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フィギュア スケート コラム 2021年8月31日

町田樹のスポーツアカデミア 【Dialogue:研究者、スポーツを斬る】 ~女性アスリート問題~ 東京大学医学部付属病院 能瀬さやか先生

フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部
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町田樹と能瀬さやか先生

今回お招きしたのは東京大学医学部附属病院の能瀬さやか先生

スポーツアカデミアにようこそ、町田樹です。今回は【研究者、スポーツを斬る】のコーナーです。それでは早速お迎えいたしましょう。能瀬さやか先生です。

今回お迎えしたのは、医学博士であり、婦人科の専門医でもある能瀬さやか先生です。現在は、東京大学医学部附属病院に勤務。2017年には国立大学病院初の女性アスリート外来を立ち上げました。今回は医学の目線からスポーツ界で喫緊の課題である、女性アスリート問題について伺います。

町田(以下M):本日はよろしくお願い致します。実は能瀬先生は東京五輪にも医師として関わられているということで。どうですか、五輪はいつもと全く違う競技会になっているかと思いますが。

能瀬(以下N):無観客ということですごく異様な雰囲気というか、せっかく観客席も立派に造っていただきましたが、観客がいない会場を見ると、改めて異様だなと思いました。ただ、アスリートはこの五輪に向けてひたすら頑張ってきたので、観客がいるいないに関わらず、本当にベストを尽くしていただきたいと思っています。

M:選手も日本に来て、隔離期間を経てという、私だったら試合前に1日休んだり缶詰にされたら気が狂ってしまうんじゃないかというくらいストレスフルだと思います。その中でよくやられていますよね。今のところ大きな問題はないですか?

N:競技や会場によって様々だと思います。今回の五輪をきっかけに、今後の五輪のあり方や医療体制を考えるきっかけになればいいかなと思っています。

女性アスリート問題に取り組んだ動機

プロフィール

プロフィール

M:近年ようやく女性アスリート問題がメディアを通して周知されるようになってきましたが、そもそも先生はなぜこの女性アスリート問題に取り組もうと考えられたのでしょうか。

N:少し学生時代の話になりますが、私は父が青森県の八戸市という田舎で産婦人科医をしておりまして、小さい頃から父の姿を見て、産婦人科が唯一病院でおめでとうと言ってあげられる科なので良いなと思っていました。一方で小中高校と私はバスケットボールをしていまして、スポーツ医学ということにも少し興味がありました。ただ、スポーツ医学というと、当時は整形外科という印象でしたので、産婦人科と整形外科の接点がなかなか見つけられずにいました。医学部の5年生のときに、小さなコラムを読みまして、そこに女性アスリートの健康問題として、月経が止まってしまうという問題をたまたまみつけました。整形外科に進んだらスポーツ医学はできるけれども、産婦人科医はできない。産婦人科に進んだら、スポーツに関われるんじゃないかと、その記事を見たときに思いまして、産婦人科に進みました。

ただ、産婦人科に進んだら進んだで、どこでどうやって女性アスリートに関わっていけばいいのか、どこで学べばいいのか分からなかったので、いろいろなスポーツという名の付く学会や研究会に顔を出していくうちに、少しずつ選手を紹介してくれるようにはなったんですけど、やはり月に1人2人見るだけでは、なかなか競技特性も分からないですし、アスリートの生活というか背景も分からないなという思いがずっとありました。そうしているうちに、2012年に現在赤羽にある国立スポーツ科学センターで内科の公募がでるので、受けてみないかというお声がけを知り合いの先生にしていただいて、内科ではありましたが、応募しました。そこではトップ選手のメディカルチェックをやっていますので、約700名の女子選手の現状を知ろうということで、色々な月経の問題、メディカルチェックの項目を拾って、課題を抽出したのがはじまりです。

