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ラグビー コラム 2026年3月10日

コンピュータを放り投げる。~オールブラックス新体制の生きる道~

be rugby ~ラグビーであれ~ by 藤島 大
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してやられた。と、嘆くほどではないけれど、ちょっと悔しい。さてコラムに取り掛かろうと、旧式ラップトップの曇りがちなディスプレイをにらむ。やんわりとストーリーのイメージならあった。最初の数行をスタジアムのコーチ席のコンピュータから始める。

ところが、キックオフ直前につまづいた。イングランド生まれでニュージーランド暮らしの腕利きスポーツ・コラムニスト、マーク・リーズンは最近はあまり執筆しないなあ、と、ふと気になり、なんとなく、その人の属するメディアの「ラグビー」のセクションをのぞいた。

失敗だった。オールブラックスの「ボックスキック偏重」をいましめる一篇が目に飛び込んでくる。以下、冒頭の引用。

「ある晴れた日」。この書き出しが効いている。

「ある晴れた日、公共の善を大切にする人物が、ラグビーのコーチ席へ侵入するだろう。そこにあるすべてのコンピュータを部屋の窓から放り投げる。スクリーンは割れ、蓄積された数値は消えてなくなる。そして、もしかしたら、ラグビーの選手たちは型にはめられたプレーをしなくなり、目を見張るようなゲームがもういっぺん戻ってくる」(stuff.com.nz)

おしまい。と、本稿をやめたくなる。こちらの構想は「ひとつの正しい戦法」にどうしても傾く現代ラグビーにあって、なんとか「独自性の復権」はならないものか、という主題に「コーチ席のラップトップ」をからめるつもりだった。ざっと次のように。

あるチームの攻撃担当コーチが自宅にパソコンを忘れてくる。もう取りには戻れない。やむなし。監督にばれぬように、直感にのみ従って、試合の進行中に無線の指示を出す。水運びを兼ねるグラウンドのスタッフとの気脈は通じている。よくガード下の安酒場でビールをおごっているのだ。

「向こうの11番。なんとなく背中がしょんぼりしている。きっとスマートフォンをどこかに落としたのだ。やつをめがけてハイパントを蹴りまくれ」。これが当たる。落球また落球。

「4番もどこか気が散っている。やつは熱帯魚に餌をやるのを忘れた。間違いない。リスタートはその男めがけてグラグラ落ちる枯れ葉回転のキックを」。ノックフォワード。
 
「このチームは今季無敗なだけある。ディフェンスのシステムときたら完璧じゃないか。どこにもスペースはない。ウソ。本当はある。肋骨。肋骨のど真ん中だ。きょうは、ひとりもステップを切るな。目の前の人類の肋骨という肋骨の裏側へ突き抜けろ。そこに楽園は待っている」。ゴツゴツと骨の音の鳴る衝突バトルに巻き込むと、もれのない防御はもれのないまま壊れた。

これに味をしめて、以後のコーチ人生を、データはからっぽのフェイクのラップトップを「開いたふり」で突き進んで、世界のどこにもない斬新なアタック理論は出来上がった…。
 
と、そんな展開を狙ったが、よく晴れた日に砕け散るコンピュータの鮮やかな先制攻撃にたじろいでしまった。

 

先のマーク・リーズンによる記事の掲載は2月24日である。まだオールブラックスの新ヘッドコーチ(HC)に神戸のディブ・レニーが就くとは決まっていなかった。

そこで、スコットランドのフィン・ラッセルやフランスの「三銃士」であるアントワンヌ・デュポン、トマ・ラモス、ルイ・ビエル=ビアレらの直近のひらめきの例を挙げ、こう記す。

「新しいコーチがオールブラックスを蘇生させるには、そうしたマジックを用いるほかにはない」(stuff.com.nz)

前提がある。腕相撲のごときラグビーなら南アフリカが世界一でも、球技であればニュージーランドこそは無双、というヒストリーの終焉だ。スプリングボクスには、ボールを手にして、つなぎ、抜くのが上手な才能はとっくにひしめく。かたや黒いジャージィは、脱穀機のごときラックでとどろいた古来の肉弾戦では他の強国に追いつかれ、さらに近年は「ラグビーというゲームをさせたら全能」というオーラもはがれつつある。

であるならボックスキックの雨嵐の潮流をさっさと脱け出せ。知恵と閃きを有する選手を選ぶべきだ。と、書き進む。次の一文は説得力がある。

「女子のラグビーにはスペースがまだあるのに、男性コーチが関与すると、たちまち男子のようなプレーを始める。スペースの浪費であるポッドをやめようとしない」(同前)

ひとりだけ、そうした状況を「女帝は裸だ=現実から目をそむけている」と見破った人物がいた。「ウェイン・スミスだ」。トップリーグの神戸を立て直したこともある名士は、ワールドカップ2021年大会(開催は2022年)の母国の女子代表ブラックファーンズを率いると、就任半年ほどで、フランスやイングランドに大敗していた集団を頂上へ立たせた。秘訣は? 

