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これ以上はできない、と言いきれる演技でしたーー。右足首の怪我を乗り越え、宇野昌磨が栄冠掴む | ISU世界フィギュアスケート選手権2023 男子シングル レビュー
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部胴上げされる宇野選手
それは素敵な「正」の連鎖だった。さいたまスーパーアリーナには色とりどりの国旗がはためき、2023年世界選手権男子シングルのフリースケーティングでは、次から次へと素晴らしい演技が繰り広げられた。そして日本の、世界のフィギュアスケートファンの目を釘付けにした4日間の終わりに、訪れた幸せな大団円。最後を飾った宇野昌磨が、自分の持てるすべてを絞り出すような気迫パフォーマンスで、大会2連覇に輝いた。
「本当にうれしいですし、ほっとしました。久しぶりに『練習以上』を出さなければいけないという気持ちで臨んだので、地に足がつかない演技ではありましたけど……。たとえどんな内容であれ、結果というものが、僕を支えてくださった人たちへの恩返しになったと思っています」(宇野)
友野一希こそが、会場を最高レベルにまで熱狂させた張本人の一人だ。初めて「正代表」として出場した世界選手権で、目標としていたメダルには届かなかった。最終的には2年連続の6位だった。
ただしSP冒頭の4T+3Tを完璧な着氷すると、「競技人生の中でも一番気持ちよかった」ほどの歓声を勝ち取る。4Sの転倒は悔やまれるが、3Aと、まさしく「トレードマーク」とも言えるステップシークエンスでは、全参加者中で最高のGOE出来栄え点!
FS「こうもり序曲」でも、序盤の4Tは転倒したものの、それ以外はほぼノーミスでまとめあげた。なによりフィギュアスケート界最高のエンターテイナーは、喜びをアリーナ中に撒き散らしながら、凄まじいスピードでどんどん高みへと上り詰めていく。音楽が鳴り止むと同時に、観客は総立ち。FSではパーソナルベストを一気に9点近くも更新し、トータルでもPBを塗り替えた。渾身の演技だった。
「終わった瞬間、最高の気分でした。あの瞬間は自分だけのものなので、良くても悪くてもこの雰囲気は堪能しよう、しっかり噛み締めようと決めていました」(友野)
初めての世界選手権で、山本草太もまた、間違いなく観客を魅了した。たしかに2本のプログラムともにジャンプで苦しみ、最終結果は15位と、決して満足な成績ではなかったかもしれない。ただしFS「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番」の、プログラム後半だけならパーフェクトの出来。気品あるジャンプはすべてノーミスで、艶やかなコレオステップやスピンではレベル4+高いGOE加点で評価された。
「ものすごく難しい試合ではあったんですけど、最後は笑顔で大会を終えることができました。もっと強くなって、世界選手権の舞台にまた戻ってきたいと思っています」(山本)
とりわけFSの最終滑走グループは、スタンディングオベーションが鳴り止まなかった。たとえば北京五輪以来となる国際競技会で、ジェイソン・ブラウン(アメリカ)は改めてその特別な存在感を見せつけた。今大会も4回転なしで、しかし一つひとつ丁寧に磨き上がれれたエレメンツや、淀みのないしなやかなムーブメントで、堂々世界5位に食い込んだ。PCS演技構成点だけなら、トータルで全参加選手中1位だった。
ケヴィン・エイモズ(フランス)は、世界最高の舞台で、ついに自らのポテンシャルを思う存分解き放った。身体を自在に操り、伸びやかに、力強く、空間や重力さえも支配した。SPはノーミスで3年ぶりの高得点を記録し、FSと総合では……やはり3年ぶりにPBを更新。苦しい時間が長かったからこそ、喜びはひときわ大きかった。欧州選4位は素直に悔しがったが、世界選での自己最高4位は、「僕にとっては金メダルに等しい!!」
2月に人生最後の四大陸選手権で、人生初のISUチャンピオンシップ表彰台乗りを果たしたキーガン・メッシング(カナダ)は、「自由な気分」で滑った今大会SPでは世界選自己最高の4位に飛び込んだ。100点まであと1.25点に迫る大きな得点で、31歳にして、パーソナルベストさえ塗り替えた。FSではおなじみ「ホーム」のどこか懐かしいメロディに乗って、リンクを所狭しと駈け巡った。あまりに高速で飛ばしすぎたせいで、ジャンプやフライングシットスピンがすっぽ抜けてしまったけれど……「全体的にはめちゃくちゃいい気分。観客のみなさんと心からの一体感を得られた」と泣き笑い。総合7位で、キャリア最後の世界選手権を美しく締めくくった。
18歳のイリヤ・マリニン(アメリカ)は、シニアのISUチャンピオンシップで初めてのメダルに手が届いた。昨季の初出場時と同じように、SPは鮮やかなノーミスでまとめ上げた。しかも今回はスピンもステップも全レベル4で揃え、PBの100.38点を叩き出した。
一方のFSは、大きく崩れ9位で終えた1年前の失敗を、マリニンは繰り返さなかった。冒頭に世界選史上空前絶後の4Aを成功させると――アリーナが歓声で揺れた――、直後2本のジャンプで着氷が乱れながらも、4回転6本という……BV基礎点106.66点という史上最高難度のプログラムを実現させた。順位はSPから一つ落としてしまったものの、総計288.44点のPBで、銅メダリストになった!