そのメディカルチェックの項目を拾っていくと、トップ選手の4割が月経が規則的に来ていないとか、あとは月経困難症を抱えている選手がたくさんいたり、試合に向けて月経をずらすことすら知らない選手たちが66%くらいトップの選手でもいました。また、ホルモン製剤に対して、太るんじゃないかとか、将来妊娠できなくなるんじゃないかとか、色々な誤解があることが分かりました。はじめて選手を診察したときに、過去2回五輪に出場した選手で、2回とも月経が重なってしまって、パフォーマンスを発揮できなかったと選手に言われたときに、トップでもこういう状態かということですごく衝撃を受けました。メディカルチェックから拾った調査結果と、日々選手たちに触れる中で、私がやるべきことがあるんじゃないかと思って、女性アスリートの現状の把握からはじめて、調査研究に至っていきました。

M:普通、産婦人科とスポーツが結びつくイメージはないですけど、先生はそこに可能性をいち早く見出していたということですよね。でも産婦人科を志された頃は、スポーツの問題に取り組まれる産婦人科の専門医はいなかったと思うので、暗中模索という感じだったのかなと思います。

N:本当に出来るんだろうかという不安はありましたし、一時期ちょっと無理かなと思って、ドーピング関連の仕事からスポーツに関わろうかなと思っていた時期もありました。

女性アスリート問題

M:実はこの番組の前回、早稲田大学スポーツ科学学術院の田口素子先生にご出演いただきました。その際に、スポーツ栄養学の観点から、女性アスリート問題について少しだけ語っていただきましたが、女性アスリート問題とはすなわち、ローエナジーアベイラビリティー、そこからくる無月経、そして、そこから波及する骨粗鬆症、それら女性アスリート三主徴と言われる問題のことを指すわけですけど、言ってみれば諸悪の根源はローエナジーアベイラビリティー、つまり栄養不足、ご飯を食べればなんとか改善できるということなんですが、なにゆえに無月経という現象が起こってしまうのか、そのメカニズムについて先生に是非お伺いしたいと思います。

女性アスリート問題を示した2図

女性アスリート問題を示した2図

N:1990年代からアメリカのスポーツ医学会が女性アスリートの三主徴について警鐘を鳴らしています。運動量に見合った食事が摂れていない、エネルギー不足の状態になりますと、脳からのホルモン分泌が低下して、月経が止まってしまうという問題があります。無月経というのは、3ヶ月月経が止まった状態を指しますが、無月経になりますと、卵巣から分泌される女性ホルモンであるエストロゲンの低下によって骨量が低下してしまう問題があります。このエストロゲンという女性ホルモンは骨量増加・維持するのに重要なホルモンになります。その他、エネルギー不足になりますと、低体重や低栄養という問題がありますので、適切な体重というのも、骨が強くなるためには重要な因子になりますので、低栄養・低体重によっても骨粗鬆症は起きてきます。それぞれ三つは独立しているのではなくて、関連し合っているというのが三主徴の考え方になりますが、どれか一つでもあれば疲労骨折のリスクが高くなるということも明らかになっています。

M:骨がもろくなって、高強度のパフォーマンスをするがゆえに、疲労骨折を起こしていまうと。

N:最近では、2014年に国際オリンピック委員会がRED-Sという概念を出していまして、これはスポーツにおける相対的なエネルギー不足と私たちは訳していますが、エネルギー不足の問題は女性アスリートだけの問題ではないと。男子選手を含む全ての選手の問題であるということ。あとはエネルギー不足による影響は、骨や月経だけではなく、例えば発育発達や、精神面、全身の生理機能に影響を与えて、最終的にはアスリートのパフォーマンス低下をもたらす原因になるということで、IOCが行動声明を出しています。

M:三主徴はピンクの三角で括られているところであって、実は三主徴になっているということは、その周りの血液や代謝だったり、発育発達、精神面や内分泌などで同時に問題が起こっているかもしれないということですよね。