「ポッドの大半を切り落とし、スペースへボールを運ばせた」(同)

そんな簡潔は男女を問わずニュージーランドのラグビーの魂なのだった。おそらくデイブ・レニー新HCも意識するはずである。あらためて「ポッド(PODS)」とは少数編隊をフィールド横一杯に配備する攻撃術。

本稿の筆者は、たとえばボックスキックの徹底を否定したくはない。ただ、みんながそうなるのは嫌だ。「そのとき正しいスタイルと鍛練法」で地球が染まったら、富める者がいつも笑う。

スポーツ観戦の味わいは、なんべんでも繰り返すが、対照の妙にある。力と技。保守と革新。やりくりと浪費。都会と地方。持たざる側が、きらめく星の隊列を向こうに、ひたすらボックスキックを繰り出せば、コントラストを観客は楽しめる。サッカーのロングスローと似ている。

体格の劣勢を猛鍛錬で埋めるクラブは、すきあらばペナルティーのタップを仕掛け、ことごとくノータッチのキックを繰り出して攻防を切ろうとしない。ヘビー級の対戦相手は、ゆーたっり、職場の同僚と談笑しながらランチへ向かうような足取りで、ラインアウトに並び、息を整えてはモールを押しまくる。ひとときの悪役の出現もまた楽しいものだ。

2012年6月。フレンチ・バーバリアンズが来日した。あのころには、すでに世界中のジャージィは現在のような「ぴっちり」でそろっていた。しかし、ユニークを美徳とするバーバーリアンズは、あえて厚いコットン地に大きな白襟の懐かしいそれを着用した。

51-18でジャパンXVを退けた直後、元フランス代表プロップのリオネル・フォールに聞いてみた。昔のジャージィをいま代表や所属クラブで着ると、試合に負けますか?

「土砂降りの雨でなきゃ変わらない」。当時37歳、8キャップの背番号1はまじめな口調で答えてくれた。

であるならば、コーチ陣のラップトップの天板は閉じられたままのチームがトロフィーに口づけしたって不思議はない。

してやられた。と、嘆くほどではないけれど、ちょっと悔しい。さてコラムに取り掛かろうと、旧式ラップトップの曇りがちなディスプレイをにらむ。やんわりとストーリーのイメージならあった。最初の数行をスタジアムのコーチ席のコンピュータから始める。

ところが、キックオフ直前につまづいた。イングランド生まれでニュージーランド暮らしの腕利きスポーツ・コラムニスト、マーク・リーズンは最近はあまり執筆しないなあ、と、ふと気になり、なんとなく、その人の属するメディアの「ラグビー」のセクションをのぞいた。

失敗だった。オールブラックスの「ボックスキック偏重」をいましめる一篇が目に飛び込んでくる。以下、冒頭の引用。

「ある晴れた日」。この書き出しが効いている。

「ある晴れた日、公共の善を大切にする人物が、ラグビーのコーチ席へ侵入するだろう。そこにあるすべてのコンピュータを部屋の窓から放り投げる。スクリーンは割れ、蓄積された数値は消えてなくなる。そして、もしかしたら、ラグビーの選手たちは型にはめられたプレーをしなくなり、目を見張るようなゲームがもういっぺん戻ってくる」(stuff.com.nz)

おしまい。と、本稿をやめたくなる。こちらの構想は「ひとつの正しい戦法」にどうしても傾く現代ラグビーにあって、なんとか「独自性の復権」はならないものか、という主題に「コーチ席のラップトップ」をからめるつもりだった。ざっと次のように。

あるチームの攻撃担当コーチが自宅にパソコンを忘れてくる。もう取りには戻れない。やむなし。監督にばれぬように、直感にのみ従って、試合の進行中に無線の指示を出す。水運びを兼ねるグラウンドのスタッフとの気脈は通じている。よくガード下の安酒場でビールをおごっているのだ。

「向こうの11番。なんとなく背中がしょんぼりしている。きっとスマートフォンをどこかに落としたのだ。やつをめがけてハイパントを蹴りまくれ」。これが当たる。落球また落球。

