして、初めての世界選手権で初めてのスモールメダルを手に入れた。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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