N:他の生理機能にも影響が出ているという考え方に最近はなってきています。

男性ホルモンの低下でも骨粗鬆症のリスクは高まる

男性ホルモンの低下でも骨粗鬆症のリスクは高まる

M:エストロゲンやプロゲステロンという女性ホルモンがキーワードになってきますが、これは女性にとって骨量増加に寄与するホルモンだということですが、男性である私たちはエストロゲンはもちろん女性より少ないわけですよね。それなのに、なぜ骨粗鬆症が起こらないのでしょうか。

N:男性の場合もエネルギー不足になると骨粗鬆症になると言われています。男性の場合は、例えば陸上の長距離の選手なんかは、すごく低体重だったりしますし、あとはエネルギー不足によって男性ホルモンであるテストステロンの変動によって、男性であっても骨量が低下すると言われています。ただ、女子選手の場合は、例えば月経が規則的に来ていて、排卵もきちんとあった選手が、エネルギー不足になってしまうと、月経が不順になってきたり、月経が止まってしまう問題があるので、男子選手よりもこのエネルギー不足に気付きやすい。月経が止まることが、エネルギー不足のサインだと選手にお話しています。

M:これを改善するためにはご飯を食べることが一番だと思いますが、それ以外に、医学的なアプローチはできるのでしょうか。

N:運動によるエネルギー不足により月経が止まってしまった場合は、やはりエネルギーバランスを改善することが重要な治療になります。ただ、競技特性上、エネルギーバランスを改善してもなかなかホルモン値が改善してこない、月経が再開してこない選手たちが実際にはいます。そういう選手たちは仕方なくエストロゲンを補充してあげる治療を行うことがあります。エストロゲンは骨だけではなく、例えば血管など全身に働いていますので、骨以外の臓器への影響も軽減するという目的でエストロゲンを少量補充してあげるという治療をします。ただ、重要なことはエストロゲンを補充するという治療はあくまでもおまけの治療であって、その補充療法をしている間も必ずエネルギー不足の改善はするようにと選手たちに必ず説明しています。

M:エストロゲンを注入したら、月経は改善されていくかもしれない。そうすると骨粗鬆症も自ずと解消されていくと考えてしまいがちですが、エストロゲンを外から入れれば、骨粗鬆症も自然と解消されていくものなのでしょうか。

能瀬先生の研究結果「経皮エストロゲン製剤による骨密度の変化」

能瀬先生の研究結果「経皮エストロゲン製剤による骨密度の変化」

N:エストロゲン製剤も色々な投与方法がありまして、飲み薬だったり皮膚から吸収するようなものだったり色々ありますが、エネルギー不足が原因での無月経の場合には、基本的には経皮といって、皮膚から吸収するようなジェルやパッチなんかを使って補充をしています。ただ、この経皮的にエストロゲンを投与した場合に骨量が上がるかどうかはまだエビデンスがありません。私の方でエネルギー不足が原因で無月経になった選手に一年間皮膚から吸収するエストロゲンを投与して、1年後の腰椎の骨密度を調べた研究を行いましたが、経皮で補充した場合では、1年後に5%くらい骨量が増加していました。ただ、1年以内にエネルギー不足が改善して、自然に月経が再開した選手たちが一番骨量が増加しています。ですので、骨という点からもエネルギー不足を改善して、ホルモン状態を良くして、自然月経を再開させるということが、骨の点からも有効であることを示しています。

M:骨というとカルシウムといったイメージですが、もちろんそれも大事ですが、実はエネルギー不足が骨粗鬆症にかなりの影響を及ぼしているということですよね。エストロゲンで月経を戻してということでも骨密度が向上することは分かっているが、やっぱりエネルギー不足をまずは解消して、自然な形で月経を戻していくにこしたことはないと。それが一番、骨密度を高めることに繋がるということですよね。

N:起点であるエネルギー不足によって骨代謝にも影響が出てきますし、もちろんエネルギー不足で無月経、エストロゲンの低下という問題がありますので、やはり起点であるエネルギー不足を改善してあげることが、やはり骨やパフォーマンスなど、色々な観点から重要であると思います。

文:J SPORTS編集部

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