「4番もどこか気が散っている。やつは熱帯魚に餌をやるのを忘れた。間違いない。リスタートはその男めがけてグラグラ落ちる枯れ葉回転のキックを」。ノックフォワード。
 
「このチームは今季無敗なだけある。ディフェンスのシステムときたら完璧じゃないか。どこにもスペースはない。ウソ。本当はある。肋骨。肋骨のど真ん中だ。きょうは、ひとりもステップを切るな。目の前の人類の肋骨という肋骨の裏側へ突き抜けろ。そこに楽園は待っている」。ゴツゴツと骨の音の鳴る衝突バトルに巻き込むと、もれのない防御はもれのないまま壊れた。

これに味をしめて、以後のコーチ人生を、データはからっぽのフェイクのラップトップを「開いたふり」で突き進んで、世界のどこにもない斬新なアタック理論は出来上がった…。
 
と、そんな展開を狙ったが、よく晴れた日に砕け散るコンピュータの鮮やかな先制攻撃にたじろいでしまった。

先のマーク・リーズンによる記事の掲載は2月24日である。まだオールブラックスの新ヘッドコーチ(HC)に神戸のディブ・レニーが就くとは決まっていなかった。

そこで、スコットランドのフィン・ラッセルやフランスの「三銃士」であるアントワンヌ・デュポン、トマ・ラモス、ルイ・ビエル=ビアレらの直近のひらめきの例を挙げ、こう記す。

「新しいコーチがオールブラックスを蘇生させるには、そうしたマジックを用いるほかにはない」(stuff.com.nz)

前提がある。腕相撲のごときラグビーなら南アフリカが世界一でも、球技であればニュージーランドこそは無双、というヒストリーの終焉だ。スプリングボクスには、ボールを手にして、つなぎ、抜くのが上手な才能はとっくにひしめく。かたや黒いジャージィは、脱穀機のごときラックでとどろいた古来の肉弾戦では他の強国に追いつかれ、さらに近年は「ラグビーというゲームをさせたら全能」というオーラもはがれつつある。

であるならボックスキックの雨嵐の潮流をさっさと脱け出せ。知恵と閃きを有する選手を選ぶべきだ。と、書き進む。次の一文は説得力がある。

「女子のラグビーにはスペースがまだあるのに、男性コーチが関与すると、たちまち男子のようなプレーを始める。スペースの浪費であるポッドをやめようとしない」(同前)

ひとりだけ、そうした状況を「女帝は裸だ=現実から目をそむけている」と見破った人物がいた。「ウェイン・スミスだ」。トップリーグの神戸を立て直したこともある名士は、ワールドカップ2021年大会(開催は2022年)の母国の女子代表ブラックファーンズを率いると、就任半年ほどで、フランスやイングランドに大敗していた集団を頂上へ立たせた。秘訣は? 

「ポッドの大半を切り落とし、スペースへボールを運ばせた」(同)

そんな簡潔は男女を問わずニュージーランドのラグビーの魂なのだった。おそらくデイブ・レニー新HCも意識するはずである。あらためて「ポッド(PODS)」とは少数編隊をフィールド横一杯に配備する攻撃術。

本稿の筆者は、たとえばボックスキックの徹底を否定したくはない。ただ、みんながそうなるのは嫌だ。「そのとき正しいスタイルと鍛練法」で地球が染まったら、富める者がいつも笑う。

スポーツ観戦の味わいは、なんべんでも繰り返すが、対照の妙にある。力と技。保守と革新。やりくりと浪費。都会と地方。持たざる側が、きらめく星の隊列を向こうに、ひたすらボックスキックを繰り出せば、コントラストを観客は楽しめる。サッカーのロングスローと似ている。

体格の劣勢を猛鍛錬で埋めるクラブは、すきあらばペナルティーのタップを仕掛け、ことごとくノータッチのキックを繰り出して攻防を切ろうとしない。ヘビー級の対戦相手は、ゆーたっり、職場の同僚と談笑しながらランチへ向かうような足取りで、ラインアウトに並び、息を整えてはモールを押しまくる。ひとときの悪役の出現もまた楽しいものだ。

2012年6月。フレンチ・バーバリアンズが来日した。あのころには、すでに世界中のジャージィは現在のような「ぴっちり」でそろっていた。しかし、ユニークを美徳とするバーバーリアンズは、あえて厚いコットン地に大きな白襟の懐かしいそれを着用した。

51-18でジャパンXVを退けた直後、元フランス代表プロップのリオネル・フォールに聞いてみた。昔のジャージィをいま代表や所属クラブで着ると、試合に負けますか?

「土砂降りの雨でなきゃ変わらない」。当時37歳、8キャップの背番号1はまじめな口調で答えてくれた。

であるならば、コーチ陣のラップトップの天板は閉じられたままのチームがトロフィーに口づけしたって不思議はない。

藤島大

藤島大

藤島 大

1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。

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