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ジャック・モーガン(左)、ジャミソン・ギブソン=パーク
物語が旅をするのだ。ブリテイッシュ&アイリッシュ・ライオンズのツアーとは、ただラグビーをするのではなく、ラグビーをする人間のストーリーをつむぎながら異国の地を進む。
ライオンズは2連勝でオーストラリア代表ワラビーズとのシリーズをすでに制した。では、きたる土曜、8月2日の第3テストマッチは「消化試合」に沈むのか。
どうやらそうはならない。「物言い」がついたからだ。
メルボルンの高名なスタジアム、クリケット・グラウンドでの第2戦。最後の最後、真紅の遠征チームが29-26とスコアを引っくり返した。
ヒューゴ・キーナン
当該の場面。15番、ヒューゴ・キーナンの劇的トライの前、球の争奪局面で、ライオンズのフランカーで唯一のウェールズ人であるジャック・モーガンのクリーンアウトは「危険」と映らなくもなかった。
低く頭をねじ入れる先にワラビーズのカルロ・ティッツアーノの頭もあった。TMO発動。ややあって「無罪」とされ、いまだ議論を呼んでいる。
ライオンズの10番、フィン・ラッセルは「教科書のクリーンアウト」(BBC)と、もちろん判定を支持する。ワラビーズのジョー・シュミットHC(ヘッドコーチ)は「競技規則の9条の20(他の選手とのバインドなしに相手に接触してはならない。相手側プレーヤーに対して、肩の線よりも上に接触してはならない)に目を通すべきだ」(同前)と述べた。
個人的にはシドニー・モーニング・ヘラルド紙の見出しにひかれた。
「ラグビーは常識を取り戻す。そして、そのことがワラビーズの勝利を盗んだ」
ポール・カリー記者は、抜粋を許していただくなら、以下のように書いた。
「常識の世界では、あれは反則とされるべきではない。モーガンの体勢は低く、ティッツアーノをはねのけてボールと引きはがす力を生んでいた」
さらに。
「ただし、それは近年の審判のやり方とは異なる。この6年ほどのラグビーは、これと同等か、もっとささやかな出来事であってもTMОの精査は行なわれ、しばしばペナルティーやカードの対象とされてきた」
ホスト国のジャーナリストとして公正と疑義のバランスを見事に保っている。
第2テストマッチのライオンズの得点および勝利には、オーストラリア側からの割り切れない不満が、もうひとつ、くすぶっている。
開始15分過ぎ。ゴール前のPをタップ、2番のダン・シーハンが、低いタックルの上を跳んでトライラインを越えた。物議をかもすプレーだ。
実は2022年3月に国際統括組織のワールドラグビーより、この種の「タックル跳び越え」についての通達がなされている。簡単に記すと「タックルを避けるためのジャンプ」は反則。しかし「トライのために前へ飛び込んだとみなされれば」認められる。
一例で、跳んで着地、そのまま立ってトライは不正。跳んだままトライラインを越えると原則は合法も、選手のスキルのレベルなどを勘案、現実に危険であるなら、オフィシャルの介入の余地は残る。
かくしてシーハンのジャンプはおとがめなし。ゲームの白黒がおしまいまでもつれたので、ワラビーズのひいきは、こちらの「なかったことに」についても「盗まれた」と感情を刺激される。
シドニーの最終戦は、公式には「決着がついた」のに、なお「決着をつける」という動機がどちらの側にも残る。
ライオンズのアンディー・ファレルHCはメルボルンの歓喜の直後に言った。
「今夜は楽しむ。ただしプランはそのままだ」(ABC)
プラン、計画とは「3-0」に決まっている。全敗のワラビーズを背中に帰国便の快適な席へ乗り込む。
現時点で出場メンバーは不明も、もしモーガンがブレイクダウンでこんども頭をねじ入れたら、シーハンがタップの球を手にトライラインへ直進したら、なにかが起こる。
悲惨や陰惨でない限り、雪辱の意思、揺るがぬ矜持をどこまでも激しくぶつけ合う。されど背景に敵味方をはみ出す友情や敬意が満ちる。それがラグビー、わけてもブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズの旅におけるラグビーである。
こうなってみて思った。この競技に「シリーズ制覇」という概念は根源のところではそぐわない。ひとつの対決、瞬間の闘争がすべてだ。勝ち越しても最後に星を落とせば、ただ悔しい。
サッカーをおもに追うジャーナリストの6年前のつぶやきをあらためて思い出す。
「ラグビーは50点差がついても、まだ感動する」
であるなら、ここまで0勝2敗のゴールドのジャージィの攻守が、観客や視聴者の胸の奥へと染み込んで不思議はない。もちろんライオンズが「7日前の反則論争」を脱力させるスキルやパワーを見せつける可能性もある。
「最終戦でやり遂げるんだ」(フィン・ラッセル=ライオンズ公式ページ)
有終の美を語っている。そして2敗のワラビーズの1勝も有終、すなわち「終わりをまっとうすること」に他ならない。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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