表彰台に上った3選手
「自分があれだけのパフォーマンスを引き出せたことを、嬉しく思っています。多くの練習と努力を重ねてきましたし、やり遂げることができました。僕にとって本当に素敵な大会になりました」(マリニン)
ところでTES技術点だけならSP・FSともに、マリニンが堂々たる首位だった。優勝した宇野の得点をも5.74点上回る。ただスコアの半分近くを占めるPCS演技構成点に関しては、全体の11位に過ぎない。宇野からの遅れは18.44点にもなる。「クワッドゴッド」にとって、これは大きな教訓となったようだ。
「4Aだけで12.86ポイントいただけたことを、本当に光栄に思っています。ただし多くのリスクを冒すことの難しさにも気付きました。高難度のジャンプをたくさん飛んだ後、観客に楽しんでいただけるパフォーマンスを続けるのは非常に難しいこと。だから来季は、この『パフォーマンス』面に集中したいと思ってます」(マリニン)
まさに技術力と表現力とをバランスよく備え、さらにはこの世界選手権に調子のピークを合わせることに成功したのがチャ・ジュンファン(韓国)だ。例年シーズン最後の世界選では、期待通りの成果を収められずにきた。また昨大会はスケート靴の問題でSP17位に沈んだ後、途中棄権を余儀なくされた。
「シーズン終わりに少し力を落としてしまうことが多かったのです。だから世界選手権に集中するために、今季はいつもとは異なる方法でシーズンを組み立てました。おかげで調子良く大会に乗り込めました」(チャ)
強く魅力的なプログラムも2本揃えた。SPは冒頭で惚れ惚れするような4回転サルコーを決めると、最後までノーミス&全レベル4のまま完璧にすべてをこなした。もちろん「マイケル・ジャクソンメドレー」にふさわしく、特に後半はノリノリに踊りまくって、ジュンファン は会場のファンを大いにわかせた。
FSは冒頭の、滞空時間の凄まじく長い4回転サルコーと4回転トーループーー2本とも本人史上最高のGOE加点ーーで勢いに乗ると、3回転フリップの「!(不明瞭なエッジ)」を除けば、やはりすべてをノーミス&全レベル4でこなした。プログラム締めくくりのコレオステップシークエンスは、全参加選手の中で最高の加点も得た。つまり4分間の最初から最後まで、ジュンファンは一切集中を切らさず、「ジェームスボンド」のストーリーを壮大に語り上げた。
SP・FS・総合すべてでパーソナルベストを更新。SPは100点まであと0.36点、FSは200点まで3.61点、トータルは300点まで3.97点……だったから、来シーズンは大台乗りへの楽しみも待っている。最終的にSP3位からFS2位に順位を上げ、生まれて初めての世界選メダルを射止めた。韓国男子にとっては史上初の快挙であり、韓国フィギュア界にとっては史上初の男女アベックメダル獲得であり、なにより来季に向け「韓国男子3枠」をも持ち帰った。
「実はこれが今日の成果の中で一番嬉しかったこと。北京五輪の後に『韓国男子に3枠をもたらしたい』と家族や他の選手に話していたんです。本当に嬉しいですし、自分の手で成し遂げられたことを、光栄に思います」(チャ)
ライバルたちが今年最高、キャリア最高レベルのパフォーマンスを次々と披露していく中で、ディフェンディングチャンピオンの宇野昌磨は「今年一番ひどい」状態にあった。大会入り2週間ほど前に右足首を痛めたせいだ。しかもSP前日の練習で再び同じ場所を捻挫。おそらく欠場してもおかしくないほどの状況の中で、リンクに立った。
