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ピーターステフ・デュトイ
あれは駆け出し記者のころ。上司に言われた。
「いいか。素晴らしい、なんて書くんじゃないぞ。どう素晴らしいかを書くのが俺たちの仕事だ」
正しい。ならば「すごい」もそうだろう。どうすごいのかを伝えるのがスポーツライターの職責である。そこで。
ピーターステフ・デュトイは、あの南アフリカ代表スプリングボクスの長身FWは、やはり一言、すごい。ものすごい。すごいったらすごい。
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【限定】ジャパンラグビー リーグワン2024-25 メディアカンファレンス
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ジャパンラグビー リーグワン2024-25 D2 第1節-3 日野レッドドルフィンズ vs. 清水建設江東ブルーシャークス / D1 第1節-4 クボタスピアーズ船橋・東京ベイ vs. トヨタヴェルブ
配信期間 : 2024年12月22日午前11:50 ~
11月24日。国際統括組織「ワールドラグビー」の男子15人制年間最優秀選手に選ばれた。2019年につぐ受賞である。あらためてトヨタヴェルブリッツの所属。開幕を前にリーグワンの価値をさらにひとつ高めた。
南アフリカ協会のデータに従えば「身長2m。体重115kg」の巨漢である。きれいなフォルムの高層タワーにして高速で波を切る長大なタンカー船のごとし。
「チームスポーツですから仲間がいないと成り立たちません。いまのスプリングボクスの質の高さこそが私の幸運なのです」(IOL)
母国のプレスとのリモート会見で自身の栄誉について話した。きれいな言葉にウソがない。優れた者のそれは特権である。
さて。ファンは親しみをこめて「PSDT」と呼んだりもするトップのラグビー選手のどこがすごいのか。いまから言語化を試みる。
ピーターステフ・デュトイ
「雄大な体格を忘れさせる勤勉」「ここにもそこにもあっちにもデュトイ出現」「大は小を兼ねる。それどころか、ものすごい大はものすごい小を兼ねる」。あっ、最後、また「すごい」が。
ワールドカップ日本大会決勝の姿を英国の新聞はこう描写した。「彼が踏み固めなかった芝は横浜のスタジアムの中に存在しない」(ガーディアン)。比喩なのに比喩でもない。ほぼ事実だからだ。
おもなポジションはFW第3列、6でも7でも8でも、のべつ走っている。のべつ倒しては起きる。ひとときもじっとしない。駆けて駆けて駆ける。175cmの小さなフランカーが競争の生き残りに「動き回ってこその私」とみずからに言い聞かせるように。
本人が課す主題がある。2021年の来日後、ラグビーマガジンに明かした。
「80分間、グラウンドから姿を消さない」
2022年1月16日。東京・味の素スタジアムでのヴェルブリッツ対東京サントリーサンゴリアス。この目で確かめた。当時29歳のPSDTは背番号6をまとった。記者席からその攻守のみを双眼鏡で追いかけた。後半31分に退くまでの71分間、いっぺんも姿を消さなかった。
サンゴリアス流の波状攻撃にさらされる。前へ出る。すぐに戻る。前へ出て倒す。起きて戻り、もういっぺん前へ。そうした繰り返しにあって体勢がぐらつかない。アスリートの真価は負けたゲームでわかる。8-50の完敗にもピーターステフ・デュトイのフィットネスおよび使命をまっとうする意思は生きていた。
苦しい時間帯にもひたひたと防御のポジションにつく。律儀にかがんで、的をとらえる視線を低い位置におく。スパイクの鋲はピタリと芝を噛んだ。仲間もほぼ同じように構えはした。ただし、ここまで足は決まらない。
こりゃあ、すげぇーや。つい、つぶやいてしまった。世界の顔は破壊や突進ではなく、ひたむきというオーラを発散した。スクラム起点の速攻に失点の場面、いちばん遠くにいたはずが、ダミアン・マッケンジーのスコアの瞬間、もうそこにいた。
先日までのスプリングボクスのテストマッチにおける勇姿ともそっくり重なる。またもまたしてもスポーツ記者には禁断の安易な表現に頼るなら、ともかく「頑張る」のだ。
ピーターステフ・ドュトイは本当はピーターステフネス・デュトイ7世(Pieter Stephanus du Toit VII)である。1820年代より続く名。5世の祖父はかつてスプリングボクスのプロップであった。ちなみに幼い息子も同8世だ。21年のインタビューに明かしている。
「運命を感じながら育ちました。この名を持つ責任があります」(ガーディアン)。
昨年のワールドカップ期間中、ヴェルブリッツ関係者とたまたま話す機会があった。ほとんど反射的に聞いた。普段の練習でのピーターステフ・デュトイはどんな様子?
「黙々と集中する。まったく手を抜かない。そして練習が終わると、だれよりも先に引き揚げる」
まれにきつい声を発するのは以下の場合。ぶつかり合いでどこかを痛める。チームの専門スタッフはこのセッションは抜けたほうがよいと告げる。そのときだけ「いや自分は続ける」と言い張るらしい。
4年前に左足を失いかけた。スーパーラグビーの試合中の衝撃で血管や筋肉が圧迫され、切断の可能性もあった。427日後の再起はニュースになった。負傷の流れはこうだ。ぶつけたのが開始25分ごろ。氷で処置する。50分に再び「患部」に相手の肩が衝突、ここで異変に気づいた。ところが記録では67分まで出場している。頑張るにもほどがある。
常識を超える精勤謙虚奮闘努力には、どうやら先祖の誇りを継ぐ者の使命が関係している。特大の身体サイズより大義はさらに大きいのである。2年前にはこんなコメントも。
「スプリングボクスの勝利が世界を変えることはできない。ただ誰かの人生を少しだけ変えることならできる」(同前)
記者の心得に「疑ってかかる」がある。実際にそれほどいいやつなのか。美談や成功譚を鵜呑みにするなよ。ならばピーターステフネス・デュトイ7世はどうなのか。結論。たくましくて控えめで弱みをさらさず強がりもしない。どこを切り取っても見事なラグビー選手。異議はない。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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