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町田樹のスポーツアカデミア 【Dialogue:研究者、スポーツを斬る】 ~女性アスリート問題~ 東京大学医学部付属病院 能瀬さやか先生:医師としてスポーツに携わりたい方へ
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部スポーツ科学は必要か?
今回お迎えしたのは、医学博士であり、婦人科の専門医でもある能瀬さやか先生です。現在は、東京大学医学部附属病院に勤務。2017年には国立大学病院初の女性アスリート外来を立ち上げました。今回は医学の目線からスポーツ界で喫緊の課題である、女性アスリート問題について伺います。
医師としてスポーツに携わりたい方へ
能瀬さやか先生
町田(以下、M):色々な活動についてお話を聞いてきましたが、本当に大変なお仕事だと思います。ただ、可能性を秘めたお仕事でありご活動だと思います。 そう思っているのは私だけではなくて、この番組を見てくれている若いアスリートだったり、若い学生が、能瀬先生のように自分も医師としてスポーツの諸問題、或いは女性アスリート問題に取り組んでいきたいと志す人がいるかもしれない。医者のドラマやドキュメンタリーなどたくさんありますが、僕自身が結構好きで、違う人生だったら医者になりたかったかもという領域で、憧れます。私と同じようにそういった憧れや志を持った若い人がいたとして、彼ら彼女たちにどのような努力をしたらいいのか、或いはどのような知識や技能を身につけたら医者としてスポーツに携わることができるようになるのか、是非メッセージとして発信していただきたいと思っています。
能瀬先生(以下、N):スポーツドクターとしても様々な関わり方があると思いますが、産婦人科医の立場としては、スポーツの現場というよりは、普段自分が働いている病院なりクリニックでアスリートが来たら診療するという機会の方が多いかなと思います。スポーツ医学は一見派手で華やかな印象があるかもしれませんが、いきなりスポーツの世界に入るのではない方がいい。いきなりスポーツ医学ではなくて、やはり自分が選択した科、私であれば産婦人科の学問というものの基礎を身につけた後、或いは並行してスポーツ医学をきちんと学ぶ。スポーツ医学だけを学ぼうとしないこと。あとは、科によってスポーツの現場に関わるチャンスがあるかどうかがすごく難しいところではありますが、やはりスポーツの現場でアスリートがどのうような問題を抱えているのかを知る努力をするということが重要だと思います。今日お話した通り、競技によって抱えている問題は違いますし、現場でどんなことが問題になっていて、どういうことが求められているのか、その需要をしっかり知ることがアスリートの支援、アスリートの競技力向上にそのまま繋がる活動になると思います。
M:先生はこれまで産婦人科になられてスポーツの現場を知ろうと、色々なスポーツ系の学会に行ったり、協会に連絡をしてきたと。先生はそうした活動を無謀とおっしゃられますが、これまでそれぞれの領域でパイオニアと呼ばれる人たちにお話を伺ってきましたが、研究をするに至った動機を聞くと皆さん無謀なことをされてきていたので、能瀬先生もやっぱり産婦人科医としてスポーツにどう関われるのか、或いは女性アスリート問題にどうアプローチしていけばいいのかということを切り開かれてきたパイオニアなんだなということを感じました。
一方で、先生は産婦人科医として、一般の患者さんと同じようにスポーツ選手たちを診ればいいのかもしれませんが、どうして東京大学医学部附属病院にアスリートに特化した外来を開いたり、或いは産婦人科医にとどまることなくアスリートにフォーカスを当てられてきたのでしょうか。つまり、スポーツに特化した外来や診療は必要なんでしょうか。
町田樹と能瀬さやか先生
N:いずれは特化した外来が無くても受診した方がたまたまアスリートであったということで誰でもアスリートの診療をできることが理想だと思いますが、今日お話した通り、アスリート特有の問題がありますので、こういうことを理解した診療というのが一般の方とは全然違います。もう一つ重要な点は、ドーピングの問題です。アンチ・ドーピングの基礎知識をきちんと理解した上で診察をしないと、アスリートの努力や人生を奪ってしまいます。こういったアスリート特有のドーピングに関する基礎知識も入れた上での診療が必要だと思いますので、やはりアスリート外来は必要だと思います。