SP「グラヴィティ」のギターの音がアリーナに鳴り響くと、まるで不安など存在しないかのように、宇野は深く静かに演技の中へと入り込んでいく。冒頭の4回転フリップは、一切の力みなく飛び上がり、文字通り完璧に着氷した。続く4回転トーループからのコンビネーションは、2本目に3回転をつけられず、2回転トーループになった。それでも一瞬たりとも流れが途切れることはなかった。後半の3回転アクセルも、全体で2番目のGOE加点を得たほどに、揺るぎない出来。直後のステップシークエンスこそレベル3に留まったものの、最後の最後までクリーンに滑り通した。
演技後には力強いガッツポーズを握りしめ、思わず笑顔がこぼれた。本人が手応えを感じたとおり、今季の国際試合では初めての100点超え。2位以下に4.25点差をつける104.63点で、SP首位発進を成功させた。
「この1、2年は『練習通り』を目指す試合がほとんどで、それで満足でしたし、それ以上は求めていなかったんです。だけど今回は『このまま普通に演技をしてしまったら、いい演技はできないぞ……』と。冷静に行ってもダメだな、と強い気持ちで向かったので、こみあげるものがあったのかな」(宇野)
宇野昌磨選手
FSでの宇野は、普段以上の滑りを、気迫で絞り出しただけではなかった。崇高で厳かな「G線上のアリア」を全身で奏でながら、頭の中で冷静に「計算」もしていた。
「普段はあんまり人の点数がこうだからと考えずに、全力でぶち当たれっていうやり方です。でも今回はあと1個は失敗しても大丈夫だけど、でも大きなミスだと怪しいな……とか、この演技内容だったら何が必要かっていうのを、演技中になんとなく計算していました」(宇野)
冒頭の4回転ループは美しく飛んだ。続く4回転サルコーは「ちょっと厳しいかな、ギリギリかな」と判断した通り、回転不足の判定。その後は4回転フリップも、3回転アクセルも、難なく着氷した。「あと1個は失敗しても大丈夫だけど、でも大きなミスだと怪しいな」と考えながら。
さらには後半のコンビネーションは、4回転トーループ+2回転トーループの予定のところ、2本目をあえて1回転に留めた。「ダブルトーをつけても1点ちょっと。それが必要だったらやりますけど、この演技内容だったら……」との判断だ。2本飛んだ4回転トーループに、いずれも「q(4分の1回転不足)」がついたことだけは、どうやら宇野の計算ミスだったようだけれど。
ジャンプを冷静に計算しつつ、丁寧に、しかし情熱的にスピンやステップをこなした。すべてレベル4どころか、GOEはほぼ+5と+4ばかりがずらり並ぶ。中でも後半のアリア「我が苦しみよ、急げ!」の、カウンターテナーの悲痛な歌声と共にすべてがクレシェンドしていくステップシークエンスは、GOE満点の評価だった。
そして解放の時。最後のポーズを取り終えた直後、宇野は氷の上に大の字に寝そべった。割れんばかりの喝采を聞きながら。FS196.51点は、0.11差で逃げ切り首位につけ、トータルは301.14点。日本男子としては史上初めての、世界選手権2連覇を達成した瞬間だった。
「もう一回やったら絶対に無理だなという演技を、ショート、フリーともにできたと思っています。本当に、これ以上はできない、と言いきれる演技でした」(宇野)
ところで優勝直後の場内インタビューで、「今後どういう形でスケートをやっていくかは分からないですが」と、宇野の口から気になる発言も飛び出した。まずは右足首の故障をゆっくりと直したあと、アイスショーを回りつつ、成績一辺倒ではなく、楽しく、面白く、子供の頃に憧れた高橋大輔のような……そんなフィギュアスケーターとしての理想形を探し求めていくつもりなのたとか。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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