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マロ・イトジェ
ロンドン生まれの英国人は東京の深夜食堂で宣言した。
「玄関のベルも切る」
2001年7月。南半球は夏の反対。ブリテイッシュ&アイリッシュ・ライオンズはオーストラリアへ遠征した。対ワラビーズ、1勝1敗からの最終戦を数日後に控えていた。プロ野球中継との兼ね合いで、日本での放送は、ライブではなく数時間遅れとわかった。かくして。
あのころ、固定電話はまだ地位を保ち、もちろん、母国のいかれた友からの国際通話で結果を明かされてはたまらない、と、そいつの線は引き抜く。重ねて、万が一に備え、ドアのピンポンも無音にしておく。「ライオンホエタ」なんて電報が届いたら困るじゃないか。あらゆる情報の侵入を拒み、テレビを見つめる。まさに手に汗を握りながら。
いつものカウンター席で、その人物とビールを酌み交わし、そこで「玄関封鎖作戦」を知って、やはり、かの国およびアイルランドの楕円球愛好者にとってライオンズの存在は格別なのだと理解できた(ちなみに第3戦は23-29で敗れた)。
ブリテイッシュ&アイリッシュ・ライオンズは、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカを4年にいっぺんずつ回る。したがってワラビーズとの対戦は2001年の次は2013年、さらに次が、いよいよ、この7月28日からのツアーである。
マロ・イトジェ
先日、主将の発表があった。マロ・イトジェ。イングランドの30歳のロックだ。同協会公式ページによるとサイズは「198cm、118kg」。地上および空中のスティールに優れ、衝突や突破の瞬間にどこか余力を残して、よって攻守の連動は途切れない。
「ライオンズ・キャプテン」という響きは、国際ラグビーにあって、ほとんど特権的な意味をまとう。なにしろ4年にひとり、迎え撃つ国にしたら12年にひとりの光栄なのだ。
ちなみにイングランド人がキャプテンに就くのは、冒頭の24年前の偉大かつ巨大なロック、マーティン・ジョンソン以来である。
「とてつもない名誉にして恩恵です」
発表イベントで本人は言った。儀礼でなく事実だ。いつもは、どこを切り取っても好敵手の関係にある英国3協会とアイルランドより選ばれし者たちが、おのおののキャラクターを尊重されながら、ひとつの闘争集団と化す。揺るぎなきリーダーなくして勝利も感動もなし。務めを託されるのは本懐というやつだ。
あらためてマロ、正式にはオゲネマロ・マイルス・イトジェはいかなる個性なのか。資料メモを指でなぞって確かめた。ナイジェリア出身の両親は1992年にロンドンへ移り住む。父は特別支援教育の専門家、母には資産があった。
少年マロは、はじめスポーツへの関心は薄かった。学校でサッカーを奨励され、興味を抱き、11歳でラグビーを始めた。のちにバスケットボールや陸上競技の砲丸投げでも実績を挙げた。
ざっと10年前、本人はこう話している。
「教育はふくよかな人格をもたらす。学位は重要だ。幼いころから両親にそう吹き込まれてきました」(イブニング・スタンダード紙)
高級なパブリックスクール、ハロウ校へ入学、19歳でサラセンズとのプロ契約を結ぶも、ロンドン大学の名高き東洋アフリカ研究学院に学び、2024年の初めにはウォーリック大学の経営学修士のコースをオンラインで修了している。
高く。速く。しなやか。モダンなプロ選手のいわば傑作であって、ライフスタイルや言動においては「ラグビーのみ」を拒む。多方面へ興味を向け、才能を発揮する。移動のバスで詩の想を練る姿はよく語られた。そういえばアマチュア時代のブリテイッシュ&アイリッシュ・ライオンズにはそういう生き方の名手がよくいた。
21歳のころと思われる前掲の新聞での発言。
「わたしはリベラルなフェミニストであると自認しています。わたしたちは家父長制度に生きている。それは女性の機会を制限、妨害もしているのです」
昨年4月にも、労働党のキア・スターマー党首(現・首相)の打ち出した「公立校の生徒により多くのスポーツの機会をつくる」政策について公の賛同を示した。イトジェ自身は恵まれた環境でさまざまな競技を楽しみながら、公立と私学、また女子と男子の格差を埋める「より平等なスポーツへのアクセス」を「熱烈に支持」する。
ルーツのナイジェリアなどアフリカ大陸の国々への教育支援活動にも積極的だ。モデル業も評判を得たらしい。
2017年のライオンズのニュージーランド遠征に22歳で参加、名物のライオンのぬいぐるみを「チーム最年少者が世話をする」伝統に従い、いつも脇に抱えて移動した。このとき、さっそくオールブラックスとの3テストに出場している(1勝1分け1敗のドロー)。
4年後、南アフリカへのパンデミック禍の「コビット・ツアー」においても主力をなした。そして本年、早熟はいよいよ熟してキャプテンシーを担う。
以下、主将就任後のコメント。
「自分ははっきりと成長している。わたしは何者なのか。なにが、わたしを突き動かすのか。そのことを深く理解できるようになった」「21歳や22歳のころは、ちょっと生意気で甘ちゃん、こわいもの知らずで、それが強みになる場合もありました。いまは国内外、ライオンズでの経験の蓄積があり、それは頼りになる」(BBC)
歴史的にブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとは「言葉のチーム」である。異なる背景を束ねるのはロッカー室でのスピーチであり、ホテルやレストランやパブでの友情と尊敬を培う会話なのである。マロ・イトジェは、きっと、うまく、いや、うまいだけでなく、まっすぐ、正直に本心のみを伝える。
ゴールドのジャージィの9番が現在は花園のウィル・ゲニア。14番はいま浦安のイズラエル・フォラウ。ふたりのテレパシーで際立つスコアを刻んでいる。リーグワン、おそるべし。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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