また、アスリート外来となっていますが、スポーツで得られた知見というのは、アスリートに限らず予防医学にも繋がる問題かなと思っています。整形外科の分野がそれは顕著だと思いますが、今日お話しましたエネルギー不足、無月経というのも、アスリートではない方のダイエット・低体重・無月経・骨粗鬆症といった問題にも繋がっていきますので、そういった予防医学の視点から考えると、医療費削減という点では社会に対する貢献度も高いなと考えています。スポーツ医学の問題が、国民全体のヘルスケアというところに繋がるような取り組みができれば嬉しいかなと思います。
M:男性として普通に教育を受けてきただけでは知りようもない女性アスリート、或いは女性問題を聞いて、男性も知っておかなければいけないし、男女という性別二元論で済むような時代ではなくなっている昨今、ジェンダーを問わずに自分たち人間の身体のこと、人という生物がどのように生きているのかということを知らなければいけないんだと心から思いました。貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
総括
今回は能瀬さやか先生に女性アスリート問題についてお伺いしました。この問題、或いはこの問題を引き起こすメカニズムや、女性の身体に関する正しい知識というのは、女性アスリートだけではなく、コーチや家族、競技連盟の人など、スポーツ界に関わる全ての人が知らなければいけない知識だと思います。それから、私はこのスポーツアカデミア【Dialogue:研究者、スポーツを斬る】のコーナーで、色々な専門分野の方々から研究の内容をお伺いしている一方で、どの方にも「スポーツ科学は必要か?」という質問を問いかけてきました。なぜこのような問いかけをしてきたかと言いますと、実は今スポーツ科学の領域、或いは学術会でスポーツ科学は必要なのかという懐疑的な見解が出されるようになってきました。例えば、スポーツ科学と一口に言っても、たくさんの学問領域が集合してできています。例えばスポーツ医科学であったり、スポーツ社会学、スポーツ心理学、スポーツ経済学、スポーツ法学、スポーツ政策学、これ以外にも様々な学問領域が集まってスポーツ科学という一つのスポーツに特化した学問領域ができているわけです。
スポーツ科学は必要か?
なぜスポーツ科学が必要なのかという懐疑的な見解が出されているかと言うと、例えば、スポーツ社会学は社会学の学問領域でスポーツを研究対象とすればそれで十分なんじゃないか、或いはスポーツ法学というのは、わざわざスポーツに特化した学問領域を作らなくても、法学という元々ある学問領域でスポーツを研究対象にすればそれで事足りるのではないかということでそうした見解がなされています。私はこの見解に明確に反対を示したいと思っております。というのも、スポーツ科学はやはり必要なんです。それを一番説明することができるのが、この女性アスリート問題なんです。田口先生と能瀬先生のお二方に女性アスリート問題についてお話いただきましたが、女性アスリート問題は栄養を取ればそれでいいとか、医学的に女性ホルモンを調整してあげればそれで解決するといった単純な問題ではないんです。女性アスリート問題とは言え、栄養学や医学だけでは解決できません。女性アスリート問題というスポーツ界で解決を求めている課題はやはり色々な学問領域が一致団結して取り組まなければ解決に至らない問題です。スポーツ界にはこのように、単一の学問領域だけではどうしても解決に至らない問題がまだまだ山積みになっています。こうした課題に取り組めるのがスポーツ科学の醍醐味であり、スポーツ科学の真髄なんです。ですから、私はスポーツ科学は必要なんだということをこの番組を通じて社会に発信したいと考えています。
女性アスリート問題はジェンダーを問わず、学問領域を問わず、オープンに議論していかなければならない課題だということを痛感しました。私も一人のスポーツ科学者として、これからも女性アスリート問題について、自分にできることを取り組んでいきたいと思います。みなさんも是非議論していってください。ありがとうございました。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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